「靴下で世界を変える」老舗メーカー3代目を継いだ靴下ソムリエの姉妹がつくる、色覚・視覚障害に負けない“新しい靴下”

東京ウォーカー(全国版)

自社ブランド『marimo』から障害の有無にかかわらず履ける靴下『みちる』シリーズを発売した、愛知県名古屋市の靴下専門商社 株式会社マリモ。福祉施設や当事者、有資格者のフィードバックをもとに、国内工場の職人と三位一体となった商品開発とその商品が、発売前から多くのメディアに取材され注目を集めていた。今回は、創業67年の老舗メーカーで3代目社長を受け継いだほのかさんと、デザイナーであるさやかさんの日比野姉妹にインタビュー。商品開発や代替わりについて、それぞれの想いを伺った。

株式会社マリモ 代表取締役の日比野ほのかさん


触れる喜び、選ぶ自由。革命的な“みえる”靴下

ーー貴社は、どういった事業展開をされている会社になりますか?
【日比野ほのか】弊社は、祖父が1956年に創業した、靴下を中心とした服飾雑貨の企画開発、卸売を中心とした事業展開をする会社です。日本全国の小売店やチェーン店に自社商品を卸したり、プライベートブランドなどのODM(Original Design manufacturing=委託者のブランドで設計から生産までを委託して製品製造すること)、OEM(Original Equipment Manufacturing=委託者のブランドで開発から設計、生産まで、すべてを委託して製品製造すること)商品を作っています。

ーーメディアにも取り上げられた『みちる』シリーズは、一般的な靴下と比較してどういった特徴があるのでしょうか?
【日比野ほのか】点字とアルファベットをデザインすることで、色を識別できるようにした靴下です。凹凸のある特殊プリントを履き口にあしらうことで、触って靴下の色を触知できるという機能が最大の特徴になっています。この機能によって、色覚・視覚障害を持たれている方でも、ひとりで靴下の色が選べるようになりました。

ーーこうした商品を作ろうと考えたきっかけを教えていただけますか?
【日比野ほのか】90歳近くになった祖父が、高齢のため病気で片目が見えなくなってしまい、色の判別が難しくなってしまったんです。洋服は着てしまえば何とかなったのですが、靴下の場合はペアなので色がわからないと左右非対称のテレコになってしまうんですよね。

ーー確かに、靴下はペアで成り立つものですし、色がわからないとかなり不便ですね。
【日比野ほのか】そうなんですよ。生涯現役というぐらい靴下とともに生きている祖父なので、靴下の色がわからなくなり嘆く姿を見て、非常に残念だろうなって悲しくなりました。そして、それまで弊社の商品に、目が不自由な方でも選べる靴下が存在しないということに気づいたんです。その不便さを解消する靴下を作りたいと考えたことがきっかけとなり、今にいたっています。

点字とアルファベットを触って色を判別できる機能を備えた『みちる』シリーズ


ーー商品作りにあたって、苦労した点はありますか?
【日比野ほのか】当事者の方の悩みは、私たちには思うことができても正確には理解できないので、作り手の自己満足にならないように商品作りを進めていく必要性はすごくありました。

【日比野さやか】デザイン面では、色を識別するために最も重要なポイントとなる点字やアルファベットを、柔らかいニット生地の上に、わかりやすくプリントすることが悩みの種でした。姉が考案した色を靴下で表現する方法で、実際に読み取りしやすいクオリティに仕上がるか、が課題でした。通常の点字がついている平らな商品とは異なり、柔らかいニット生地の上に表現すること自体が難しく、試行錯誤の日々が続きました。点字や文字は、すべて数ミリ単位での調整を行い、より多くの方が触知しやすいようオリジナルで作っています。当事者の方々に伴走支援いただき、何度も何度も確認して、「これならいいね」というお言葉をいただき、ようやく完成いたしました。

ーー自分ではこれが正しいかを正確にはジャッジできないですものね。
【日比野ほのか】それまででしたら、培ってきたノウハウや「こうであろう」という想定で作れるのですが、初めてのことでしたので。ユーザー目線で商品を見たときに、アルファベットなのか、ひらがな、カタカナなのか?一番読みやすい字は何だろう?って悩みました。当事者の方々と一緒に作っていくなかで、点字は読めるけれど文字が読めないとか、その逆で点字は読めないけれど文字は読めるなど、人によってさまざまなケースがあると知りました。どちらかではなく、両方あることによって、より多くの方へ届けられると考えました。また、サイズについても、指で触ってわかる適度な大きさであると同時に、ロービジョン(弱視)の方でも判別しやすい大きさであることを念頭におきました。その実用性を大切にしながらも、「点字をもっと世間の方に知ってほしい。かっこよく作ってほしい」というお声をいただき、デザイン性の両立も大切にしながら、作ってまいりました。

ーー多くの方の協力があって完成した商品だったんですね。
【日比野ほのか】社内もそうなんですが、多くの社外の方にもご協力いただきました。うち2名の方には1年ほど伴走支援していただいているんです。先天的に目が不自由な方と後天的に目が不自由になられた方、それぞれの立場や見識からサンプルに対してアドバイスをいただいたりしました。おふたりとも、視覚障害の方に向けた情報発信や講演活動も精力的に行っておられ、「こういうお悩みもあるよ」と日本全国の方々の意見も広く集めて、教えてくださいます。視覚障害の方へのサポートを行っていらっしゃる福祉法人“名古屋ライトハウス情報文化センター様”の職員の方々にもご協力をいただき、みなさんの力をお借りしながら商品化にいたりました。

ーー「みちる」シリーズは現在、5色展開ですが、将来的にカラーバリエーションを増やす予定は?
【日比野ほのか】各地の展示会に出展させてもらっているんですが、そのときに「この色が欲しい」とか「5本指タイプが欲しい」というお声をいただいたり、電話やメールでもリクエストをいただいています。そうしたご要望を踏まえて、新色の追加や新しい柄をお届けできるようにバリエーション展開を考えています。

『みちる』は全5色で、レディースはクルー丈のみ。メンズはミドル丈とクルー丈の2種類を展開する


ーー柄をプリントで伝えるのも難しそうですね。
【日比野ほのか】この考案に関して、特許庁に実用新案として登録いたしました。今回、『みちる』シリーズを生産するにあたって、ユーザーさんが使いやすい、わかりやすさを感じる靴下には限りがあるかもしれないと感じています。商品をアナログとするならば、デジタル技術とのコンビネーションで、それぞれの良さを出しながらもっと生活を豊かに、便利にしていく必要性があると思っています。色にとどまらず柄も工夫しながら表現していき、私たちに最大限できる限り精一杯、限界に挑戦していこうと思っています。

ーー5月に開催された『第18回名古屋ライトハウス用具展』で、200名以上の視覚障害の方や同伴者の方が商品を手に取っていたそうですが、実際にお披露目してみて反応はいかがでしたか?
【日比野ほのか】お子さんからお年寄りまで多くの方に足を運んでいただき、視覚障害を実際にお持ちの方やご家族の方、また業界関係者の方やボランティアなど、とても関心を持って見ていただけました。もちろん、いろいろご意見はいただきました。そのなかでも、みなさんが喜んでくださったのがすごくうれしくって、微笑んでいる笑顔が脳裏に焼きついています。

【日比野ほのか】アプリや歩行センサーなど最新テクノロジーを扱う企業の出展ブースが多い会場のなかで靴下という異質なものを展示していたので、皆さん「えっ?」って(笑)。私たちが接客している声を聞いて気になった方も、靴下を楽しみにして来てくださった方も、日本と海外の方も興味をもってくださいました。そして、「靴下を選ぶときに困っていたんだよね」とか「洋服は気にしていたけど、靴下まで注意が届かなかった」とか、「他人に間違っているって指摘されて恥ずかしかったから、黒しか履かないことに決めていた」など、多くの実体験談を聞くことができました。

【日比野ほのか】今回が初参加だったので、とにかく終わるまでドキドキでしたね。それまでも、周囲のモニタリングやディスカッションを通じて改良は重ねていましたが、ほかの方から「いや、これ結局わかんないじゃん」とか「実はもう存在していますよ」って言われたらどうしようとか、無名の弊社のブースに来ていただけるかもわからないので、「誰も来なかったらどうしよう」と不安だらけでした。ですから、いい意味ですごく予想を裏切られた、素敵な体験になりました。そして、現代社会ではかゆいところに手が届く商品が多く受け入れられていると思いますが、こういう商品が存在していなかったことに驚きましたし、あらためてその意義に気づかされました。

姉妹で挑んだ靴下作りへの挑戦と会社の変革

ーー1956年創業と、歴史のある会社ですが、新しい商品を作るなかで、長い歴史のなかで培われたノウハウが生かされた部分は大きいですか?
【日比野ほのか】弊社はファブレス企業なので、自分たち独自の生産設備は持っていません。私たちは、ちょうど作り手とユーザーさんの間に位置しているんです。作り手の「この通りにしかできない」っていう固定概念を持っておらず、ユーザーさんのニーズや意見を取り入れ、ファッションのトレンドに常にアンテナを張っている立場にあるので、それがこうした物作りにもつながっているのかなと思っています。例えば、「これは国内でやったほうが完成度が高い」「これは海外製でやったほうがいい」という対応もしてきました。商品の企画力、開発力を強みに長くやってきた会社なので、「常識に縛られずにやってみよう」っていう社風があるんですね。さらに今回は、国内の工場さんとのお付き合いの面でも、従来の靴下と異なる作り方など無理難題に本当に力を貸してくださったので、そうしたところにも今までの関係性が生きてきたのかなと実感しています。

ファッショントレンドを意識したシンプルなデザインの『みちる』。色覚・視覚障害の方に向けた機能性を追加した


ーー従来の生産も新しいことへの挑戦も、両方やりやすい環境がそろっているということですね。
【日比野ほのか】そうですね。「やらずに後悔するより、やって後悔したほうがいい」じゃないですが、「チャレンジすることが、これからの将来において業界的に大切」と社員全員が考えているのも、よかったのかなと本当に思っています。

ーーほのかさんは24歳のときに業界最年少で社長に就任されたそうですが、プレッシャーなども含め、当時はどういう心持ちで就任されたのでしょうか?
【日比野ほのか】プレッシャー自体は、今も現在進行形で感じています(苦笑)。ただ、当時を振り返ると、アパレル業界は斜陽産業と揶揄されるほど、業界自体が縮小傾向で厳しい状況でした。もちろん弊社も例にも漏れず同じような状況だったんです。そんなご時世で、祖父が86歳でいよいよ引退するっていうとき、私のなかに「自分以上にこの会社を愛してる人はいない!」っていう若気の至りと、周りが廃業・倒産していく姿を目の当たりにするなかで「やっぱり同じようなことをやっていてはダメだ!」という、根拠なき確信があったんですよね。それで、すごく反対していた両親と祖父を何とか説得して、代替わりをしたという感じです。想いを自分自身で証明するために、社長就任後の2018年に「靴下ソムリエ」の資格を取得し、『みちる』シリーズ等、marimoブランドを見据えて、2021年には「UCアドバイザー」、2022年に「福祉用具専門相談員」の資格も取得しました。

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