全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも名古屋の喫茶文化に代表される独自のコーヒーカルチャーを持つ東海はロースターやバリスタがそれぞれのスタイルを確立し、多種多様なコーヒーカルチャーを形成。そんな東海で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
東海編の第9回は、岐阜県美濃加茂市にある「コクウ珈琲」。店主の篠田康雄さんは、コーヒーを生業に選び、なおかつ休みには喫茶店に出かけていくという筋金入りのコーヒー好きだ。「コーヒーが好きだし、コーヒーを出している店も好き」と、折に触れて少年のように真っすぐな思いを語っている。篠田さんが生まれ育った愛知県一宮市は、一説にはモーニング発祥の地とも言われるほど喫茶店のモーニング文化が根付いている土地。しかし、「コクウ珈琲」ではモーニングをやらず、あえてコーヒー専門店で在り続けた。「最初の2、3年はお客さんが全然来なくて、本当に大変でした。でも、いつの間にかお客さんがちょっとずつ増えてきて、ようやく余裕が出てきたのはこの3年くらい」と笑う篠田さんを支え続けた思いとは、一体何だったのだろうか。
Profile|篠田康雄(しのだ・やすお)
1972(昭和47)年、愛知県一宮市生まれ。モーニング文化の盛んな一宮市で育ったこともあり、喫茶店は小さいころから家族で通っていたなど慣れ親しんだ場所。学生時代には、駅前の喫茶店で友人とコーヒーを飲みながら過ごすことも多かった。社会人となり、コーヒー専門店に勤めるうちに独立を考えるように。「フレーバーコーヒー」(愛知県西尾市)で焙煎の基礎などを学び、2009年に「コクウ珈琲」をオープン。
歴史ある宿場町を照らすコーヒーの灯
江戸の日本橋と京都の三条大橋を結び、別名「姫街道」と呼ばれる中山道に設けられた51番目の宿場町、太田宿。古い町並みが残され、江戸時代の風情を今に伝えるこの場所に「コクウ珈琲」が誕生したのは2009年のことだった。「木曽川があって、すぐ近くには里山があって。なんか見える景色がちょっと違ったんですよね。この、宿場町の寂れた何ともいえない雰囲気」と話すのは、店主の篠田さん。コーヒーは、いわば嗜好品。そのため、当初は人口の多い都市部や裕福な人が集まる高級住宅街を候補地として考えていたものの、最終的には真逆と言えるような場所を開業の地に決めた。
古い木製の扉を開けると、店内はまるでギャラリーのような雰囲気。無駄な装飾を排除したシンプルな空間に、どこかホッとさせるコーヒーの深い香りが漂っている。壁に掛かっているのはアート業界で働いているという奥様が選んだ作品で、気が向いた時に展示替えが行われている。
この素敵な空間に魅せられる人も多く、コーヒー豆の販売がメインの営業スタイルではあるものの喫茶も人気がある。コーヒーは2杯目から半額。1杯目と違う種類を選んでもOKと言うから、つい違った味を試してみたくなるものだ。店では通常、松屋式ドリップで抽出しているが、濃厚なコーヒーを飲みたい人のためにネルドリップにも対応しているので、同じ豆を飲み比べてみるのもおもしろい。フードは、クッキーやサブレなどコーヒーのお供に最適なものを選んでいる。
20時30分まで営業しており、夜カフェとしての利用も可能。だんだん暗くなる宿場町にポツンとオレンジ色のライトが灯る夕暮れの情景がまた、ノスタルジーを誘う。
「開店当初は周りにほとんど店がありませんでしたが、今は古本も扱う本屋さんや皮製品を扱うショップ、工芸やファッションなどを含めたジャンルレスなアーティストの作品を紹介するギャラリーなど、おもしろい店がたくさんオープンしています。レストランや甘味処など飲食店も増えました。お互いに尊重しながら太田宿を魅力ある場所にしていて、その一員であることがとても楽しいです」
歴史ある太田宿を散策し、最後にコーヒーを飲みながらゆったりとくつろぐ。なんとも満ち足りた気分で一日を締めくくることができそうだ。