10月22日に公開された母娘の愛を描く映画「バースデーカード」。本作は、亡き母親から毎年届く、バースデーカードの内容に戸惑いつつも成長していくヒロインの姿を描いた人間ドラマだ。橋本愛が透明感のあるヒロインの鈴木紀子を演じ、大きな愛で家族を見守る母親・芳恵を宮崎あおいが演じる。メガホンをとったのは、井筒和幸監督の助監督を経て「キトキト!」などのオリジナル作品を手がけてきた新鋭・吉田康弘監督。愛と温もりに溢れた本作について、吉田監督に聞いた。
―オリジナルの物語である今作は、どういったきっかけから生まれたのでしょうか?
「2010年頃、余命を悟ったお母さんを描いた、ノンフィクションのお話を、プロデューサーから渡されたのがきっかけです。だけど、難病で母親が亡くなっていく姿を追うような物語は苦手なので、例えば遺さ。だけど、難病で母親が亡くなっていく姿を追うような物語は苦手なので、例えば遺された子供が亡くなったお母さんと共に生きていくような、一風変わった“バディムービー”の成長物語であれば面白いかもしれないと提案したところから本作の企画が動き出していきました。それからは、母と娘の長い対話の物語にしたいなと考えながらシナリオを書いていきましたね」
―オリジナルの物語であり、王道の物語展開の中で、随所にリアルな描写が散りばめられていたのが印象的でした。
「今回はあえて、観る人を選ばない王道の映画にすることを目標にして作りました。いたって普通の人の人生を描いている作品だからこそ、観客が自分自身の人生と結びついて親近感を持ってもらえるような装置をいくつか散りばめるようにしました。例えば、花火大会や初キスの思い出のように、普通の人の人生にも振り返るとハイライトがたくさんあると思うんです。そういったキラメキを描きたいと思ったので、他にも僕より上の世代の方々が、直感的に青春時代を思い出せるような存在としてピンクレディーについて描いたり、僕ら世代で言えば、僕も大好きなロックバンドの銀杏BOYZのアイテムを使ったり…と、観た人が記憶と直結するようなディティールを大事に選んで、具体的な仕掛けをできるだけ取り入れました」
―そういったディティールを描く際に、周りから意見を聞いたりもしたのでしょうか?
「そうですね。本当にシナリオがベタで王道のストーリーだからこそ、ディティールが命かなと思っていたので、僕だけですべてを作りこむよりスタッフや役者さんの意見や知恵を借りながら、シナリオに肉付けして太くしていくようにして作っていきました。原作ありきの作品ではなく、オリジナルの脚本だからこそ自由に内容を変えていけることはひとつの強みですから、役者さんからの意見を取り入れては現場でセリフを変えたりもしましたね」
―中でも、監督が周りからの意見を取り入れてよかったなと思ったことなどありますか?
「橋本愛ちゃんに初めて台本の感想を聞きに行った時に、『ヒロインの紀子がいい子すぎるんじゃないか?母と娘という同性だからこそ、母親の言うとおりにしたくないというライバル心や反発心が、どこかで紀子に芽生えたりしないですかね』と言ってくれたんです。たしかに、物語の中で葛藤する場面をもう少し作らないといけないと思っていたので、お母さんからの手紙で人生を左右されたくないから読みたくなくなる場面を作りました。あそこは橋本愛ちゃんの感想がきっかけなので、非常に映画的に深みを出してくれるご意見だったと思います」
―病院の屋上で芳恵と宗一郎が夫婦で会話をしている時の眺めや、家族でピクニックに出かけた高原、花火大会の風景など、ロケーションがとても美しくこだわりを感じました。
「そうなんです!ロケーションをすごく味方にすることができたなと。夏に撮影するからには青い空をしっかりと撮りたかったので、テレビサイズではできない映画的な引きの画でダイナミックさを大事にしたいなと思って挑みました。ピクニックの場面は、家族が一堂に会する重要な場所だったので特にこだわりましたね。少し幻想的になってもいいので、本当に綺麗で美しいところでロケをしたいと探して、霧ケ峰高原というところを見つけました。しかし、字のごとく一年を通してよく霧が立ち込める場所で…。天気がどうなるか分からず不安でしたが、映画の神様が味方してくれたのか運よく晴れて、無事に撮影を終えることができました」
―今回は監督の地元である大阪でも撮影されていたり、人気番組「パネルクイズ アタック25」のスタジオを実際に使ったシーンも物語の中で重要な場面になっていましたね。
「『パネルクイズ アタック25』を登場させることは、当初から案としてありました。本作には“蒼氓(そうぼう)”というテーマもあって、“一生懸命生きて、いつか死んでいく名もなき民。みんなもそうだろう”と、そんな普通の人々の人生を肯定する映画にしたかったんです。そういった想いがある中で、普通の人が人生でスポットライトを浴びる瞬間といえば何かと考えた時に、テレビを出演するということを思いついたんです。紀子はピアノやバイオリンで輝いていくタイプの女の子ではないので、ユーモアのある題材を考えた時にクイズがいいなと。海外では、ダニー・ボイル監督の映画『スラムドッグ$ミリオネア』のようにたびたびクイズが題材にされてきた中で、日本ではあまりなかったと思うんです。そこで、視聴者参加型のクイズ番組を探したところ『パネルクイズ アタック25』しかなかったんですよね。この番組は40年も続いている歴史があるので、子供の時にお母さんと病院でみた番組に出るという約束から、大人になった自分が番組に挑戦するまでの長いスパンで描く本作の物語にうまくハマったんです。そこからシナリオを書いて、ABC朝日放送さんに相談に行ったところコラボレーションして下さることになり、現在司会をされている谷原章介さんにも出演いただいて実際のスタジオで撮影させていただけることになりました」
―テレビで見てきた番組に、橋本愛さんが出演して一喜一憂している姿を見るのは不思議な感覚でした!
「よく見ているテレビを、ああして映画の中で物語の一部として見ると面白いですよね(笑)。地元が大阪なので、僕も子供の頃からずっと好きで観ていた番組です。最初は緊張してガチガチだった視聴者が、クイズに正解していくごとに緊張がとけていって、最後にはガッツポーズをとったりして凄く輝くじゃないですか。そういう意味でもクイズ番組というより、一生忘れない瞬間が生まれる“ドキュメント”だと思っていました。なので、紀子の成長を見届ける場面として描くことができたし、橋本愛さんも普通の女の子である紀子として非常にいい表情をたくさんしてくれたので、観ていて“紀子も大きくなったな”とか、“お母さんが天国から観ていたら安心するで”という気持ちにさせてもらえました。とても良いシーンになったと思っています」
―橋本愛さんとの撮影はいかがでしたか?
「同じところを目指している感覚は、当初からすごくありましたね。打ち合わせの段階から『ベタに王道の物語を、正々堂々とやります!』と宣言したところ、そのコンセプトに賛同していただいてました。だけど彼女は、これまで難しい役どころが多かったので、王道の物語で普通の女の子を主演として演じるということに、どこかで怖さもあったはずである意味で挑戦だったのではないかなと思うんです。だからこそ、『埋もれる作品になってしまわないように、繊細かつ丁寧に作ることを一緒にやりましょう』と話をしていました。そこで彼女は“できるだけ嘘のないお芝居がしたい”と思ってくれて、僕は1人の少年が6歳から18歳になるまでの姿を演じるリチャード・リンクレイター監督の『6才のボクが、大人になるまで。』という作品をこの映画でも目指そうと話しました」
―たしかにあの作品は、4歳から25歳までの紀子が描かれる本作ともリンクする部分がありますね。
「紀子を演じる役者はもちろん変わりますが、鈴木家の長い月日を観客にしっかりと見届けてもらえるように彼女もすごく努力をしてくれました。例えば、宮崎あおいさんが子役とお芝居する現場に来て、母親の顔を自分の中で本物の記憶にしようと、かじりつくように宮崎あおいさんのお芝居を観ていました。子役に発しているセリフも、自分自身に言われた言葉として受け止める。その言葉が、どこか頭の中や胸の中で残っているからこそ、大人になってからの紀子を演じる際にもいい影響になるはずだと。これまでは想像で役を作っていくことが多かったけれども、できるだけ嘘のないお芝居にしたかったからこそ、初めてそういったアプローチをやってみたいと思ったり、具体的なことを取り入れたかったという風に言ってくれましたね」
―ディティールのお話もそうですが、そういった“嘘のない”リアルな描き方については、井筒和幸監督から教わったことの影響があったりするのでしょうか?
「大事にしている“リアリズム”は、井筒さんから教えられたことですね。『嘘をつくな。嘘っぽいセリフは全部省け』とか、そういうことは言われてきました。あとは、井筒さんもスタッフのことをすごく頼るタイプの監督で、僕も助監督をしていた時に意見をよく聞かれたりしました。自由にセリフの提案ができるような環境だったので、『パッチギ!』の時も僕の提案したセリフが採用されていることもありました。そういうこともあってか、僕もスタッフの意見を取り入れやすい環境は常に意識しています。それというのは、自分は圧倒的な才能があるタイプの監督ではないと思っているからこそ、バランス感覚が生命線で、大きな船のキャプテンのようなものだと思っています。どこに向かうかだけはブレないようにして、どのコース取りをするのかは船員たちに聞きながら採用させてもらうタイプ。そういうところは、井筒さんと似ているかもしれないですね」
―個人的には、紀子がお母さんに投げかける「自分の思った通りの人生を送れているのか」というセリフが胸に突き刺さりました。似たようなセリフが、デビュー作の『キトキト!』の中でも出てきていたと思います。あのセリフには、どういった想いが込められていたのでしょうか?
「それは僕自身が亡くなった母親に、聞きたい言葉でもあるんです。子供って親が自分の人生を犠牲にしてまで、家族のために働いてきたと思ってしまいがちだと思うんです。僕も、家事とかなにも手伝わんかったなとか、そんな後悔ばっかりなんですよ。お母ちゃんの人生は子供の犠牲になったんじゃないかなという後悔が、どうしてもずっと頭の中にこびりついていました。それが僕に子供が生まれて親になった今だからこそ、ようやくお母ちゃんの気持ちも分かった気がして書けたんだと思います。子供のためだけど、自分のためでもあるから、子供がそんな風に思う必要はないということが感覚的に分かってきた。だから堂々と、『私の人生は満足だったよ』と、20歳の手紙の中で言ってもらうことができました」
―そういう意味では、監督ご自身の心境も含め、今だからこそできた作品といっても過言ではないかもしれませんね。
「そうですね。2010年から2011年にかけてシナリオを書いていたので、震災があったり、震災の4日前に自分の子供が生まれたりということがあったからこそ、親が亡くなってからも親子が続くということを、この映画の中で表現ができたら素敵なんじゃないかと思ったんだと思います」
―ありがとうございます。最後に、これからご覧になられる方にメッセージをお願いいたします。
「この映画は涙の質にこだわっています。難病でお母さんが亡くなる悲しい話のように見えがちですが、悲しい涙を流してもらう映画ではなく、観た後に爽やかな温かい涙を、幸せを噛みしめるような涙を目指しました。笑ってもらうのも大事だったり、優しい気持ちになってもらえる映画になっていると思うので多くの方に観ていただきたいです!」
映画「バースデーカード」は10月22日より全国の公開劇場にて上映中。
大西健斗