「本名が秘密」の世界になったら?名前の価値を考えたくなる短編漫画「となりのあの子はビジネスネーム」が奥深い【作者に訊く】
芸名、ペンネーム、ネット上のハンドルと、本名以外の名前を使う場面は今の時代も多々あるもの。それがさらに進んで、本名を使うことが珍しい世界になったら――?

創作漫画をコミティアなどの即売会で発表しているなまくらげ
(@rawjellyfish)
さんが描いたオリジナル漫画「となりのあの子はビジネスネーム」は、日常のあらゆる場面で仮名を使い分けることが当たり前になった時代を描いた短編作品だ。職場でも「ビジネスネーム」でやり取りする世界で、主人公の青年・緒爪は、同僚の「須藤むにか」のことが気になっていた。いつか本名で呼び合うような関係にと夢想していた緒爪だが、ひょんなことから須藤の本名を知ってしまい――、というストーリー。

現実でもプライバシー保護の考えが広がり、以前より実名を使わない・教えないケースが増え続けていることもあり、本名を使わない世界にどこかリアリティを感じさせる同作。そんな作品の舞台裏を作者のなまくらげさんに訊いた。

“仮名”と“本名”の意義を託した二人の両極端なキャラクター
――「実名があまり使われないようになった世界」というアイデアについて教えてください。
【なまくらげ】「とあるコンビニでは店員がビジネスネームを使っている」という旨の投稿をSNSで見かけたのが元になっています。真偽は確かではないものの、考えてみれば店員さんの本名がレシートに印字されてしまう今の状況には違和感を感じるところがあります。もちろん信頼性や責任などの観点から本名を出すことの意義も大いにあるのですが、芸能人や漫画家のようにハンドルネームが主流になっていっても面白いかもなぁと思い立ったのがきっかけです。自分自身にとっても、仕事を除けばハンドルネームでやり取りする事の方が多かったりするので、感覚として近い所もありました。

――そんな世界の中でも、本作に登場する“緒爪くん”と“須藤さん”は名前の使い方が両極端な二人です。それぞれのキャラクターや、対照的な人物に設定した理由を教えてください。
【なまくらげ】何事もそうですが、仮名と本名にそれぞれの良し悪しがあると思うので、比較になればと少し両極端な二人に設定しました。今回はページ数の関係であまり深く掘り下げられなかったのですが、仮名が当たり前になった世界であえて本名を使い続けている人物を出す事で、実名にも意義はあるかもしれないと思考の余地を残したかった狙いがあります。
――ちなみに「須藤むにか」という名前をビジネスネームにした設定や、名前の由来などはあるのでしょうか?
【なまくらげ】特に彼女が決めた……という設定はないのですが、由来としては英語の「pseudonym(スードニム:仮名)」という言葉をそれらしく入れ替えた形になります。普段から登場人物の名付けでは、テーマに関する言葉をアナグラムにする事が多いですね。今回はいい感じにほんわかした名前になったので、かわいいもの好きな彼女もきっと気に入っていると思います。

――本名にこだわりのない須藤さんが、緒爪くんの本名を呼ぶ場面には、名前というものに対するさまざまな価値観を肯定するような印象を受けました。本作で描きたかったテーマや、結末にこめた思いを教えてください。
【なまくらげ】名前を一種のコミュニケーションツールと考えれば、重要なのは本名かどうかより、その名を呼ぶ関係性の方ではないかという思いがありました。本作でも、おそらくお互いに以前と変わらない呼び方を続けるはずですが、彼女は「ずっと使ってきた名前なんだ」という認識をもって彼の名を呼び、反対に彼はさほど意義のない彼女の本名を呼びたがることはなく、納得してビジネスネームの方を使うことでしょう。もし今後、現実に名前に対する取り扱いに変化があったとしても、その背景にある関係性の方を大事にしていきたいですね。
取材協力:なまくらげ(@rawjellyfish)