刺激にあふれていて、常に先端のモノ・コトが集まっている、日本一の大都市・東京。また、東京近郊の街にもそれぞれに個性があり、その分だけ衣食住を彩る店も多数。コーヒーショップも然りだ。
「暮らしやすい街にはいいコーヒー屋さんがある」
そのことを実感できるコーヒーのバトンリレーの旅へ。
「たとえば、しっかりと熟していないミカンを食べたとして、それをおいしいと評価する人がどれだけいるのか」
そう投げかけをしてきた「MUI」のオーナーロースター、大沢征史さん。コーヒーも同じだと続ける。
もともと料理人になろうと専門学校で学び、研修で訪れたイタリアにて地元の人々が集うバールのスタイルに触れ、カフェの世界に興味を抱いた。その時に感じたのは「地域のコミュニティ拠点のような店をやりたい」ということ。この時はまだコーヒーに興味はなく、調理師専門学校を卒業後、カフェで勤務。カフェで働く中で、自然と食指が動いたのがコーヒーだった。
ただ、大沢さんは当時をこう振り返る。
「勉強しようと思って書籍を読んでみると、専門書なのに見当違いなことがたくさん書かれているのに驚いたんです。『なんだこの業界は…』って感じたのと同時に、逆にコーヒー業界ってまだまだ伸びしろがあると感じました」
そんな時に出会ったのが堀口珈琲の堀口俊英さんが2000年に上梓した書籍『コーヒーのテースティング』(柴田書店)だった。
「その当時、唯一まともなことを書いている本だと感じました。淹れ方とか焙煎とか言う前に、いい素材じゃないといけない。これって料理の世界じゃ当たり前じゃないですか。たとえば焼肉店に行っておいしくなかったら、肉自体がよくないという判断をしますし、炊いたご飯がイマイチだったら、あんまりよくないお米だなってなりますよね。そこで焼き方や炊き方が悪いみたいなことは普通言わない。コーヒーも同じで、おいしい、おいしくないは素材の良し悪しでしかない」
大沢さんはその本に出会った25年ほど前からそう考え、今もその考え方は変わらない。だから一貫してこう述べる。
「いい素材に対して、当たり前のことを当たり前にやればいいだけ」
Profile|大沢征史(おおさわ・まさふみ)
神奈川県横浜市生まれ。調理師の専門学校を卒業後、都内のカフェやレストランで働く。将来を見据え、コーヒーの勉強を始め、2005年に堀口珈琲に入社。同社で約7年、その間ヘッドロースターを約4年務めた後、退職。2013年に独立開業。
コーヒーを食品と捉えたら
「MUI」がオープンしたのは2013年。店主の大沢さんは堀口珈琲に2005年に入社し、すぐに焙煎を任された人。堀口珈琲の代表取締役社長の若林さんは大沢さんとほぼ同期入社で、こう評する。
「大沢は生豆への理解が早い。感覚が鋭いというか。ちゃんと意図を説明できるロースター」
そんな話を聞いていたこともあり、焙煎についてまず質問をすると、冒頭のような“素材”に関するやり取りがあったわけだ。
「世界最高峰の生豆が手に入って、その豆に適した焙煎を施せば、世界トップクラスのコーヒーができあがるのは当たり前。僕の技術がすごいとかそんなことは一切なくて、焙煎だって回数を重ねたら技術が磨かれると僕は考えていません。シンプルに口にしたコーヒーがちゃんとおいしいかを判断できればいい。それができていないから、ネガティブな味わいまでスペシャルティコーヒーの個性だと認める風潮にある」
コーヒーはいわゆる嗜好品だけにおいしい・おいしくないは飲んだ人それぞれに感じ方が違うのではないか。この質問に大沢さんはこう答えた。
「僕はそれは絶対に言わないんです。僕の中ではコーヒーは嗜好品ではなく、食品です。食品と考えれば大前提になるのは品質で、おいしい・おいしくない、つまり正解・不正解は分けられる。もちろん好みはあるし正解はひとつじゃありませんが、それってなんでも正解ですよっていうことじゃない。でも、スペシャルティコーヒーが世に広まってきた今、世界中のコーヒー屋さんが不正解の味わいも正解みたいにしちゃっている気がしています」
正解はひとつじゃないと視野は広く持ちつつも、不正解まで正解にしてはいけないとはっきりと考えを示す大沢さん。では、大沢さんが考える“おいしい”とはなんなのか。
飲んだ時に違和感がないこと。嫌な苦味や酸味、エグみを感じない。(カフェインを摂ることの良し悪しは一旦置いておいて)子どもでも自然にブラックで飲める。
この回答をみかんやリンゴに当てはめるなら、酸味、甘みのバランスがよくて、食感もよくて、酸味が強すぎず、味わいが薄すぎず、熟しすぎた嫌な味わいがない。こんなところだろうか。一般的な食べ物に当てはめると不思議と納得できたのは目からウロコだ。