【映画「リップヴァンウィンクルの花嫁」岩井俊二監督インタビュー:その1】映像美の中に潜む日本の“今”。

関西ウォーカー

映画「リップヴァンウィンクルの花嫁」 の岩井俊二監督


国内外で高い評価を得ている岩井俊二監督の最新作「リップヴァンウィンクルの花嫁」が、3月26日に公開された。これに伴い合同取材が執り行われ、岩井監督に作品に込めた思いを聞いた。

岩井俊二監督の長編実写の日本映画としては、「花とアリス」以来12年ぶりの監督作となる本作。主演には、「小さいおうち」で第64回ベルリン国際映画祭の銀熊賞を受賞した黒木華を迎え、綾野剛、Coccoらが共演。東京を舞台に、どこにでもいる派遣社員の女性が、SNSで知り合った男性と結婚後、ほどなくして家を追い出されてしまい、なんでも屋から斡旋された奇妙なアルバイトをこなしていく中で、精一杯生きながら成長していく姿が描かれている。

本作は、日本を離れて海外で活動をしていた岩井監督が、2011年3月11日に発生した東日本大震災をきっかけに、改めて日本と向き合うことで完成に至った。

「震災前の日本というのは、自分にとって作品を作りにくい時期でした。日本人って同じコメディアンのネタで笑うし、基本的には同じ考えをしているような気がします。考え方どころか寸分違わぬぐらい同じ人間で、意見が違うどころか空気感が微妙に違うだけで、異質な物とされるかなり病的なゾーンに入っていたと思うんです。僕はそういう社会の外側のものを作ってきたので、そこまで薄くて狭い世界になると、外から作品を差し込む隙間すらなく非常に作りづらい。だったら海外に出て外の乱気流の中で作った方が、自分にとっては楽だったなと思ってアメリカや中国で創作活動をしていました。ところが、震災が起こって戻ってこざるを得なくなった。それからドキュメンタリーを作ったりしていく内に、やっぱりもう一度この日本と向き合おうと思えたんです」

岩井監督の目に映る震災後の日本は、混沌としているという。

「“KY(空気が読めない)”という言葉が流行語大賞にノミネートされたりしていた時期から、今では空気を読む読まないどころか、お互いに分かり合えないということがはっきりしてきた。沖縄の基地問題を見れば分かるように、政府と沖縄は永遠に分かり合えない存在として対立していますよね。他にも最近の報道では考え方の違う人たちがせめぎ合ったり、ギスギスしたものが社会に露呈してきた。すべてが震災の後遺症だと思うんです。毎月誰かが槍玉に挙げられて火だるまにされる、それについて不特定多数の人がSNSで書き込むというような残酷なことが日常的に起こっていますよね。これまで日本は、世界の中でも自分たちだけ綺麗な白馬であるかのように“世界に誇る日本”というイメージを持ってきたのが、震災で片足が折れてしまった。それでも何事も無かったかのように無理やり立ち上がろうとすると、足が折れているから転んだりひっくりかえったりする。そんなことを5年近く繰り返してきたから、今ではカオスな状態になってしまっている」

約3時間にも及ぶ本作では、日本の“今”が映し出され、混沌とした時代だからこそ必要な意識が描かれている。

「僕は人は分かり合えないもので、分かり合う必要もないと思っています。世界でいえば捕食者と被捕食者の関係がある中で、分かり合うことなんてありえない。生物の多様性で考えても変な人たちがいていいはずですから、いろいろな人がいて、その中での調和があってもいいのではないかと思います。映画の中でもいろいろな登場人物が出てきますが、誰と誰を組み合わせても分かり合えないだろうなという人たちが集まっていますからね。それが偶然にして、束の間のひとときだけ共感しあえたりするけど、本当の意味で分かり合えている訳でもなんでもない。そんな人たちとの出会いと別れが人生だとしたら、分かり合えてなくても全然いいから、泣いたり笑いあって、同じ世界を分かち合うことが必要なんじゃないかなと思うんです。そんな風に思っていたら、こういった映画ができあがっていました」

※その2に続く http://news.walkerplus.com/article/75354/

【取材・文=関西ウォーカー編集部 大西健斗】

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