小さな世界の青春を描く 映画「少女」三島有紀子監督

関西ウォーカー

累計100万部を超える湊かなえのベストセラー小説を、「しあわせのパン」、「ぶどうのなみだ」などで知られる三島有紀子監督が映画化したミステリアスな青春映画「少女」。17歳という多感な時期を迎えた女子高生の由紀(本田翼)と親友の敦子(山本美月)の姿を通して、それぞれが抱える心の闇や“死”にまつわる禁断の世界を映し出す物語だ。本作について、三島有紀子監督に話を聞いた。

映画「少女」三島有紀子監督インタビュー


――先ずは、多くの人を引き付ける湊かなえさんの原作「少女」の魅力についてお聞かせください。

三島監督「これまで映画化された湊さんの作品がどれも好きで、すごく楽しんで観させていただいていました。ほとんどの作品は、最初に一つの大きな事件が起こって、その真相はどうだったのかを探っていくうちに様々なことが分かってくる、という構造だったと思うんです。だけど、『少女』に関しては大きな事件が最初に起こるという構造ではなく、小さくて狭い世界で起こる少女たちの青春物語で、他の作品とは構造が全然違っていたところが面白くて惹かれたました。本当はもっといろいろな世界があるのに、17歳の少女からみれば学校と家、あともうひとつの環境ぐらいで、これが世界の全てだと感じてしまう。そんなすごく狭い世界で息苦しく、暗闇の中で綱渡りをしているような危うい毎日を送る"ヨル(夜)の綱渡り"をしながら生きている感覚を映画にしたいなと思いました。湊かなえさんが書かれる物語の構造って本当に面白いですよね。だから映画は、誰のどの扉が開いて、その扉の先に見えたものを発見していく面白さを表現できればと撮っていました」

――本作で描かれている"17歳の少女"という、女性であれば誰しもが通過するある普遍的な存在について、監督はどのように捉えられたのでしょうか?

三島監督「17歳の少女というのは、自分勝手であり、もろくて儚くて、そして美しい。いつの時代でもそう言える普遍的な存在だと思います。また、少女たちの関係性でいえば、劇中である少女が残す"遺書"で書かれている通りかもしれません。その中で原作にはありませんが、私が書き足した"空気もたくさん読んだし、悪口もたくさん聞いてあげた"という部分は、特に女子ならではの関係性の中にあるコミュニケーションかなと思いますね。もしかすると、女性というのは、永遠にこの関係性に悩まされ続ける生き物かもしれません。全ての人がそうという訳ではありませんが、悪口を言うつもりはないに、誰かが言っている悪口を一生懸命聞いてあげて場を成立させるコミュニケーションの取り方がたしかにある。いくつになってもそういった関係性はついて回りますし、17歳という時期は特に純化されて出てくるのだろうと思います」

――そんな17歳という多感な時期に、心に闇を抱える女子高校生を演じた本田翼さんと山本美月さんの演技が非常に印象的でした。どちらかというと明るい印象のお二人が、こんなに暗い表情をするのかとか、これまで見たことないような鋭い目で睨んだり…と、引きずり込まれるような演技でした。

三島監督「二人にはすごく細かくお話しました。今まで二人とも今回のように闇を抱えた役をしたことがなかったり、さらに言うとその変化がとても繊細な役だったので、どんな顔をしたらいいのかとか、とても難しかったと思うんです。本田さんに関しては、動きだったり言い方だったり、表情まですごく細かく伝えました。今まで感じた理不尽な怒りをすべて思い出して、キャメラを睨んでほしいとか。由紀は周りの人間を信じていないし、常に不機嫌なのは、世の中の大人たちや社会を決して美しいものではないと分かっているから。だから、汚い世の中に対しての怒りを、ずっと抱えながら演じてもらいたいと言いましたね。一方で、山本さんは細かいことを言うとやりにくい人なんです。なので隣に立って、『敦子はこういうことがあって、こう思っていてね…』と催眠術のようにボソボソ言い続けると、その時の敦子の感情になって表情ができてくる。その感情と表情のピークになった瞬間に、スタートをかけて撮るという演出でやっていきました」

映画「少女」は、梅田ブルク7ほか全国の公開劇場で上映中


――小説とはまた違う映画ならではの効果として、水を用いたシーンもとても印象的でした。

三島監督「少女たちの息苦しい閉塞感というものを、どのように映像化しようかずっと考えていたんです。そこで先ずは、原作で共学だった学校を規律正しく厳しい女子高にして、"籠の中の鳥たち"という設定にしました。さらに、私の中では"水"というものが"死"に近いイメージがあったので、死の淵を彷徨っている彼女たちを水辺のある町に存在させることにしました。あとはやはり、息苦しい感覚でいえば、真っ暗闇の水中で息ができずにもがいているシーンが一番に浮かびましたね。実は、そのシーンが劇中で由紀が書き溜めている"ヨル(夜)の綱渡り"という小説のイメージに繋がってくるのではないかと思ったんです。例えば、単純に"ヨル(夜)の綱渡り"をイメージ化すれば、真っ暗中で綱を渡る映像になると思うんです。しかし、それではあまり息苦しさが伝わらないので、リアルな感覚として、"ヨル(夜)の綱渡り"を続けなければいけない怖さだったり、息苦しさであったり、息をひそめないといけない感じ、もがいている感じは真っ暗闇の水中が、一番イメージに近いのではないかと思って撮影しました」

――いまお話にもありました劇中作の"ヨル(夜)の綱渡り"は、闇を抱えたキャラクターたちにとって、ある種の"救い"になっているように感じました。そして本作もまた同じように、鑑賞後には観た人にどこか希望や温かみを感じさせてくれる作品になっていた気がしてグッときました。

三島監督「もがいて、もがいて、もがいてもがいた先に見つけた"何か"って、一番キラキラした瞬間かなと思います。由紀と敦子はいろいろなことにぶつかって、それぞれ抱え込んでいるものがあって、だけど自分たちが"生きている"と思える瞬間はこれだったんだという何かを見つけていく。なので映画全体をみれば、キラキラした青春物語だと思ってもらえるかもしれません。やはり17歳に限らず、深い闇の中を探りながら生きていることってあると思うんです。その闇の中で、きっと光を求めながら生きている。もしかするとその闇自体が、自分や世界の醜さを消してくれていて、誰からも見られない自由な空間かもしれません。はたまた突然、ひとつの小さな光を見つけて大きな光になっていくかもしれません。考えない人に闇というものはやってこないので、闇があるからこそ、もがいた先の光が見られるはずだと信じて自分自身も生きていますし、そうであってほしいと思っています。ただ本作は、100人に観ていただけたなら、100人それぞれ違う感じ方をしてもらえる作品だと思います。それぞれの楽しみ方でいろいろなことを受け取ってもらえたら嬉しいです」

映画「少女」は、梅田ブルク7ほか全国の公開劇場で上映中。

【取材・文=関西ウォーカー編集部 大西健斗】

大西健斗

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