コーヒーで旅する日本/九州編|紆余曲折あって生まれる豊かなコーヒー体験。その日の気分、雰囲気で楽しむ「日曜日の昼さがり」

東京ウォーカー(全国版)

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。
なかでも九州・山口はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州・山口で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

屋号に込めた思いが気になる店

九州編の第116回は大分県別府市にある「日曜日の昼さがり」。穏やかな空気感のある屋号から不思議と引きつけられる。人それぞれに意味合いや捉え方が変わってくる言葉ではあるものの、きっとふんわりとした雰囲気の店なんだろう。店があるのは別府の住宅街の一角と目立つ場所ではないが、老若男女、多くの人でにぎわっている。ユニークな屋号に込めた思い、店に立つ丁子さんにとってコーヒーとはどんな存在か、聞いてみたい。

店長兼ロースターの丁子泰二郎さん

Profile|丁子泰二郎(ちょうじ・たいじろう)さん
大阪府出身。高校卒業後、北海道の大学に進学。工学系の学科で学んだあと、東京のシステムインテグレーター企業に就職。およそ5年間、プログラマーとして働く。その時期からコーヒーを日常的に嗜むようになり、豆の産地や焙煎度合いによって味わいが全く異なることにおもしろさを感じる。会社に勤めながら、バリスタの社会人スクールに通い始め、趣味で手廻し焙煎にも挑戦。プログラマーを退職後、知人の縁で北海道のロースタリーカフェの責任者になる。社会人スクールやプライベートでコーヒーの知識を深めていたものの、実際に店を運営、店で出すコーヒーを焙煎するにあたり、壁にぶつかり、挫折も味わう。およそ2年間、ロースタリーカフェの責任者を務めたのち、大分県別府市で飲食店を開きたいオーナーと出会い、別府市へ移住。2024年4月、「日曜日の昼さがり」をオープン。

屋号に込めた心地よい時間

外壁のコンクリートの経年変化もいい味を出している

レトロでノスタルジックな街並みが今なお残る大分県別府市。全国に知られた温泉地であり、町湯に浸かったり、景色を見ながらぶらぶら歩くのが楽しい街。そんな別府市街でも相当古いであろうと感じるコンクリート造りの古ビル。遠目に見ると、今はもう使われていない建物かと感じたが、1階部分に「OPEN」と貼られた木の板があり、テラス席らしきものもある。コンクリートの壁に掲げられた文字は「日曜日の昼さがり」。のんびりとした時間が流れていて、どこか心が休まりそうなイメージを抱かせる屋号。聞くと店を営む丁子泰二郎さんが、一番好きな曜日と時間帯だという。

笑顔がステキで、人懐っこい性格。別府ライフを楽しんでいる

「会社員時代、趣味でサーフィンをしていたんです。大体、仕事が休みの日曜の深夜に千葉や神奈川の海に向かって東京から出発。早朝から午前中にかけてサーフィンを楽しんで、帰る途中で昼ご飯を食べて帰宅する。そうするとちょうど日曜の13時とか、14時とか、昼下がりの時間帯で、サーフィンを楽しんだ満足感と充実感、ほどよい疲労感にまどろむひとときが大好きで。そんな体験をカフェの屋号に込めました」と丁子さん。
店の雰囲気にもその思いはにじみ出ているようで、訪れているお客さんはみなゆったりと時間を過ごしている。コーヒー片手に本を読んだり、友人と会話を楽しんだり、まさに休日の心地よい昼下がりのようだ。

動けない1年弱が今の糧に

【写真】テーブルやイスは耶馬渓の木工作家さんに作ってもらったもの

店の雰囲気づくりも、メニュー構成も丁子さんが一手に担っているので、てっきりオーナーだと思っていたが、意外にも丁子さんは店長という肩書きだという。
「オーナーは北海道にいます。旅行で訪れた別府に魅力を感じ、『別府で何かしたい』と考えたそう。私とオーナーは仲のよい知人で、コーヒー・カフェを運営した経験があるということでお誘いいただきました。当時、私もいろいろと悩んでいて、一度暮らす環境から変えてみるのもいいかもと考え、別府への移住を快諾しました。2023年5月に別府市に引っ越して来たのですが、当初店をやる予定だったテナントが急遽使えなくなったりで、想定通りにカフェオープンとはいかなかったんですね。焦りもありましたが、自分の力だけではどうにもならない状況に置かれ、逆に焦っても仕方ない、なるようになる、と考えをあらためると不思議と心が落ち着きました。毎日のように別府の温泉に浸かり、海や山を身近に感じる暮らしをする中で、体の不調もよくなっていきました。今考えると、この何にも追われない時間というのは私にとって大きかったと思います」

日記のように日々のことが綴られたメニュー表も温かみがあっていい

そう笑顔で別府への移住から開業までの間を振り返る丁子さん。そんな充電期間があったからだろう。「日曜日の昼さがり」は丁子さんがやりたいことをしっかり表現できており、そのスタイルがSNSを中心に話題を集め、ファンも着実に増やしている。
予定通りに物事が進まないと焦るというのはどんな業種でもあると思うが、逆にその状況を楽しむこと、その空いた時間でしかできないことをやってみる。それがどんな形で活きてくるか、そのときはわからないが、きっと無駄にはならない。丁子さんが別府で過ごした最初の1年はそんなことを感じさせるエピソードだ。

  1. 1
  2. 2

注目情報