この企画を聞いた瞬間、これは絶対観ないと! と、ワクワクした。演劇ファンなら誰もが知る野田秀樹が、モーツァルトの名作オペラを演出する「フィガロの結婚~庭師は見た! ~新演出」。全国共同制作プロジェクトとして、金沢からスタート、高松ほか全国10か所の劇場が共同で作成、上演される。各地のオーケストラと共演するところも。
仕掛け人は、昨年4月より大阪フィルハーモニー交響楽団首席指揮者に就任した、井上道義。この人は、クラシック音楽ファンなら誰もが知ってます。野田の舞台は「夢の遊眠社」時代によく観ていて、いつか何か一緒にできたら、と手紙を書いたと言う。今回「フィガロ」の企画が持ち上がり、ラブコールを送った。
井上道義って人、数々の実験企画をやり続けていて、日本の高名な指揮者の中で、かなりの“愛すべき変人”だと、私は思っています。個性的、では表現が弱い。いい意味での規格外、挑戦者、かなりのツワモノ。個別取材して、大好きになりました。
エピソードをひとつ。数年前の兵庫県立芸術文化センターのオーケストラ(PAC)の企画コンサートのこと。アンコール曲の時、指揮台から観客席の方を向いて「アンコール曲、何にしよう?これだけ用意してきてるんだけど」と、曲目をいっぱい書いた紙をベラベラっと見せた。客席ビックリ&爆笑。普通いませんよ、こんな人。
指揮・総監督に井上、演出に野田。まさに鬼才の名がふさわしい2人がタッグを組み、新たなオペラに挑む。わぉ、オペラ界へ殴り込みだぁ~! と喜んでいる私なのです。
【野田版「フィガロの結婚」 音楽と演劇のステキな結婚】
モーツァルトの名作です。聞き覚えのある有名な歌がたくさん入ってます。メロドラマです。物語は、伯爵家で働くフィガロとスザンナの結婚式当日のお話。スザンナに主人の伯爵が手を出そうとするが、伯爵夫人とスザンナの作戦によって、とっちめられる。が、伯爵夫人が伯爵を許して、めでたしめでたし。
オペラ好きの人には、何をいまさら、な物語ですが、これが野田版では、舞台はスペインから長崎へ。黒船に乗って外国人がやってくる設定となり、開国を迫る西洋と日本の姿が重ねて描かれる。そのため、使用人は全員日本人。外国人の伯爵が、日本人の女中に手を出そうとしている、という状況だ。
若手筆頭のバリトン歌手・大山大輔演じるフィガロは、イタリア人になりたかった日本人。「使用人同士で話すのは日本語、伯爵らと話すのはイタリア語、字幕でいい部分はイタリア語で、と試行錯誤しています」と野田さん。
「庭師は見た! 」というサブタイトル通り、庭師には演劇界からナイロン100℃の廣川三憲が演じ、話を進めていく。野田さんの書いたセリフも入るそうだ。ほかにも野田作「エッグ」に参加した若手俳優たちもアンサンブルで出演する。
さらに野田さんは、「突然最後に『許しましょ~、許しました~』で、終わるんだけど、そこで終わるのか!?っていう気がしていて。観る人聴く人に納得できる形で整理しようと」と。サスガ野田さん、いいとこ突きます。ん?もしかして、喜劇じゃなくなる!?
オペラは音楽であって、演劇ではないんですね。性格や心理描写、状況まですべて音楽の中に表現されてる。だから、音楽を知れば知るほどおもしろいんだけど…。「オペラの魅力は圧倒的に歌ですね。歌手が歌い始めたら、ほとんど何もしなくていい。歌を聴きたい。でも今回は、そこにヘンな踏みこみ方をしようとしています。オペラですからね、初日からブーイングもらうだろうな(苦笑)」。
伯爵家の小姓ケルビーノ役には、オペラファンが驚くだろう。男性の役だが、オペラでは通常、女性が演じる。それを今回、男性のカウンターテナーで歌わせる。「ボクたちには踏み切れないね。オーディションを何回したか。ほんとに世界中、探したんだから」と井上さん。小柄できゃしゃなイケ面の役なのに、「有名なカウンターテナーなんだけど、体がデカイ。どうなるんだろうと思うよ」。
野田さんは「門外漢だから…。オペラって一筋縄じゃできない」と、ワークショップを何度も繰り返し、字幕も自分で作った。「やってるうちにおもしろくなってきて、のめり込んじゃって、ほかの仕事に支障が出ました(苦笑)」。装置はシンプルに。衣裳はなんと、男性が虫、女性が花をイメージしたものになるらしい。
演劇で、特に野田作品では当たり前のワークショップも、井上さんは「練習量がすごく多い。今までの作り方と違うので驚いて、でもみんなおもしろいと思ってね」。「音楽と音楽を言葉で違和感なく結び付けられたらいい」「いいよ、そこカットしちゃいな」。などと、井上さんらしいサポート。「でも、音楽のアリア(歌)は省略してないから」。「『フィガロ』が、もっとおもしろい『フィガロ』になる。『フィガロ』を知らない人が観てもおもしろい。野田さんの舞台を初めて観る人にも、この作品はおもしろいと思うよ」
鬼才2人の引き起こす化学反応が、オペラ界に新たな衝撃を与えるに違いない。
【取材・文=演劇ライター・はーこ】