「極端なんだよ!」自分を襲う悪霊の姿に注文する男、けれど思っていたのと違う…“ビジネスあるある”がまさかのコメディホラーに【作者に聞く】
悪霊に呪われたデザイナーの男。殺されるなら“猫耳美女”がいいと頼んだところ、霊は次の夜、リアルな猫に化けてきて――!?

暑い夏こそ読みたいホラー漫画。漫画家の北原順一さん
(@nKixNZN3mpD5tkG)
の創作漫画「暗い案と」は、クライアントの注文に振り回されるビジネス上の「あるある」なやり取りをホラー漫画に昇華したコメディテイストのホラー作品だ。
同作は
「第1回朝日ホラーコミック大賞」
にて「Nemuki+ホラー大賞」を受賞した作品で、5月には北原さんが自身のTwitter(現:「X」)上でも公開。3.6万件を超える「いいね」とともに、読者から「抱腹絶倒コメディだったのに、オチがちゃんとホラー」「ホラーとギャグと現実感のバランスが良すぎる」と多くの反響を集めた。今回は作者の北原さんに、賞への応募のきっかけや作品制作の舞台裏について話を聞いた。
「違うそうじゃない」意図を汲めない悪霊と呪われ男のホラーな打ち合わせに爆笑

ある夜、目覚めると顔の見えない女性と思しき人影にのしかかられていた男。「殺してやる」とつぶやく悪霊と思しき影に対し、男は殺されるなら「猫耳美女」がいいと叫ぶ。するとその言葉を人影がどう捉えたのか、その日はそのまま姿を消す。

朝になり、男は昨晩の出来事を「変な夢」だと思っていた。グラフィックデザイナーの彼は、担当している商品ラベルのクライアントが注文をころころ変えることに振り回され、ストレスを抱えていたからだ。

だが、その夜も「殺してやる」というあの声が耳に届き、悪夢の続きと思った男は目を開く。するとそこには、昨日とは違い猫の耳をつけた悪霊がいた。しかし、それはリアルな猫そのものの顔で、男は思わず「猫すぎるだろ!!」と、発注からズレた成果物にダメ出ししてしまう。

それからというもの、「スレンダー美女」を頼めば骨と皮だけの姿に、「健康的」と注文したら筋骨隆々にと、男の意図から外れ続ける悪霊と、相変わらず違うオーダーを出すクライアント、昼と夜それぞれ異なる打ち合わせの日々がはじまり――、という物語。
本職での「モヤモヤや自身の不甲斐なさ」がホラー漫画に変貌
クライアントとして幽霊にアバウトな注文を続けながら、現実ではデザイナーとして依頼主のオーダーに出口の見えない修正を繰り返すという構図が笑いを誘う一方、結末には意表を突く恐怖も描かれる同作。「どちらの立場もわかりみが深い」「外注のノウハウが詰まってますね」と共感の声も多く聞かれるなど、クライアントとの噛み合わないやり取りを経験した人なら別の意味でも怖くなる一作となっている。

作者の北原順一さんは、今年新連載のスタートが控えている新進気鋭の漫画家。自身のデザイナー職の経験が反映されているという「暗い案と」のアイデアや、漫画制作への思いを取材した。
――「暗い案と」は朝日ホラーコミック大賞にてNemuki+ホラー大賞を受賞された作品です。描いたきっかけを教えてください。
「『暗い案と』を描く前の時期は『どんな漫画を描いてもホラーっぽくなってしまう』という悩みがありました。そんなときにホラーの漫画賞を見つけ、『今描いているサラリーマンのコメディ漫画をいっそのことホラー漫画にしてしまおう』と考えたのがきっかけです」
――呪い殺そうとする悪霊との打ち合わせめいたやり取りに、ホラーな展開ながらユーモアを感じます。本作のアイデアはどんなところから生まれていったのでしょうか?
「もともとデザイナー職をしていたため、作中で描かれるようなやり取りは多々ありました。そのときに感じたモヤモヤや自身の不甲斐なさに共感してもらいたいという思いがありました。また、そのような思いを持たれている方々を応援したいという気持ちもあります」
――トーンが少なくメリハリの強い画風が、毎夜現れる霊のインパクトとツッコミに勢いを与えている印象です。こうした画風・作風に至った理由を教えてください。
「本来はギャグやコメディ漫画を描きたかったのですが、全力で描けば描くほどホラーになってしまう癖がそのまま作品に現れてしまったのだと思います。ギャグもホラーも極端なジャンルなので、相乗効果で強い画風になっていきました。

――おぞましいのにギャグに繋がる霊が、「まともなデザイン」になったからこそ恐ろしいという結末との落差も印象的です。構成や演出で目指したポイントはありますか?
「現実でも起こりうることの象徴として化け物を描いたので、どれだけ恐ろしい展開になっても落とし所に納得感のある物語と構成にしたいと考えておりました。デザインの悪化と改善の過程を化け物を通して伝えられるよう心がけました」
――また、本作で挑戦した部分があれば教えてください。
「これまでの作品は自分自身のことを描くことはなく、経験とは切り離した内容でした。しかし、『暗い案と』は自身の体験をベースにしています。その意味では一歩踏み込んだ挑戦的な作品でした」
――多くの読者から反響を集めた作品です。反響への思いや、今後の漫画制作についてメッセージをお願いします。
「多くの方より共感の声を頂き、大変嬉うれしく思っております。しかし、共感が多いということは社会人生活のモヤモヤに苦しんでいる方々が多いのだと感じました。そんな方々に束の間の楽しい時間を提供し、応援できるような漫画制作を行っていきたいと感じております」
取材協力:北原 順一(@nKixNZN3mpD5tkG)
「暗い案と」 (C)北原順一/朝日新聞出版