2015年5月28日、53歳で逝った俳優・今井雅之が、「ウィンズ・オブ・ゴッド」と共に生涯大切にした舞台作品「手をつないでかえろうよ~シャングリラの向こうで~」を、今井の遺志を引き継いだ奈良橋陽子が映画化。命日の5月28日(土)より全国で順次公開される。関西地区はTOHOシネマズなんば、今井の出身地にある兵庫県の豊岡劇場で上映。
【物語】
軽度の知的障害のある真人は、いじめられる日々の中、同じ障害を持つ女性・咲楽(さくら)と出会い、ぎごちない愛を育む。結婚するが、咲楽を守るために罪を犯してしまう真人。
咲楽を亡くし、アマテラスオミカミが大好きだった咲楽との約束を果たそうと、危なっかしい運転ながら1人車で伊勢神宮へ向かう。途中、ヒッチハイクで乗り込んできた麗子に咲楽の面影を重ね、かつて咲楽が残した「Hと銭の間にあるものってなんだ?」というなぞなぞの答えを考えながら…。
作品は、真人のおぼつかない運転で、麗子とともに伊勢神宮を目指す2日間のロードムービー。麗子との交流のなかに真人の過酷な人生が回想され、挟み込まれていく。やがて真人と麗子の痛んだ心は互いに癒され、成長し、新たな人生の歩みを見せる感動作だ。
【舞台挨拶と出演者】
公開前に大阪先行上映会を開催、奈良橋陽子監督、真人役の川平慈英、麗子役のすみれが登壇し、ヤナギブソンの司会で舞台挨拶が行われた。
奈良橋監督は、応援者から贈られた映画のタイトル入りワインボトルを手にし、「雅之を大好きに思ってくださる、たくさんの方たちのご協力をいただきました。雅之が一番喜んでいると思います。撮影中も見守ってくれた彼の魂を感じてご覧になってください」と涙ぐんだ。
この奈良橋の元で今井と共に俳優の勉強に励み、デビューも一緒、その後も2人で舞台活動をしていた川平。「オレじゃなかったら、誰がやるんだい!?と(笑)。マーちゃん(今井)とは根っこが一緒なので、真人は2人で作った役です。情熱と魂と愛が、1人1人の想いが、詰まっています。夢を追いかける素晴らしさを、生きていく素晴らしさを感じてほしい」。
すみれは「ウィンズ・オブ・ゴッド」の東京公演千秋楽で今井の最後の舞台挨拶を見ていた。「オファーをいただいて、運命的なものを感じました。みんなが心を込めて作った映画です。いっぱい笑って、泣いてください」。
出演はほかに、今井や川平と同様、奈良橋に学んだ別所哲也、親交のあった中居正広も友情出演。板尾創路も真人の父親役で出演、いい味を醸し出す。教習所の先生役には岡安泰樹。彼は22歳ぐらいから20年以上、今井と「ウィンズ~」の舞台に立ち続けた仲間だ。
【知られざる今井雅之のメッセージ】
96年の「ウィンズ・オブ・ゴッド」関西初演から、20年を越える付き合いだった。誰よりも平和を、命を大切に思いながら、社会への“怒り”を原動力としてエネルギッシュに生き、舞台に向かった今井。彼の座右の銘は“臥薪嘗胆(がしんしょうたん)”。
最後の関西公演となった昨年5月の「ウィンズ~」では、舞台挨拶に立てず録音された声での登場だった。申し訳ない思いと感謝と悔し涙と…。その声に、客席のあちこちから「頑張れよ!」の声援と拍手。そんな熱い応援者たちの力も得て、今回の映画化が実現した。
生涯、マイクを使わずに立った舞台を一番大切にしたが、「世界を相手にできて永遠に残るから」と、映画にも意欲を燃やした。今回の映画化を、さぞ喜んでいることだろう。
「手をつないでかえろうよ~」は、シンプルな舞台装置で観客のイメージを喚起させて作った舞台からリアルな映画となり、物語や設定にアレンジが加えられた。が、「生と死」をテーマの主軸に据え、「生きろ!」と叫び続けた今井の想いが鮮やかにそこにある。川平の演じた真人は、時折、まるで今井本人が乗り移ったように感じる瞬間も。
「『手をつないでかえろうよ』って、『ウィンズ』のPART2だと思ってるんですよ。こないだ見直した時に、すごいこと書いてるんですよね。生きるということを深く、よく書いたなと思う。今井、天才なのって思うぐらいに(笑)」。
抗がん治療の影響で、かすれる声での自画自賛。亡くなる2か月前、明日から沖縄で「ウィンズ」の稽古開始という日、関西ウォーカー編集部で約1時間のインタビューをした。その時の彼の生声は今もレコーダーに残ったまま、消せないでいる。
「生きているという、ありがたさ。ボクは今、太陽だったり、風だったり、ほんとにすごく感じています」。
この映画には、53年間を全力で生き抜いた今井雅之の魂のメッセージが詰まっている。
【取材・文=高橋晴代】