靴下生産量日本一の町にある老舗工場が、一念発起して挑戦をし続けている。奈良県にある広陵(こうりょう)町は靴下の生産量が日本一と言われているものの、この町で作られた靴下をこの町で買うことができなかった。今治に行けば今治タオルがある、信楽に行けば信楽焼がある…なのに「靴下生産日本一と言われているのに、なぜ町で作られた靴下を買えないんだろう」という思いを長年抱えていたのは、株式会社創喜(そうき)の5代目社長の出張(でばり)耕平さん。出張さんは、下請けからの脱却を目指すべく自社ブランド事業部を立ち上げたのだった。
立ち上げた自社ブランドをどのようにして伸ばしていくか方策を考えていく中で生まれたのが、「チャリックス」だった。チャリックスとは、自転車と靴下編み機が合体した機械で、自転車をこぐと編み機が稼働し、約10分で靴下1足分が編まれる。編まれた靴下はつま先が開いているので、つま先を縫製し、熱を当てて仕上げれば、その場でオリジナルの靴下が完成する。
1927年創業で、もともとはOEM(相手先ブランド製造)をメインとしてきた老舗靴下工場が、2016年に自社ブランドを立ち上げ、2021年12月には“靴下のテーマパーク兼ラボラトリー”の「S.Labo(エスラボ)」をオープン、今なお挑戦を続けているのはなぜか?5代目社長の出張さんにチャリックス開発のきっかけや、自社ブランド立ち上げにかける想いを聞いた。
ローゲージソックスの魅力を作りながら感じられる「チャリックス」
広陵町で靴下生産が盛んになったのは明治時代末期。慢性的な水不足であった広陵町近辺では、江戸時代ころから大和木綿の栽培が盛んだった。ところが、明治維新以降海外から安価で良質な綿が入ってきたことにより、大和木綿の栽培は衰退してしまう。
「広陵町で綿問屋を営んでいた吉井泰治郎さんがアメリカ視察をされ、靴下編み機を持ち帰ったそうです。明治後期にそれが広まって、農家の副業として靴下製造が定着していきました。弊社は1927年(昭和2年)創業ですが、私の曽祖父が農家の現金収入のひとつとして家の納屋で靴下作りを始めたと聞いています。そこから『出張靴下工場』という屋号で長くOEM事業に携わってきました」
「創喜」という名前を掲げ、自社ブランドを展開するようになったのはなぜなのだろうか。
「昭和に入ってから原材料高騰や海外製の安価な製品が入ってくるなどして価格競争が激化し、自分たちが作りたいものを作れないという状況が増えていったんです。取引先からは価格を抑えてほしいと言われてしまって、そうするとどこかでコストを抑えなければならない。子ども向けの靴下をよく作っていた時期もあるんですが、3代目社長であった私の父は『自分たちが作った靴下を自分の子どもに履かせたいか?』と自問自答したときに履かせられないと忸怩(じくじ)たる思いがあったようです。2009年に父が靴下の事業協同組合の理事に就任することになり、母が4代目社長になったのですが、このときに屋号を『創喜』に改めました。世の中が“安いもの”を求めているというのはありますが、価格だけを追求するのではなく、自分たちでアイデアを出して、世の中に喜んでもらえるものを作っていきたいという思いが込められています」
創喜になってから、しばらく靴下以外のアイテムも積極的に開発していった。靴下用の機械を改造し、アームカバーやニットキャップなどのアイデア商品やニット雑貨を製造していく。そして、2014年に5代目社長となった出張さんは引き続きOEM事業はやりつつも、下請けからの脱却を目指すべく自社ブランド事業部を立ち上げた。自社ブランドを伸ばしていく方策を考えていく中で、チャリックスは生まれたのだという。
「自社ブランドの立ち上げにあたって、自社の強みを考えました。OEMでの取引先や同じファクトリーブランドが競合としてあり、その中で創喜を知ってもらって、買っていただくためには、ブランディングが非常に大事です。しかし、これまでOEMが主体だった創喜にはPRの経験はないし、営業力もない。では何が創喜にはあるかと考えると、長く靴下作りに携わってきたことによるものづくりの技術と機械を操る力です。それをお客様に見ていただきたいと思いました。自分たちが糸を扱い、機械を操り作っていく…それを見ていただくことでものへの安心感や信頼感が生まれ、ファンがついてきてくれるのではないかと考えました」
「なので、最初は曽祖父が靴下製造を始めたころによく使用されていた手動の編み機を使って、実演販売のようなことができないかなと思ったんです。それで、海外から古い編み機を取り寄せて、機械自体はヴィンテージ感もあって展示物としてもよいものだったんですが、昔の編み機なので部品もないですし、これを使って実演販売となるとかなり調整に時間がかかってしまうことがわかりました。それで、もっと簡単にできる方法を探すことになりました。自社工場にも編み機はたくさんあるんですが、どれも大きいので移動が難しい。複雑な構造の靴下を作るわけではないので、シンプルなものはないかと機械の中古販売店に相談をしました。それで見つけたのがチャリックスに使っている機械だったんです。そして、見せるだけではなく、もっとおもしろいことができないかな?と考えていたときに、モーターの回転運動と自転車が頭の中で結びついて、『自転車をこいで作れる靴下』というチャリックスの構想が浮かびました。それで、父と相談しながら作っていきました」
そうして出来上がったチャリックスは、全国の催事イベントで大活躍。創喜の名前を知らしめた。ワークショップで作られる靴下だが、高品質なものであるというのも出張さんのこだわりだ。
「創喜が得意とする靴下は『ローゲージソックス』と呼ばれる、太い糸を使って編んだ靴下。チャリックスでできる靴下もローゲージソックスです。一般的な靴下は、1本か2本の糸で編むことが多いのですが、ローゲージソックスだとたくさんの糸を使って編むことができます。その分、分厚くふっくらとした柔らかい仕上がりになるのが特徴です。また、糸を掛け合わせて編むことができるので、異素材の糸を混紡することができるんです。チャリックスの靴下には、お客様に選んでいただく3色の綿糸に加えて、シルクと吉野葛で作った和紙の糸を1本ずつ混ぜています。シルクは人間の肌によく、保温性・保湿性に富んだ繊維ですが、耐久性に欠けます。一方、和紙は吸水性が綿の1.5倍で、非常に丈夫な素材。ただ、すべてを和紙の糸にしてしまうとごわごわとした質感になって、履き心地が悪くなってしまいます。混紡することで、肌馴染みがよく通気性のある靴下になります。チャリックスはただ体験だけの機械になるのではなく、ローゲージソックスのよさを知ってもらうための機械にしたいと考えたので、出来上がりの靴下の履き心地も大事にしました」
現在、チャリックスは広陵町にある創喜の直営店S.Laboで体験ができるが、オンラインでチャリックス製の靴下を購入することも可能だ。オンラインとなるとこぎ手はどうするのかと思えば、出張さんをはじめとした創喜の社員5名から選ぶことができる。
「チャリックスの構想を思いついたときに、オンラインでのサービスも同時に考えました。売り上げが出ないのではないかと周囲は乗り気でなかったのですが、売り上げ以上におもしろいことをやっていきたいという思いがあり、スタートさせました。チャリックス、そしてチャリックスONLINEのことを知ってもらうことで、集客や購買につながっていけばと思っていたので、話題になってくれてよかったです」
チャリックスによる靴下作りが支持された理由を、出張さんはこう分析している。
「おそらくですが、モノ余りの時代がゆえ、あらゆるモノに対して“ただ工場で大量生産されているもの”というようなチープなイメージを持つ人が多いのかもしれません。それに対し、手作りのプレゼントに価値を感じるように、魂のこもった商品ってすてきに感じますよね。チャリックスの靴下にそういった価値を感じていただけたのがよかったのだと思います。チャリックスやチャリックスONLINEの取り組みは、生産者と消費者を近づけたいという願いがありました。会いに行けるアイドルがいるように、会いに行ける靴下工場があってもいいんじゃないかと思います」
ちなみにこぎ手として一番人気なのは社長である出張さんご自身。「一番クリックしやすいんでしょうね(笑)」とのこと。できあがった靴下のタグには「社長」と記名して送ってもらえるので、社長製の靴下が気になる人は、チャリックスONLINEのホームページをのぞいてみてほしい。