フランス革命の成就、“共和国サッカー”で手にしたW杯制覇

2018年7月16日 18:08更新

東京ウォーカー(全国版) 小谷紘友

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サッカーのロシア・ワールドカップ(W杯)の決勝戦が、7月15日(日)に行われた。フランス代表がクロアチア代表を4-2で下し、1998年大会以来となる2回目の優勝を果たしている。

ロシアW杯決勝、フランスが4-2でクロアチアに勝利し、20年ぶりの世界王者に

ロシアW杯決勝、フランスが4-2でクロアチアに勝利し、20年ぶりの世界王者に

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フランス建国記念日の翌日に、世界王座を奪還したのだから趣き深い。フランス革命のごとく、初優勝からの20年間、チームは大きな変革期にあった。

かつてのフランスには、ミシェル・プラティニやジネディーヌ・ジダンのように、この選手がいないと成り立たないという“絶対君主”がいた。チームの顔を存分に引き立たせるサッカーで、実際に大きな成果もあげてきた。

ところが、今回のチームはアントワーヌ・グリーズマンやポール・ポグバ、キリアン・ムバッペといった大駒はそろっているものの、特定の選手に依存するサッカーではなかった。

象徴的だったのは、決勝の55分に行われたエンゴロ・カンテの交代か。

今回のフランスにおいて、最も替えの利かない選手をあえて挙げるとすればグリーズマンやポグバ、ムバッペではなくカンテだったと思われる。決勝までの6試合でも、フランスではラファエル・ヴァランと2人だけ全試合にフル出場。豪華な役者がそろうなかでの黒子であり、中盤での汚れ仕事を一手に引き受ける大黒柱でもあった。

ところが、決勝ではクロアチアの中盤に振り回されるばかり。ディディエ・デシャン監督は後半開始早々に、スパッとスティーブン・エンゾンジへと切り替えた。

「15個の肺を持つ」「地球の3割をカバーする」とも言われるほど労を惜しまず走り回るカンテでですら、手を焼いていたクロアチアの好戦的なサッカー。ところが、2メートルに迫る巨人のエンゾンジが門番のようにドカッと中盤に鎮座すると、試合の流れがフランスに傾いた。

前半はオウンゴールとPKで2ゴールを奪いながら、シュートは1本だけ。指揮官も「うまくプレーできていなかった」と認めた出来と打って変わって、エンゾンジ投入後はバランスを取り戻し、ポグバとムバッペのミドルシュート2本でネットを揺らして試合を決めた。

交代策で流れを引き寄せたデシャン監督は、20年前に母国開催で初優勝を果たしたときのキャプテンでもある。監督として優勝に導いたことで、ブラジルのマリオ・ザガロ氏とドイツのフランツ・ベッケンバウアー氏に次いで、史上3人目となる選手と監督での世界制覇も成し遂げた。

そんな国民的英雄に対して、試合後に選手たちが“サプライズ”を贈った。記者会見場に、「ディディエ・デシャン」コールを唄いながら突如乱入。あたり構わず飲料をぶちまけ、デシャン監督もすっかりずぶ濡れ。選手たちはピッチ同様に暴れ回って、嵐のように過ぎ去っていった。

祝い酒を浴びてずぶ濡れになりながらデシャン監督は、それでも笑顔を崩さない。

「非常に若いグループだったけど、クオリティは備えていたね」

大駒たちも自分勝手にプレーするのではなく、あくまでも駒に徹する。個性を生かしながらも、依存することもない。グリーズマンも「このチームを本当に誇りに思う。選手、スタッフとともに、団結したグループだった」と認めるところだ。

サッカーは国民性を表すと言われることもあるが、2度目の世界王者に輝く過程は、絶対王政から共和制に移り変わっていった国の歴史をなぞるかのようでもあった。

2015年には、能力は間違いないものの同僚への恐喝事件を起こしたカリム・ベンゼマを代表から追放。監督という立場の上に英雄でもあるデシャン監督への選手たちのふるまいも、“指導者であって王にはあらず”という意識の表れか。そんなところにも、共和国的サッカーが垣間見ることができる。

「我々は世界チャンピオンであり、今後4年間で世界のトップに立つことになるはず」

濡れたシャツそのままで、デシャン監督は新時代の到来を告げるように、そう高らかに宣言した。

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