劇団☆新感線ファンも、歌舞伎ファンも、これは絶対に観ておくべき舞台だ! 市川染五郎が、中村勘九郎が、中村七之助が、その魅力を縦横無尽に発揮しながら、大阪松竹座を疾走している。初日が10月3日なのに、出遅れて7日に大阪公演を観劇。公演の感想はすでに多々ネットに上がっているので、そちらをどうぞ。私は、おそらく多くの観客が目にしたことのないだろう“両花道”に着目、劇団☆新感線の目線も入れて紹介したい。
千穐楽まであと1週間、いや、まだ1週間ある。新作歌舞伎の当たり年である今年、“歌舞伎NEXT”と銘打ったこの公演は、演劇ファンの自分史に残る作品の一つになるに違いない。
【作品のきっかけ】
8世紀から9世紀のはじめ、桓武天皇の時代。律令制度を確かなものとするため、朝廷軍を率いる征夷大将軍・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)は、阿弖流(あてる)為(い)をリーダーとする東北民族・蝦夷(えみし)を討伐した。田村麻呂を正義寄りに描く伝説が多いなか、市川染五郎は石ノ森章太郎の描いた日本の歴史漫画のひとコマから、滅びるヒーローの阿弖流為に興味を持ち、「いつか新作歌舞伎にしたい」と10余年前から企画を温めていた(※)。それを題材に、作・中島かずき、演出・いのうえひでのりで舞台化、2002年8月に新橋演舞場で上演。この年は偶然にも阿弖流為没後1200年だった。阿弖流為を演じた20代最後の染五郎、田村麻呂には堤真一。W主演として、新橋演舞場では“両花道”が設けられた。ドキドキするほど、カッコよかった。
それから13年。ついに、歌舞伎となって大阪松竹座に登場。染五郎と勘九郎が“両花道”で大見得を切る。「どっち観たらええの~?」と、お客さんは大喜びだ。
※2002年Inouekabuki Shochiku-mix「アテルイ」パンフレットより
【劇団☆新感線と花道】
87年、若き劇団☆新感線は、大阪にあったオレンジルームという小劇場で、床にベニヤ板を敷いて花道を作り「阿修羅城の瞳」を上演した。「いつか本当の花道で公演する!」。この願いは、97年、今は無き中座の「髑髏城の七人」で叶えられた。花道を全速力で駆け抜ける舞台に、初めて中座を訪れただろう若い観客たちが熱狂。いのうえ歌舞伎が、現代の大衆演劇として新たなジャンルを打ち立てた瞬間だった。その同じ年、大阪松竹座が新装開場する。
中座の舞台を観劇した故・坂東三津五郎は「劇場が喜んでいますね」と話し、劇団員一同、感激! 染五郎は「これぞ、現代の歌舞伎!」と、2000年の「阿修羅城の瞳」への出演につながり、コラボ第2弾が新橋演舞場の「アテルイ」だった。そして劇団☆新感線が結成35周年を迎えた今年(11/7(土)~15(日)に HEP HALLで「大☆新感線博」開催)、大阪松竹座で“両花道”が実現。染五郎の長年の思いがこの舞台で結実した。
私は、いのうえ歌舞伎が、ついに本物の歌舞伎になった…と、感慨深い思いだった。この作品が、歌舞伎演目のひとつとして今後も上演されることを願う。“両花道”で。
【両花道のこと】
通常、下手(舞台に向かって左側)にある花道に加え、上手側にも仮花道が設置されるのを“両花道”“ふたつ花道”と呼ぶ。演出効果のひとつとして使われるが、役者が両花道で見得を切るカッコよさは、それはもうテンション上がりまくり。2002年の上演の際、大阪でも上演を期待したが叶わなかった。この“両花道”、実はこれがなかなか大変なのだ。
仮花道を作るためには、座席を取っ払う必要がある。花道用だけではなく、観客の出入りの通路も確保するため、観客席がかなり減るのだ。歌舞伎ではほぼ毎日、昼夜の公演が約1か月。取っ払う座席数×観劇料金×公演数の興行収入が得られない。だから、よほどの公演でないと見られない。
今回の大阪松竹座では、その“両花道”を設置している。開館年に上演した「野崎村」以来2度目、なんと18年ぶりの登場だ。通路用、出入り用、さらに音響機材とスタッフの場所を確保し、1公演に約80席弱の観客席が減る。計算してみてください。わっかりますか~?! 役者たちも大変だ。仮花道からロビーを抜け、本舞台裏へ疾走する日々。それだけの意気込みで上演されている公演なのである。
【見どころ】
見どころ多すぎ! 引き込まれる物語、迫力ある殺陣の連続、12人もの人数で操られる龍神との決闘…。また市村萬次郎や坂東彌十郎の重厚な演技や、片岡亀蔵はツキノワグマの“くま子”との夫婦役まで。照明や音響を駆使した、いのうえひでのりならではの派手な演出は、本物の歌舞伎役者たちのパワーによって、世界感が一層スケールアップする。
カッコよすぎる市川染五郎と中村勘九郎、そして中村七之助。華のある当代の人気役者が放つオーラを、“両花道”という特別仕様の劇場空間で存分に楽しめる「阿弖流為」。上演時間は約4時間(休憩35分を含む)。
「堪能したわ、値打ちあるわぁ~!」。上演後のトイレで、帰り道で、耳にした声。これ、大阪で最高の褒め言葉だと、私は思っています。東京では違うだろうけどね。
【取材・文=演劇ライター・はーこ】