「なかなか読めない」「読むのが遅い」…そんな悩みが軽くなる、“読書のペース”を描いた漫画にジーンとする
時間も忘れて読み通したり、毎日欠かさず読んだり、“読書家”と言われたらページをめくる手が止まらないような姿をイメージする人は多いはず。だからこそ、周囲やかつての自分と今の読書ペースを比較してしまうということも起こるもの。本が好きな人、本を読んでみたいけれどどこかで引け目を感じている人に響くだろう「自分なりの読書」を描いた漫画が、SNS上で「素敵なお話でした」と大きな反響を呼んでいる。

育児を描いたコミックエッセイ「『どんなときでも味方だよ』って伝えたい!」をはじめ、SNS上で発表する作品が共感を集める漫画家のさざなみさん(Instagram:@sizuqphi Twitter:@3MshXcteuuT241U)。7月にTwitter上に投稿した「本を読むのが遅い人」は、社会人時代の自分と上司、それぞれの読書の形を軸に振り返ったエピソードだ。
「本を読むのが遅い」本当の理由。自分より大人の読み方で気付いたこと
“自分が溶けていた”と表現するほど、学生時代は読書にふけっていたさざなみさん。けれど、就職してからは新刊を開く手が重かったり、時間を気にして本を閉じたりと、自分の読書の変化を感じはじめていた。

「僕は本を読むのが遅いんだ」という上司の言葉をさざなみさんが聞いたのはそんな頃のこと。読書家のさざなみさんが読んでいる本が気になり同じ本を購入し、読み終えたら感想を伝えたいという上司がそう語ったのだ。さざなみさんはその時「本を読むのが遅い」という意味が分からなかったものの、自分より十数年先を生きている人が本を読んでいることがうれしく、上司が感想を伝えてくれる日を楽しみにしていた。

けれど、一週間、一カ月、三カ月と月日が過ぎても上司が読み終えた様子はなかった。「毎日忙しくて本を読む暇なんてないんだろうな…」と思っていたある日、電車内で偶然上司が読書しているところを見かけたさざなみさん。三カ月でまだ同じ本の中盤を読んでいることに驚き、数ページめくって本を閉じてしまった上司の姿に「少しずつしか読めないんだ」と静かなショックを受ける。

「私もだんだんあんなふうになるのかな」「それが大人の読書なら 大人ってつまんないな」と落胆するさざなみさん。だが半年後、突然の差し入れとともにやってきた上司は、笑顔をこぼしながらある一言を口にした。「ちょうど昨日例の本を読み終えてね」と。
さざなみさんが差し入れの飲み物に口をつける暇すらないほど、その本にどれだけのめり込んだかが伝わる熱量で感想を語る上司。「読むのが遅い」理由は、少し読んではその場面や文章に思いを馳せ、まるで深い本の海を息継ぎするように読み進めていたからだったのだ。

そんな上司の話を聞いて、「大人の読書」にも、どこまでも穏やかで豊かなペースがあることを知ったさざなみさん。それまで自分の中になかった読書の形に触れたさざなみさんは、これからも“自分のペース”で本を読み続けていこうと思うのだった。
「香水を選ぶような気持ち」今だからこその本との向き合い方
それからは、時々はあえて足を止めて考えるように、物語の佳境で本を一旦閉じてみるようになったというさざなみさん。人それぞれの本との向き合い方を描いたエピソードにはTwitter上で12万件以上という多くのいいねとともに、「これでいいんだと思いました」「上司さんみたいな読み方、素敵だなって思いました」と、本が好きだけれどなかなか手が伸びない、自分の読書の形に違和感を持っていたという人から感動と共感のコメントがさまざま寄せられた。

こうした反響に「普段私のアカウントでは育児の話題が多いのですが、読書という話題にも多くの方が反応してくださって嬉しく思いました。作中の私と同じように、社会人になってから本に没頭できなくなったと共感してくださる方が多かったことも印象深いです。また、思うように本を読めていないことに後ろめたさを感じていたという方が、こんな読み方でもいいんだ、少しずつでも読んでいきたい、とコメントをくださったことに感動しました」と話すさざなみさん。
本エピソードを漫画にしたのは、娘との図書館通いがきっかけだったそう。
「この春から娘が小学生になり、毎週いっしょに図書館に通うようになりました。ひさしぶりの図書館では読みたい本がいくらでも見つかり、『読書ってやっぱり楽しい!』と再確認しました。若いころのように何もかも捨て置いて本に没頭というわけにはいきませんが、細切れに読んでいる物語の切れ端が生活の折々に浮かんでくるのがまた楽しくて、少しずつ読みました。そうしてふと、私にこんな本の楽しみ方を教えてくれた『本を読むのが遅い人』のことを思い出したのです」
学生の頃は数カ所の図書館をはしごし、新刊書店・古書店問わず足繁く通い、好きな本を好きなだけ読んでいたさざなみさん。
「私自身年齢を重ねて、生活スタイルも変わってきました。何もかも忘れて本の世界に没頭するようなタイミングもなければ、それに必要な集中力や体力もますますなくなってきました。昔の私がとても恐れていたのはこういう状況だったのだろうなと思います」としながら、「それでも、今も『読書が趣味です』と胸を張って言えるのは、かつての上司が教えてくれた本の読み方のおかげです」と当時を振り返る。
「今は月に1、2冊しか読めなくなりました。しかし、次に読む本はどれにしよう、と本棚の前でゆっくり本を吟味しているときは、これから数週間自分の気分を彩ってくれる香水を選ぶような気持ちです。こんな読み方でもいいんだ、という自己肯定と共に豊かな気持ちで向き合えています」
同じ本を手にとっても、人によって進み方は千差万別。どんな読み方でも、“自分なり”のスタイルがきっとあると気付かされるエピソードだ。
取材協力:さざなみ(Instagram:@sizuqphi Twitter:@3MshXcteuuT241U)