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全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
関西編の第97回は、大阪市旭区の「depe coffee shop」。もともとは料理の道を志した店主の日比さんがコーヒーを生業したのは、何気ない一杯を通して世界中の人とのつながりを感じたことから。以来、自身もその関係性をもっと広げたいという好奇心に動かされ、ロースターとして精力的に生産者とも関わり、各国の個性的なコーヒーを紹介している。転身から3年余りで開業にまでいたった日比さんにとって、店作りはまだまだ途上。「コーヒーの味は飲む人の好み次第。それぞれの感じ方があっていいし、何より自分がコーヒーのことをもっと知りたいと思っています」と、未知の世界の探求を日々深めている。
Profile|日比友哉(ひび・ともや)
1998年(平成10年)、三重県生まれ。大阪の調理師専門学校を卒業後、イタリアンレストランに勤務。この間に、スペシャルティコーヒーの魅力を知ったのをきっかけに、ロースターへの転身を決意。喫茶店、カフェなどを経て、大阪のGLITCH COFFEEにオープニングスタッフとして入り、2年間修業。2024年7月、大阪市旭区に「depe coffee shop」をオープン。店の運営の傍ら、インドネシア専門のインポーター・Kopindoが主催する、現地のコーヒー普及のプロジェクトにも参加した。
一杯のコーヒーが取り持つ人のつながりに惹かれて
大阪の東のターミナル、京橋から電車で15分ほどの旭区千林。入り組んだ駅前商店街から少し外れた場所、住宅街に溶け込むように「depe coffee shop」の店構えが現れる。「ここは、もともとイベントやカッピングの会場として借りていた場所なんです」という、店主の日比さんだが、実はかつて目指していたのは料理人。実際、専門学校で学び、イタリアンの店で修業を積んでいたが、ひょんなことから、包丁をポットに持ち変えることに。始まりは、本連載でも登場した神戸市北区のロースター・
The Sowers
での体験だった。
「The Sowers店主の安田さんと出会ったのは、コロナ禍の最中。当時の修業先だったコーヒースタンドで淹れてもらった一杯で、完全にコーヒーにハマりました。それまで、コーヒーを意識して飲んだこともなく、エチオピアと聞いても“どこ?”という感じで(笑)。ウォッシュドやナチュラルといった専門用語もわからなかったですが、料理とは違う感動がありました。なかでも大きな違いは、素材から加工・抽出・提供の工程がすべて見えて、1杯500円ほどのコーヒーを入口に、お客さんや生産者、インポーターなど関わる人がつながっていること。コーヒーが取り持つ関係性の広がりを、自分の目で見たいと思いました」
未知の素材への興味は、料理人としての感性も働いたのかもしれない。コーヒーを通じたつながりをもっと広げたいという、好奇心に動かされた日比さん。以来、安田さんにコーヒーのイロハを聞きながら、喫茶店やパティスリー併設のカフェなどで、コーヒーに関わる仕事を経験。同時に焙煎についても、安田さんに手ほどきを受けて、実際の作業現場を見学させてもらうなど、自ら学ぶ機会を増やしていった。「ほぼゼロからのスタートだったので、安田さんをロールモデルとしてまねしていくことから始め、まずはそこに追いつくことを目指しました。この間にQグレーダー(コーヒーの品質を評価する国際的に認知された資格)の資格を取得したのも、安田さんの影響が大きいですね」と振り返る。
その後は、大阪に初出店した東京の人気店・GLITCH COFFEEに、オープニングスタッフとして勤務。ここで、コーヒーに対するスタンスは大きく変わったという。「デイリーなコーヒーが主体のThe Sowersに対して、GLITCH COFFEEは真逆のスタイル。品評会の優勝ロットやCOE(Cup of Excellence、その年に収穫されたコーヒー豆の中から高品質なものを決める品評会で選ばれた最高水準のコーヒー豆)など希少な豆が多く、その提案の中に店が大切にしているコンセプトがあると感じました。そういったコーヒーを作る生産者と直接会う機会も増えたことで、バリスタより生産者に近いロースターのポジションでコーヒーを広めたいという方向性が見えてきました」
店を始めて感じたお客の嗜好の広がり
GLITCH COFFEEでの約2年の修業の間、スペシャルティコーヒーの最先端に触れ、得難い経験を積んだ日比さん。イベント出店やカッピング会などに携わりながら、2024年に「depe coffee shop」をオープンした。カウンターに並ぶ豆は、GLITCH COFFEE時代に得た縁を活かして、個性際立つマイクロロットのシングルオリジンを主体に提案。「修業時代に、お客さんが感動する姿を見て来たから、同じ感覚を伝えたいと思って。GLITCHで関わった生産者の豆もありますが、先々は自分が直接出会った生産者の豆でそろえたい」と日比さん。豆の入れ替わりは早いが、その分、風味のユニークさは際立っている。
たとえば、COEで優勝経験もある農園が手掛けたブラジル・グアリロバ・ゲイシャ・アナエロビックは、わずかにほろ苦いニュアンスが柚子や柑橘のピールを思わせる、さわやかな味わい。また、コロンビア・ペレイラ・キウイ ニトロは、その名の通りキウイのようなみずみずしい果実味に目を見張る。「焙煎は食材の調理と通じるものがあります。基本は素材ありきの味作りにフォーカスして、豆の栽培方法や個性の選び方には気を使いました」と、料理での経験も活かされているようだ。また、「いつもと違うコーヒー、というのを視覚的にわかりやすく伝えたい」と、ここではホットもアイスも足つきのグラスで提供。液体の透明感、繊細な風味の広がりをより楽しめるひと工夫が心憎い。
この界隈では、今までになかったマイクロロースターとしてスタートした「depe coffee shop」。商店街を中心とした飾らぬ土地柄で、どちらかというと喫茶店が似合う町ゆえ、意外な立地ではあるが、開店以来、ご近所さんはもちろん、人づてに聞いて遠方から訪れるお客も少なくない。「店を始めてみると、ここで提案しているようなコーヒーを求める人が増えてきたと感じます。初めての方は、皆さん、飲んでみてびっくりされます(笑)。特別な一杯として、ご褒美的に求める方も多いですね」という手応えを得て、個性的なコーヒーを紹介したいという思いをより強くしたそうだ。