「うつ病について知ってほしい」母の実体験を漫画に。つらい過去を描く理由とは
ある日突然、実の母親がうつ病を発症。暴れて入院生活を送ることになったという、実体験に基づいた漫画「母とうつと私。」がSNSを中心に大きな反響を呼んでいる。作者は、関西を拠点にエッセイ漫画を手がける笹川めめみさん。苦しみながらもうつ病と向き合い、乗り越えていこうとする母の姿をありのままに描いた作品だ。

うつ病が題材でありながらも決してシリアスすぎず、人々の温もりを感じる前向きな展開も多い。読み手も家族になったような気持ちになり、寄り添い応援したくなる物語でついつい一気に読み進めてしまう。今回は、活動のきっかけから、自身も通院しているうつ病の症状や向き合い方について、そして本作に込めた思いや今後の展望について聞いた。

ブラック企業でうつ病に。療養を機に、漫画家の道へ
3年ほど前までは、会社員をしていた笹川さん。勤め先がブラック企業だった影響で自身もうつ病を発症。療養期間に自己を見つめ、大好きだった漫画の道を志すことに。
「小学生の頃から漫画を描いていて、漫画家になりたいなと思っていました。だけど中学生の頃、本に『漫画家の道は厳しい!』という実情が綴られていて、私には無理かなと諦めちゃったんです。それで進学して就職したもののブラック企業でうつ病になり…。療養をしながら『私は本当に何がしたいのか』を見つめた結果、大好きだった漫画に立ち返りました。SNSが普及した今では中学生の頃と状況が違っているし、SNSをきっかけに書籍化する作家さんもたくさんいるので、『やらない後悔よりやる後悔がいいな』とチャレンジすることに」

「最初は、ブログとインスタグラムにブラック企業での体験を基にした漫画を描いて、アップしたのですがあまり読まれず…。しかし、次に描いた『とあるIT企業の面接へ行ったらラブホに連れ込まれそうになった話』がすごい反響になって。社会問題として明るみになり始めていた時期ということもあり、テレビなどから取材されたり同じ体験をした方からたくさんのメッセージをいただきました。この時、『漫画を届けることって、こういうことなのか』と初めて痛感して、フォロワーさんも一気に増えた2020年2月に、私の人生において最も大きい出来事だった、母がうつ病になり暴れて病院送りになった話を漫画にしようと決めました」


うつ病になって初めてわかった、本当のつらさ
漫画「母とうつと私。」は公開されるやいなや、母と笹川さんの目線で描いたリアルなうつ病の描写が、話題となる。
「漫画化について、事前に母に相談したところ、本人も誰かに伝えたいと思っていたらしく『描いて描いて!』と了承してくれて。当時の心境や入院生活など、本人しかわからないことがあれば、電話で教えてくれたので細かいところまでリアルに描けたのかなと思います。うつ病とうまく向き合えるようになった母と、側で見てきた私の話を漫画で伝えて、同じくうつ病で悩んでいる人たちに、『乗り越えてうまく生きていけてるんだ』と励みになればと漫画にしました。また、うつ病がどういう病気なのか知ってもらえたらという思いもあります」

実際、鮮明な描写が続く物語に、読者から『うつ病の人を偏見の目で見ていたけど、こんな病気だったんだ』といったメッセージが多数寄せられたという。
「私も当時小学生だったこともあり、お母さんがうつ病で暴れたり、苦しんでいる時になんでそうなってるのかよくわからなくて。いま思うと申し訳ないのですが、怠けているように見えたんですよね。『なんで寝てばかりで起きないの?』『私のお母さんだけ、なんでこんなことになってるの』と。実際に私もうつ病になった今では、『そりゃなにもできへんわ、無理やわ』『こんなに苦しかったんやな』と、当時の母の苦しさが理解できるようになりました。自分も苦しんだからこそ、漫画にすることができたんだと思います」

「うつ病は“心の病気”というけど、実際に発症した私の感覚では脳みそが言うことをきかない感じなんです。ネガティブな思考の溝にはまって、もがいて抜け出せない。そうすると、ふさぎこんで起きれなくなって、今まであたり前にしていたことも辛くて、最悪の場合は息をしているのもつらいんです。あくまでも様々な症状がある中で、私と母の経験に基づいているので参考程度に、漫画を通してどういう病か知ってもらうことでみんなの理解が深まればいいなとありのままに描いています」

リアルに描写しながらも、医療従事者への敬意も忘れないよう注意したという。「うつ病患者視点をありのままに描いたので、お医者さんとか看護師さんが怖い人として登場するシーンもあります。しかし、お医者さんたちが悪者ということではなく、うつ病の症状で“何をされるか分からない”疑心暗鬼に陥ってしまうことを描くためなので、そこは誤解を生まないように気をつけました」
うつ病や支えてくれる周りの人と向き合い、対話することが大事
うつ病を患った母を支え、自身も夫に支えられてきた笹川さんだからこそ、支える側と支えられる側の双方を描くことができる。「うつ病という病は支える側、支えられる側のどちらも大変なので、一概に『理解して!』『支えてあげてね!』と言い切れないんですよね。支える側としては、『どう接したらいいかわからない』『どういう言葉をかけたらいいのか、正解なのかがわからない』と悩む声が多く寄せられて。悩んだ結果、私はとにかく母を否定せず受け入れて、話を聞くことが大事だと思い、コミュニケーションをしっかりとるようにしていました」

うつ病とうまく付き合うためには、対話するなどコミュニケーションをしっかりとり、相手と向き合うことが大事だという。「私も今では夫に支えられる立場になり、『こんな嫁で申し訳ない』と自責の念にかられることばかりですが…。1人になると余計なことを考えるので、しっかり誰かと話すことを心がけています。誰かと話していると気がまぎれるんですよ。平日はほぼ毎日、漫画を描きながら同業の友人たちとオンラインで話していますね」
また「漫画でも描いたのですが、『人は喋らないといけない生き物だと思った』という母の言葉が印象的で。話すことは、うつ病と付き合いながら暮らす上で、とても大事なことだと思います。自分に合った薬を飲んでいれば、楽になって体調もよくなるんですけど、だからといって治ったということでもない。波があるので、うつ病とうまく付き合いながら、家族や友人など周りの人たちと向き合って、対話しながらお互いの理解を持つことが必要かなと思います。母のうつ病の原因となった、父の単身赴任で変化した夫婦仲も子育てにしても、うつ病に限らず互いに向き合うことで解決することがあります。つらい時こそ向き合う、そして話してみてほしいですね」とも。

読者からのメッセージが、なによりの栄養剤
過去のショッキングな出来事を基にしているだけに、描きながら何度も挫折しそうになったそう。「嫌な思い出でもあるので、描いていると辛くて辛くて…。だけど、何が何でも描かねばとふんばりました。漫画で生計を立てているからというのも、もちろんあります。だけどそれ以上に、『経験したことや伝えたいことを、漫画を通して知ってもらいたい』という思い、今回は母が伝えたいことでもあったのでやりきりました。そして何より、応援してくれている人、メッセージや感想をくれる人たちが本当に励みになりました。『がんばってください!無理をしないでください!』って、あたたかいコメントを見ると、どんなときも頑張ろうって気持ちになるので、栄養剤にさせていただいています」
ブログとインスタグラムでの連載は、全108話で無事完結。現在はWeb漫画サイト「Vコミ」で、同漫画を作り直して連載中だ。「読者の人からは『もっと読みたかった!』という声を沢山いただいたので、番外編を描いてみようと思っていました。そんな最中、『Vコミ』さんから掲載の話をいただいたので、絵もいちから描き直して、クオリティも納得のいく漫画らしい漫画となって再連載しています。新しいエピソードも盛り込んでいるので、楽しみに読んでいただけたうれしいです」
最後に、今後の展望についても話してくれた。「これからも継続して、たくさんの人に楽しんで読んでもらえるような漫画を描き続けたいです。とはいえ、うつ病も波がありしんどくて描けないことも多いので…無理しない範囲で続けたいと思います!」

取材・文=大西健斗