「チチヤス」が“日本初のヨーグルト”を成功させた理由とは?おいしさの秘密は容器にあり

東京ウォーカー(全国版)

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朝食やおやつとして今日まで愛されてきた、ヨーグルト。今ではスーパーに行くと何種類ものヨーグルトが並び、学校給食でも提供されているほど、私たちにとっておなじみの食品だ。

幼いころから私たちの生活を支えるヨーグルトだが、その生産・販売を日本で最初に始めたのが、チチヤス株式会社(以下、チチヤス)。実はチチヤスは、看板の「チチヤスヨーグルト」シリーズを通して、多くの“日本初”を生んできたという。

今回は、そんなチチヤスヨーグルトの歴史について、チチヤス マーケティング部 販促課の中西ひかりさんに話を聞いた。

赤いパッケージの「チチヤスヨーグルト」。“日本初のヨーグルト”として今日まで愛され続けている


最初は薬のような立ち位置だったヨーグルト

チチヤスの創業は1886年。6頭の乳牛を飼育し、牛乳を販売する事業から始まった。当時取り扱っていた商品は牛乳のみだったが、実はすでにこの時からヨーグルトの販売を見据えていたという。

「チチヤスは創業当時からヨーグルトについての知識は持っており、高い関心もありました。ただ、当時の設備では衛生管理上の問題から商品として広く発売するのは難しく、事業化が進みませんでした。しかし、独自の器具の開発とヨーグルト菌の探求を進めた結果、1917年に日本で初めてヨーグルトの販売にいたったと言われています」

発売当初の「チチヤスヨーグルト」


正確に言うと、それ以前から一部の牧場などでヨーグルトのような発酵乳の販売は行われていた。それをある程度の規模での生産・販売に初めて成功させたのがチチヤスだ。ちなみに、世界で初めてヨーグルトの工業生産に成功したのは、スペインで創業された世界的な乳製品メーカー・ダノン社で、1919年のことだと言われている。

当時のヨーグルトは現在のような嗜好品というよりも、主に胃腸が弱い人に向けた薬のような立ち位置で、とても貴重なものだった。しかも、米が1升50銭前後で売られるなか、1瓶で19銭という高価な商品だったこともあり、販売に苦戦したという。

「値段が高いことや、ヨーグルトそのものが世の中にあまり知られていなかったことに加え、酸味が強かったということもありました。しかし、薬のようなものから嗜好品へと立ち位置が変化していくとともに、『まろやかな味で、上品な絹ごし豆腐の食感』を目標に改良を重ね、何万もの乳酸菌から理想とする乳酸菌を見つけ、太平洋戦争による販売休止を挟みながらも、徐々に多くの方に受け入れていただける商品へと成長していきました」

初代のプラスチック容器


“日本初”が詰まったチチヤスヨーグルトの歴史

チチヤスヨーグルトの歴史は、おいしさと健康への追求の結果、さまざまな“日本初”を生み出してきた歩みでもある。そのひとつが容器の形状だ。チチヤスヨーグルトの容器は発売当初から一貫して台形の形をしており、また、底も平らではなく窪んでいる。

これには、容器上部をすぼめることでヨーグルトの中身が分離しにくくなり、形が崩れるのを防ぐ効果がある。そして、底を窪ませることで中の成分を沈殿させずに攪拌させる狙いも。

「この容器の形によって、発酵を促進させることができます。実は出来立てのヨーグルトとお店に並んでいるヨーグルトでは味わいが少し異なっており、お店に並ぶときに一番おいしくなるように作られているんです。出来立ては発酵が進んでいないので、酸味がちょっと控えめになっていますね」

発売当時の低糖ヨーグルト


台形の形状もずっと同じではなく、改良を重ね、時代を経るごとに少しずつ変化している。現在台形の容器は、製造工場の関係で西日本に流通している商品にのみ採用されている。主に西日本での製造を担う広島工場では、容器そのものから自社で製造しているそうだ。

次に、その容器の素材。今でこそどのヨーグルトメーカーもプラスチック容器を使用しているが、プラスチックをヨーグルトの容器に使い始めたのもチチヤスだった。

「当初は瓶の容器を採用していましたが、運ぶときにぶつかって割れたりヒビが入ってしまうことがあり、安全性に不安があったためです。当時の技術では、台形で底が窪んだ容器の形をプラスチックで再現することはなかなか難しく時間がかかりましたが、1966年にプラスチック容器の開発と実用化に成功したことで、遠いところへも安全にヨーグルトを届けられるようになり、より多くの方に食べていただけるようになりました」

現在の低糖ヨーグルト

「チチヤスヨーグルト」の歴代容器


そして最後が、日本初の「低糖ヨーグルト」の発売だ。チチヤスでは、従来品より糖類が50%カットされたヨーグルトの販売を1983年に開始している。健康志向の高まりを受け、近年ますます種類が増えている糖質オフ食品。そのヨーグルトにおける先駆けは、40年も前にチチヤスから生まれていた。

地元・広島での地名度は別格!アンテナショップも大人気

チチヤスは創業時から100年以上も広島県に本社を置く老舗企業なだけに、やはり地元・広島でのチチヤスヨーグルトの人気は群を抜いているという。広島県でのシェア率はほかの地域に比べるとかなり高く、“チチヤスコーナー”を設ける小売店もあるほどだ。

アンテナショップ「CHICHI YASU」


また、チチヤスには「チー坊」というマスコットが存在する。社員の落書きがきっかけで1953年に生まれたこのキャラクターは、チチヤスのシンボルとして、すべてのチチヤス製品のパッケージに必ず描かれている。デザインもたびたび変更されており、現在は5代目チー坊を経て、初代チー坊が復活して活躍している。このチー坊に関しても、広島での知名度の高さを物語るこんな話を教えてくれた。

「工場見学(2023年11月より休止中)などでもチー坊の変遷についてお伝えしているのですが、世代によってなじみのあるチー坊が変わってくるようです。最近のお子さんは現在のチー坊しか見たことがないと思いますが、大人の方は昔のチー坊も覚えていてくださっている方も多く、ご説明していると『あ、このチー坊見たことある!』と言って盛り上がっていただけますね」

歴代のチー坊。現在は初代へ原点回帰している


広島県では、チチヤスのアンテナショップも営業している。広島県産の牛乳を使用した人気のミルクソフトクリームやヨーグルセーキなどが楽しめるほか、チー坊が描かれたハンドタオルやTシャツ、マグカップなどのチチヤスグッズが購入できる。限定グッズも販売されており、地元のNPO法人・工房尾道帆布とコラボしたポーチやバッグなどは大人気で、すぐに完売してしまったそう。ここでしか買えないものもあり、県外から訪れる人も少なくないのだとか。

ミルクソフトクリーム

ヨーグルセーキ

チー坊柄のハンドタオル


改良を重ね、さらに長く愛されるヨーグルトに

チチヤスヨーグルトは発売当時、「絹ごし豆腐に似て味は林檎酸の様であり又香気はクリームの様であります」という説明で売り出された。

「この宣伝文句は、現在も変わらずチチヤスヨーグルトの商品開発の指針になっています。その言葉に込めた想いや味のこだわりは大切に引き継ぎながら、時代に合わせて商品の改良を進め、絶えず進化し続けているのがチチヤスヨーグルトの特徴です。これからも長く愛されるよう、健康とおいしさを追求した商品で、みなさまに笑顔を届けたいと思っています」

キュートなチー坊が目印のマグカップ

尾道帆布とコラボした限定ポーチ。人気が高く、すでに完売している


さまざまな視点から改良を重ねることで、ヨーグルトの歴史を切り開いてきたチチヤス。これからも進化を重ねて、さらなる歴史を刻むと同時に、変わらず私たちの食卓を彩り続けてほしい。

取材・文=小賀野哲己(にげば企画)

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