『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第16話

東京ウォーカー(全国版)

HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された


「え! これもコングくんが作ったんですか?」

「うん。ま、作ったのもあるし、発注したのもあるかな」

天井から無数のツタがぶら下がり、そこに怪しい照明が当てられ、吉祥寺のライブハウス『サンタバーバラ・カフェ』が、すっかり映画『インディ・ジョーンズ』の装いになっている。

「俺はNEVERLANDにいる住人には、ほんのひとときでも日頃の現実を忘れて欲しいと思ってるんだ」

コングくんは、『NEVERLEND』に来るお客さんのことを「住人」と呼ぶ。その考え方がとても好きで、それ以来、僕も真似させてもらっている。

「すごっ! バーのドリンクメニューもすべて『インディ・ジョーンズ』のフォントになっているし!」

フレディーが興奮してラミネート加工されたドリンクメニューを手に取った。

「そうそう。でも、それだけじゃないよ! ほら見て。これ、分かる?」

コングくんが指した方に目をやると、なんと壁にマイケルのトリビアが貼ってあった。

【NEVERLAND TRIVIA マイケル・ジャクソンはMV(ミュージックビデオ)のことを必ずSF(ショートフィルム)と呼ぶ。vol.05】

「わあ! これってvol.05って書いてあるってことは、もしかして…」

「そう、会場のあちこちにマイケルのトリビアが貼ってあって、住人は宝探しができるようになっているんだ。それを見ながらお酒を飲んで会話を楽しんでもらって、マイケルをさらに知ってくれたら最高っすね」

なんて面白い発想をする人なのだろう。この『NEVERLAND』の話を聞いてから、何度かリハーサルに入らせてもらったが、僕にとってはすべてが驚きの連続だった。それまでの僕はイベントに呼ばれてパフォーマンスをしたり、ダンスコンテストにエントリーしたりで終わっていたが、こうしてゼロから企画して、構成を練り、最初から最後まで自分で取り仕切るという考えはなかった。

しかも公式サイトまで作ったり、チケット管理だったり、機材の手配などすべてにおいて抜かりがない。マイケルを忠実に再現することさえできればなんでも良かった僕にとって、コングくんのやることはどれも目から鱗だった。

ただ、一つ気になることがある。ノリノリの僕やフレディーをよそに、オパちゃんだけがあまり食いついていない様子なのだ。もともと口数は少ないが、それにしたっていつもよりもおとなしい気がする。

「じゃ、みんな! 最後のランスルーやろうか!」

コングくんがスタッフ全員に聞こえるような声で言った。ランスルーとは、本番日に行う通しリハのことである。こういった専門用語をコングくんはさらりと使う。

スタジオと実際のステージでは勝手が違う。現地のスタッフとの意思疎通も含めて当日ほどしっかりとやらなければいけない。つまりリハーサルを含めると、演者は一日で2回やることになるのだ。照明や映像、ダンサーの立ち位置からDJの音出し確認まで、開場までにやることは意外と多い。果たして住人たちが来るまでに間に合うかどうか。

「じゃ、まずはオープニング映像から確認しよう!」

スクリーンに映画のタイトルが映される。よく見ると有名なハリウッド映画のロゴをパロって字だけがNEVERLANDになっている。演出がいちいち細かい。きっと住人たちはワクワクしてこれから映画を観るような心境になるに違いない。

有名な『インディ・ジョーンズ』の曲が流れる。するとコングくんが鞭を持ってハリソン・フォード扮するジョーンズ博士役としてステージに出てくる。草木が生い茂るジャングルを分け入って、いざ冒険の旅へとみんなを誘うと、古代エジプトの服飾をした人たちが突如現れ、なんとそこからマイケルの『リメンバー・ザ・タイム』のパフォーマンスへと流れるという演出だ。

1992年に発表されたこの作品は、アルバム『デンジャラス』からの第二弾シングルである。古代エジプトを舞台に、強大なファラオをエディ・マーフィーが演じ、隣で暇を持て余す王妃のために様々な大道芸人たちを呼び寄せて目の前に差し出すも、妃はどれもお気に召さず、配下に首をちょいと横に切る合図を出して、みんなライオンの餌食にしてしまう。そしてその最後の出し物として登場するのがマイケルだ。

NBA選手のマジック・ジョンソンも出演するこの豪華なショートフィルムは、マイケルにしては珍しく振り付けに少しヒップホップなテイストを取り入れた印象的なダンスナンバーである。

そもそも『インディ・ジョーンズ』と『リメンバー・ザ・タイム』の世界をドッキングさせるというコングくんのぶっ飛んだ発想には驚かされた。正直に言えば最初は少し抵抗があったのだが、いざやってみると面白くて、ただパフォーマンスするだけでは伝わらない楽しさがある。意外とマイケルもこういうアイデアは好きなのかもしれないと思った。

すると今度は、ピーターパンが出てきて「それでは今から伝説のロックシンガーに登場してもらいましょう!」と言って飛んで去って行く。そのロックシンガーこそ、我らがMJ-Soulのメンバー、フレディー扮するクイーンのフレディー・マーキュリーだ。

前々からフレディーもインパーソネーターをやった方がいいと勧めていたのだが、本人もまんざらじゃなかったみたいで、影でコソコソ練習していたらしい。それを聞いたコングくんがすかさず「なら、やっちゃおう!」と言って今回その時間を無理やり作ることにしたのだ。フレディーの今日のテンションがやたらと高いのはこのためだ。

ズンズンチャン!ズンズンチャン!

フレディーがリハから全力でステージを縦横無尽に闊歩する。だいぶ練習してきたのだろう。びっくりするぐらい似ている。

さらに面白いのは、ここで僕がフレディーと『ステイト・オブ・ショック』で競演するところだ。今では知る人ぞ知る話だが、ジャクソンズが1984年に発表したこの作品は、マイケルとローリング・ストーンズのミック・ジャガーのデュエット曲である。だがしかし、これはもともとフレディー・マーキュリーと一緒に歌う予定の曲だった。実際レコーディングもされたが、諸事情で未完成のまま終わった。

今でもファンの間ではフレディーとマイケルが一緒に歌った未発表バージョンを聴いてみたいという声も多く、これはある意味で夢のコラボレーションが実現したということになる。インパーソネーターはときに不可能を可能にするのだ。

僕はまだリハーサルなので、ちょっと流す程度にやっているのだが、フレディーは本番並みにグイグイと迫ってくる。そして、とうとう上着まで脱いでコール&レスポンスまで始めてしまった。

「エーーーオ!リーロリロリロリロリロリロ……」

クイーンの時間が終わり、フレディーが名残惜しそうに渋々とステージを後にすると今度はコングくんがジョーンズ博士から一変、スティーヴィー・ワンダーの格好をして出てきた。今日はスティーヴィー役だけじゃなく、このあとのフック船長、マイケルのステージにはラッパー役としても出てくる予定だ。

一体一人で何役やるのだろう。あれほど個性的な顔をしているのに、扮装するとびっくりするぐらいハマり役になるから不思議だ。イベントのオーガナイズや演出だけじゃなく、パフォーマンスまでやるこの底知れぬエネルギーには脱帽する。

「よし、スティーヴィーはこの辺にして『スリラー』の確認をするよ! 映像と照明、大丈夫!?」

コングくんがそう言うと、本日の目玉となる『スリラー』の確認に入った。

1983年にマイケルが発表したこの不朽の名作『スリラー』をコングくんがそのままやるわけもなく、なんと同じくゾンビ映画の金字塔『ドーン・オブ・ザ・デッド』とドッキングさせてしまう。まさかゾンビつながりでこんな見せ方があるとは、僕には一ミリも思いつかなかった。きっと会場にいる住人は怖くて肝を冷やすに違いない。

ステージでコングくんの指示に従い自分の立ち位置の確認をしていると、横に並んだオパちゃんがなにやらボソボソと言っているのが聞こえた。

「どうしたの?」

そう尋ねると、オパちゃんは僕の目を見ずに正面を向いたままこう言った。

「こんなの、マイケルじゃない」

(第17話へ続く)

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