コロナ禍、動画配信全盛時代に生まれた新たな映画館。東京墨東地区唯一のミニシアター「Stranger」が示す可能性

東京ウォーカー(全国版)

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映画館「Stranger」チーフ・ディレクターの岡村忠征さんにインタビュー【撮影=三佐和隆士】

2022年9月、“東京墨東地区(※)唯一のミニシアター”「Stranger(ストレンジャー)」が墨田区にオープンし話題を集めている。今回は、このミニシアターを開業したチーフ・ディレクター岡村忠征さんを取材。映画館にとって大打撃となったコロナ禍にオープンした理由や、動画配信の全盛時代に映画館を経営する意義について話を聞いた。
※墨東地区とは一般に、墨田区、江東区を指す

コロナ禍で気づいた“日常のコミュニケーション”の大切さ

――早速ですが、コロナ禍、また、動画配信サービス全盛のなかで映画館の開業という挑戦的なプロジェクトに踏み切ったきっかけや、オープンにいたるまでの経緯について教えてください。

映画館「Stranger」の外観。同館は2022年9月にオープン【撮影=三佐和隆士】

【岡村忠征】僕は、2011年にブランディングデザイン会社「アート&サイエンス(「Stranger」のプロジェクトも主催)」を創業し、これまでブランドのデザインコンサルティングをやってきました。それで、ブランディングデザインの領域では昨今、DtoC(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)というムーブメントがあって、要するに「製販一体」というビジネスのトレンドがあったんですが、そこに自分たちも興味を持って。自分たちでも何か事業を実際に手掛けたいという思いを持つようになり、創業から10年を超えたところで、映画館開業のプロジェクトをスタートさせました。

【岡村忠征】どんな事業を手掛けようかと考えたとき、僕が20代の頃に少し映画業界にいたこと、今でも引き続き映画が好きなことから、映画館の開業を考えたのですが、ふと「映画館ってあまりブランディングされていないかも」「コミュニケーションがアップデートされていないかも」と思ったんです。

【岡村忠征】DtoCには、商品・サービスと顧客が触れ合う「顧客接点」と「体験価値」というキーワードがあります。お客さまと商品の接点を単なる売り買いとするだけでなく、どれだけ体験性を高められるか、どんな顧客接点を重視して生み出していくか、ということです。映画館って、家で映画を調べて、電車に乗って観に行って、電車に乗ってまた家に帰ってくる…という、下手をすると1日中誰ともしゃべらない体験になるんですが、僕自身、コロナ禍に“日常のコミュニケーション”を重要視するようになって。近所のカフェなどで5分~10分しゃべることが、豊かな価値になると実感するようになったんです。

【岡村忠征】僕はそれをスモールギャザリングと言っているのですが、新宿とか渋谷などのマスなコミュニケーションのなかで接点を持つのではなくて、スモールギャザリングで、フェイスtoフェイスで、接点を持つのが大事だなと考えました。

映画館「Stranger」の内観。「ブランディングの会社なので、内装にもロゴにもこだわりました。グッズも充実しています」と岡村さん【撮影=三佐和隆士】

【岡村忠征】とはいえ、映画館のスタッフから「今日の映画はいかがでしたか?」などと声を掛けられることって、あまりないですよね。映画という同じ趣味を持つほかのお客さまやスタッフとは、仲間意識を持ってフレンドリーにコミュニケーションできるポテンシャルがあるはずなのに。それで、映画鑑賞体験を現代的にアップデートしようと思ったんです。

【岡村忠征】映画館「Stranger」では、「映画を知る」「映画を観る」「映画を論じる」「映画を語り合う」「映画で繋がる」という5つの体験を一連の映画鑑賞体験として提供する新しいスタイルを目指すことにしました。来店したら「いらっしゃいませ」ではなくて「こんにちは!」。「Apple」や「スターバックス」のように、ブランドのファン同士が製品について語り合う、いわゆる“丁寧な接客”とは別のホスピタリティ。こうしたコミュニケーションを目指していけば、厳しい業界ではあるのですが、ブレイクスルーを起こせるのではないか、と考え開業にいたりました。

【写真】店内では軽食やスイーツも提供!こちらは、たっぷりハーブが入った「ポークサンドウィッチ」(880円)と、バリスタが淹れるスペシャルな「オリジナルブレンドコーヒー」(500円)【撮影=三佐和隆士】

編集部員に「どんな映画が好きですか?」と話しかけてくれたスタッフ。メニューができるまでの時間も会話が弾む【撮影=三佐和隆士】

「スタッフは『お客さまと会話したい!』というメンバーで構成されています」と岡村さん【撮影=三佐和隆士】


――熱心な映画ファンが集まりそうですが、映画初心者や「Stranger」初心者が、フラッと来館するのはアリですか?
【岡村忠征】もちろんです!その心配はわかります。ミニシアターって、映画に詳しい方たちが常連になっていて、ライトな映画ファンが気軽に来られないような、ある種、殺伐とした空気があると思うのですが、そこを変えたいんです。

【岡村忠征】ここのスタッフは「お客さまと会話したい!」というメンバーで構成されています。もちろんシネフィル(熱心な映画好き)もいますし、映画の中のファッションが好きでそこに注目して観ているというスタッフ、デートムービー好きやアートムービー好きもいます。さまざまなお客さまと幅広くコミュニケーションを取ることを目指しているので、気兼ねなく遊びにきてほしいですね。

コーヒーにこだわり本格的なエスプレッソマシーンを導入。豆は群馬県の自家焙煎所SHIKISHIMA COFFEE FACTORYより仕入れている【撮影=三佐和隆士】

Stranger Magazine(不定期発行)などの書籍も販売されている【撮影=三佐和隆士】

Stranger Magazineにはスタッフの連載も。映画をテーマに刺しゅうを作っているスタッフが作品を紹介している【撮影=三佐和隆士】


シネフィルのためだけじゃない、地域や若者に愛されるミニシアターに

――映画館「Stranger」の上映作品にはどのような特徴がありますか?
【岡村忠征】方針が3つありまして。1つ目は作家主義的な特集上映、2つ目は日本未公開作や日本上映権利切れの貴重な作品、3つ目は見逃してしまったような新作(封切られて1年以内の作品)。来年以降は、3つ目を積極的に上映していく予定です。特に地元の方々から、平日の昼間に利用していただけるようなラインナップを充実させていく予定です。

「Stranger」のスクリーンについて、「49席に対して、4.2メートルのスクリーンは大きいほう。スクリーンのサイズに合わせ、配管を工夫して天井ギリギリまで使っています」と説明【撮影=三佐和隆士】


【岡村忠征】ちなみに2022年12月8日まで上映していたのは東映特集です。東映作品は「Stranger」のある墨東地区を舞台にしているものが多いのですが、地域の方に観ていただきたいという思い、そして私たち「Stranger」が“墨東地区唯一のミニシアター”ということもあって特集していました。

【岡村忠征】館内には“高倉健史上、最もパステルカラー”にデザインしたという自負がある東映特集のポスターを掲示しているのですが、こういったデザインに触れると昔の作品の印象も変わるのではないでしょうか。地域のご高齢の方々だけでなく、若い人にも向けて上映していきたいと思っているので、若い人が来ても抵抗なく楽しめる空間作りを行うだけでなく、東映作品の観賞料金が900円になる「U25割引」を用意しました。

館内には上映する作品のポスターを掲示【撮影=三佐和隆士】


――施設名である「Stranger」に込めた思いや意図を教えてください。
【岡村忠征】クリント・イーストウッド監督『荒野のストレンジャー』などから着想を得ました。僕自身、映画業界ではストレンジャー(よそから来た人)。だからこそ見える道筋や課題を大切にして、ストレンジだなと思われても、力強く取り組んでいきたいという思いがあります。

――「Stranger」は都営新宿線・菊川駅徒歩1分の場所にありますが、「東京都墨田区菊川」という場所を選んだのはなぜでしょうか?
【岡村忠征】法的な規制が厳しく、いわゆる住居地区には映画館は作れないんです。そんななか、東京の西側は物件探しで制約が大きくて。また、地域も含めて新しいことにチャレンジしようと考えたとき、東側にミニシアターがないなと。単純にいい物件が見つかったというのもあるのですが。

【岡村忠征】近くの清澄白河というエリアは感度の高い人が集まっていたり、個性的なお店があって、それを目当てに遠くからわざわざお客さまが来ている。僕たちもそこに共鳴して、清澄白河の地続きのエリアである菊川に決定しました。近くには東京都現代美術館もあるので、文化的な感度の高い方にマッチするのではないかと思いました。都営新宿線上の新宿3丁目駅からは電車で18分ほど。実は都心からもアクセスがいいんですよ。

――「Stranger」は、クラウドファンディングでも大きな支援が集まっていました。クラウドファンディングを活用することで得られたメリットや、支援者の方との印象的なエピソードなどはありますか?
【岡村忠征】活動を通じて幅広い方に認知していただくことができました。菊川にオープンするということで、そこに熱い思いを持ってくれている方も結構いらっしゃって。クラウドファンディングで支援してくださった方や地元の方とは今もつながることができていて、本当にありがたいです。

――「Stranger」の誕生により期待する効果や、「地域もしくは業界にこんな影響を与えられたら」といった展望はありますか?
【岡村忠征】今、映画業界自体が試行錯誤中だと思うんです。作品の選定から、情報の発信の仕方まで、いろいろな要素が考えられると思うのですが、僕たちが最も重要視しているのは、お客さまとのコミュニケーションの仕方。仲間意識を持ったお客さまとスタッフが、映画を軸にして一緒に成長していくというか。そういうコミュニケーションを目指そうとしています。新しいスタイルとしてこれがいい成功事例になれば、業界全体を底で支えられるのではと。映画館という場所を開かれた場所にしたいので、ほかの業界とのコラボレーションもできたらいいなと思っています。

「映画業界全体を底で支えられたら」と今後の展望を語ってくれた岡村さん【撮影=三佐和隆士】


この記事のひときわ #やくにたつ
・従来の顧客体験を疑う
・コロナ禍で見つけた価値観をビジネスに生かす
・デザインを武器に新規顧客開拓を狙う
・ストレンジャー(よそから来た人)ならではの視点を大切にする

取材・文=平井あゆみ/撮影=三佐和隆士

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