【姫路Walkerレポート】14年のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」で今注目されている、黒田官兵衛ゆかりの地へ!

関西ウォーカー

姫路が生んだ戦国屈指の名軍師・黒田官兵衛。14年のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の主人公に決定以降、姫路はまさに官兵衛一色で盛り上がりを見せている。官兵衛が人生の大半を過ごした姫路には、ゆかりの地が数多く点在し、当時の足跡をたどることができる。ロケ地としても登場するこれらの地を訪ねれば、官兵衛が生きた時代を肌で感じられ、ドラマもさらに楽しめるはず! まずは編集部オススメの3大ゆかりの地に行ってみて。

【オススメ1】書寫山圓教寺(しょしゃざんえんぎょうじ)

映画やドラマのロケ地としても有名な千余年の歴史を刻む姫路山上の古刹。康保3(966)年、性空上人が創建した、「西の比叡山」とも呼ばれる天台宗3大道場の一つ。西国三十三観音霊場第二十七番札所で、今も参詣者が後を絶たない名寺だ。豊かな自然と重要文化財が点在する境内は映画などのロケ地としても有名。「奥の院」では「ラストサムライ」、大講堂・食堂(じきどう)・常行堂が並ぶ「3つの堂」では「源氏物語千年の謎」「天地明察」といった映画や大河ドラマ「武蔵」も撮影された。そして13年9月、「軍師官兵衛」の撮影が3つの堂で行われた。もとより官兵衛とも縁深い圓教寺。天正6(1578)年、別所長治が反旗を翻したと聞き、現在の大講堂北東の貯水槽あたりにあった十地坊へ本陣を移すよう、官兵衛が秀吉に進言したという。

【オススメ2】姫路城

築城以来400年間、奇跡的に一度も天災や戦争の被害に遭わず、「白鷺城」と呼ばれる美しさを残す姫路城。昭和26年に国宝指定、さらに1993年には法隆寺と共に日本で初めてユネスコ世界文化遺産リストに登録された名城だ。黒田官兵衛にとっては、生まれ育った場所であり、城主となったこともあるゆかりの深い姫路城。秀吉の片腕となって城を明け渡したあとにも、その手腕を認められ築城に当たって普請奉行として活躍した。城内にはさまざまな時代の石垣が当時のままの形で美しく残されている。官兵衛が関わったとされる自然のままの石を積んだ野面(のづら)積みの石垣も多数残り、官兵衛の息吹を感じられるはずだ。特に「るの門横の石垣の稜線」注目してほしい。秀吉築城当時の石垣は、自然のままの石を積んでいたが、時代を経て表面を整えた加工石を積むようになった。この石垣は、左右で石の加工具合が異なり、積まれた時期の違いが見て取れる。

【オススメ3】御着城址(ごちゃくじょうし)

西播磨最大の国人領主で、官兵衛が仕えた小寺政隆が築いた居城跡。若き官兵衛が過ごした城で、天正7(1579)年に落城するが、本丸と二の丸を設けた大規模な城だったと考えられており、当時は三木城や英賀城と共に「播磨の三大城郭」に数えられた。小寺政隆の子・政職に早くから才能を認められた官兵衛は、家督を継ぐまで御着城でおもに政職の近習として仕えた。元服して小寺姓を与えられ、通称・官兵衛を名乗ったのもこのころ。黒田家の家督を継ぎ、弱冠22歳で小寺家重臣となったここは、若き日の活躍の舞台だ。また、敷地内には官兵衛の祖父と生母を祀る「黒田家廟所」がある。向かって左が祖父重隆、右が生母明石氏の供養塔。かつては御着城下・土佐の心光寺にあったが享和2(1802)年に官兵衛の命で移された。ちなみに、主演の岡田准一さんも「軍師官兵衛」のロケの合間に、電車でふらりとここを訪れたことがあるそう!

この3スポット以外にも、「廣峯神社」や「播磨国射楯兵主神社」なども行ってみたい官兵衛ゆかりの地。現在発売中の「姫路ウォーカー2014年版」には、これらのゆかりの地はもちろん、官兵衛関連のグルメやおみやげ情報も紹介しているのでぜひチェックしてみて!

【姫路ウォーカー編集部】

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