飼い主の帰りを渋谷駅前で何年間も待ち続けた忠犬ハチ公の銅像は、渋谷のシンボルとして人々に愛されている。ハチは秋田生まれの秋田犬で、ハチの故郷・秋田県大館市には「秋田犬保存会」という公益社団法人もある。その副会長・富樫安民(とがし やすたみ)さんに秋田犬の魅力について語ってもらった。
忠犬ハチ公のおかげなのか、秋田犬は私たちにとって馴染み深い存在だ。しかし、1931年に国の天然記念物に指定された貴重な犬種でもある。
「そもそも秋田犬は古くから猟犬として人間といっしょに生きてきたんですね。天然記念物に指定された理由として、人間との共生の歴史、という点は大きかったんじゃないかと私は思います」と富樫さん。“犬は人間の友”というのは通説だが、その中でも秋田犬は人間のパートナーとして様々な魅力を見せてくれる、と富樫さんは続ける。
「骨格がしっかりしていて、顔もよくて(笑)。なにより、人間とずっと共生していたから性格がいい。秋田犬保存会はこういった秋田犬の良さを後世に残すべく活動しています」
忠犬ハチ公のような従順さや忠誠心の高さは、人間といっしょに暮らしてきた歴史によって培われてきたものなのかもしれない。
その一方で、内に秘めた闘争心も秋田犬の特徴のひとつだ。江戸時代には武士の士気を高めるために秋田犬による闘犬も行なわれていたという。
「秋田犬はオオカミに近いDNAを持っている、とも言われています。だから、秋田犬の中に高い闘争本能が備わっているのは間違いないと思います。ウーッとうなり声を上げるときは、やっぱり野生の顔になりますから。だけど、ふだんの生活ではまったくそういう部分を出さないというのも秋田犬の特徴。優雅とか威厳とか、そういう言葉が似合う佇まいだなと私は感じます」
忠犬ハチ公の逸話は、日本国内では「ハチ公物語」(1987年)という映画にもなり、さらにアメリカでリチャード・ギア主演のリメイク作『HACHI 約束の犬』(2009年)も制作された。また、2015年のルクセンブルク国際ドッグ・ショーでは秋田犬(アメリカン・アキタ)が使役犬部門のチャンピオンに輝いている。今や秋田犬は、日本人だけでなく世界中の人々から愛される存在となっているのだ。
「世界の方々からも人気を集めているのはうれしいことです。リチャード・ギア主演の映画による影響は非常に大きかったと思います。最近では、中国の富裕層の人たちが秋田犬を欲しがっているという話も耳にします。海外では、検索サイトのヒット数を見てみると、富士山よりも秋田犬のほうが多い場合もあるらしいですよ」
日本でも世界でも、秋田犬が愛される理由のひとつを、富樫さんはこんなふうに推測する。
「人間の社会は今すごく殺伐としてますよね。そういう社会で生活していると、忠犬ハチ公のエピソードや秋田犬の性格の良さなどの“温かさ”に人々は胸を打たれる。だから秋田犬が国を問わず世界的に人気を集めているんじゃないでしょうか」
秋田犬の人気が高まっていく中、秋田犬保存会としては悩ましい部分もあるという。
「秋田犬を飼いたいっていう人が増えるのも、海外の方々に飼っていただけるのも、本当にありがたいこと。ですが、むやみやたらに増えればいいっていうわけではないと思います。秋田犬の本質を守っていかなくてはいけない。しかし、海外では血統書が怪しくても細部までチェックが行き届かないケースがどうしても出てきてしまうんです」
富樫さんによると、中国では最近だけで偽の血統書が5件も発覚したという。
「中国で売買された秋田犬の血統書が、確認作業のためにたまにこちらに送られてくるんですが、記載された秋田犬が登録されていない場合があります。血統書について厳密にやり過ぎると、飼う人が少なくなってしまうんじゃないかというのも心配なんですが、素性が確認できない“自称・秋田犬”が増えてしまうのも困りものです」
秋田犬には秋田犬らしい良さがあり、それを守りながら広めていくことのは大切なことだ。
「秋田犬同士の交配なのか、子どもは何頭生まれたのか。そういった事実を写真に収めて、血統を確認していく。今までもやってきたことですが、こういった対策を地道に続けていこうと思います」【東京ウォーカー】
石福文博