前例なき「eスポーツキャスター」の第一人者・アールが目指す“格ゲーの未来”とは?【実直に訊く!YASの格ゲー夜話】

格ゲー実況の第一人者・アールさんに「実直」の格ゲーマー・YASさんがインタビュー

2025年8月11日、プロeスポーツチーム「REJECT」への加入を発表し、いま最も注目を集める格ゲーストリーマー・YASが切り取る連載企画「実直に訊く!YASの格ゲー夜話」。第2回のゲストに迎えたのは、「いってみましょーー!!」のフレーズでおなじみ、eスポーツキャスターの第一人者・アールさんだ。

Capcom Pro Tourやストリートファイターリーグの公式実況、ストリートファイター6の自動実況システムの日本語音声など、数々のタイトルやイベントで活躍するアールさんに、実況を始めたきっかけから、前例なき道での技術の磨き方、そして業界のパイオニアとして描く未来まで――。REJECT加入で活躍の場を広げるYASが、“言葉で格ゲーを伝える男”に実直に迫る。

実直のYAS!「REJECT」への加入を発表

【YAS】最初にアールさんが格ゲー実況の世界に入ったきっかけと、これまでの歩みを聞かせてもらっていいですか。

【アール】俺らの頃ってゲーセン行っちゃダメ、プロもない、お金なんて稼げないって時代で、お金を入れるばっかりだった。むしろゲームに本気っていうのが恥ずかしい時代。当時はストリートファイターZERO3をやっていて、全国大会が終わったあとにウメハラ(梅原大吾)に出会って「本気でやってるやついるんだ、じゃあ俺ももっとやっていいかな」って思った。

で、全国大会が終わったあと、やる気のある人たちが高田馬場の「BET,50」(ベットハーフ)ってゲーセンに集まって、週末に筐体貸し切りでイベントランキングバトルをやろうってなった。そのとき、実況できるやついたほうがいいよねってことで、俺ができそうだからやるわ、というのが始めの始めかな。

【YAS】アールさんの実況はそれがきっかけだったんですね。ちなみに当時っておいくつだったんですか?

【アール】当時は18、19ぐらい。

【YAS】そのときにもうマイクを握られていたんですね。

【アール】人前でしゃべるのが苦手じゃなかったからっていうのと、俺は埼玉の片田舎から高田馬場のBET,50に出てきてさ、暗くて狭いゲーセンにめっちゃ人いるの怖いじゃん?なんだこれ、全員強そうだぞ、みたいな。

【YAS】怖いっすよ!

【アール】初めてこういうところに来た人って力は出しにくいし、怖いよなと思って。だから俺は、マイクを持ったら新規の人に優しい実況をしたかった。「スタッフですよ」みたいな感じでどんどん声かけて、安心して楽しんでもらいたい。俺は客側だったときにそれがなかったから…。

あと、当時は情報って宝だから、このゲーセンに毎週くれば、最新の攻略情報は持って帰れる、っていう場所にしようと思った。野試合やるにも超混んでるから、俺はマイクで流行りのコンボとか言ってたんだ。そしたら人が来てくれんじゃないかと思って。

eスポーツキャスター・MCのアールさん


【YAS】今となってはネットで調べたらそういう情報は簡単に出ますけど、当時は本当に人づてでしか知りえないですもんね。

【アール】それもそうだし、本当に知らない攻略情報って、地元のゲーセンに持ち帰ったらヒーローなんだ。伝説の勇者みたいな「なんですかその剣!?」みたいになるのよ。だから俺らの考えは「最新の情報を持って帰ってもらいたい」だった。で、自分たちのゲーセンで情報を広めて、さらに強くなって(BET,50に)帰ってきてほしかった。そうしたらお互いにレベル上がるじゃん。当時の強いヤツって、勝ちまくって長時間プレイしているからうまくなっていく。そのレベル差を少し平たくしたいと思ってた。

【YAS】ウメハラさんとの関係性ってどう築かれたものなんですか?

【アール】当時のウメハラって今と全然違って、「喋るな」オーラ全開。マジでやつがゲーセンに来た瞬間、体感温度が2度下がるっていうぐらい(一同笑)。そういう状況だったから、ウメハラに話しかけるやつってまずいなかったんだよ。

【YAS】話しかけづらいっすよね。

【アール】みんな超話しかけたいオーラ出してるのにウメハラは全部無視だった。ただ、俺もネジがぶっ飛んでたから(笑)。俺はZERO3でガイを使ってたんだけど、ウメハラもサブで使っていて、疾駆けって技が俺より超早く見えた。で、当時さ、特殊入力とかけっこうあったんだよ、たとえば空キャンセルで疾駆け出したら隙が2フレ少なくなるとか。そういう類のことって知らないとずっと知らないままだから聞いてみようと思って、肩トントンって叩いて「君の疾駆け早くない?」と切り出した。

【YAS】あれ、事実なんですね。作り話かと正直思っていたんですけど。

【アール】事実なんです。そうしたら「いや、普通」って言われて。で、ゲーセンで1回話したやつはもう友達って当時の俺は思ってたから、それ以来ゲーセンで見かけるたびに「よう」って挨拶するようになった。そしたらいつの間にか普通に会話するようになってたね。それからわかったことは、ゲーセンにいるときのウメハラは全然話さないんだけど、ゲーセンから出たら今と同じぐらい話す。オンオフ切り替えてんだなと。それを今のブログみたいなインターネット日記で「ウメハラがこんなこと言ってたよ」みたいなコラムを書いてた。俺だけ聞くのずるいだろうと思って。

【YAS】知りたい人は多かったでしょうね。

【アール】島根の(YHC-)餅さんとか、なるおとか、「俺、読んでましたよ」って言ってくれたね。やっぱり情報っていうのが本当に発信されてなかったから、それによって刺激を受けて、各地で強くなった人がいたっていうのは意味があったなと思う。みんな「昔はよく歩いてた」みたいな話をすると思うんだけど、ウメハラと歩いているときはゲーム以外のいろんな話をしていたよ。

格ゲープレイヤーのYASさん


【YAS】もう当時から散歩が好きだったんですか?

【アール】金がないし、酒を飲まないから。カラオケ、麻雀、散歩。あとはファミレスでダベるとか、そんなんだったね。俺なんて当時さ、ホストみたいな格好して、安物の革靴で30キロ歩いていたから。

【YAS】当時からアールさんのファッションは形成されていたんですね。

【アール】俺はファッション好きの友達がいて、ゲーム仲間とは別でそっちと一緒に楽しんでたって感じだね。白シャツにバラが咲き乱れているようなやつとか、ジーパン切った短パンにビーサンとか履いてた。俺以外にもこだわりの強い人はいっぱいいたから好きにやってたよ。

【YAS】俺も30歳を超えて、周りの目が気になってファッションの幅を狭めちゃうときがあるんですけど、アールさんは全然ないんですよね。

【アール】いま46歳だけど、もうどうでもいいよね、結局はファッションって自己満足。自分の幸福度が高ければそれが一番でしょう。

この世にない“eスポーツキャスター”という職業を作る


【YAS】実況という仕事をするなかでのターニングポイントってありますか?

【アール】俺は2005年、2006年のころ、1回格ゲー界からフェードアウトしてる。結婚もして。

【YAS】あ、そうなんですね。

【アール】結婚して埼玉の郊外に引っ込んで1年後に子どもが生まれて、「もう俺の趣味は子育てでいいや」と思えた。つまらなかったけど普通の仕事して、まあこんなもんだよなと。格ゲーと出合ってかなりいろんなことやらせてもらったから、ゲームに未練はあまりなかった。

けど、2011年の東北の震災が大きな転機になった。リアルに超揺れたし、東北にけっこう友達がいたから物資とか送って連絡を取っていたんです。そうしたら4月の終わりぐらいに「アールに来てほしい」ってすごく言われたから、多少無理したけど東北に行った。

行ってみたら、津波が来たあともう何もない、ただの瓦礫の平地。遠くのほうに山になって見えるのは全部瓦礫を集めたものだった。(友人に)「これって漫画みたいだし、俺も信じられない。だけど、この景色を見ながら震災当時何が起きたか聞いたら、ちょっとは伝わると思ったんだよねて言われて、壮絶な現場の話をたくさん聞いた。それが俺の価値観をすごく変えたと思う。明日死ぬってあるんだなって本当に思ったんだよ。

それで嫁さんに「経済的に苦しくなるんだけど、明日死ぬかもしれない世の中で生きるんだったら、好きなことを仕事にしてみたいんです」って言ったら「今頃気づいたのか、愚か者」って言われて(笑)。

【YAS】かっこよー!

【アール】「毎日死んだような顔で一緒に暮らされても、こっちが困る」って言われて。それで。じゃあこの世にない“eスポーツキャスター”って職業を作るぞ、って覚悟を決めて取り組むようになった。その年に静岡で行われたTOPANGAチャリティーカップ(※東日本大震災の支援を募るチャリティーイベント。2025年に第14回が開催)が実況復帰の一戦目だったね。


【YAS】初耳でちょっとびっくりしました。そこから本格的に実況をはじめて、失敗談ってやっぱりいろいろありますか?

【アール】そもそも前例もないし、それを本気で仕事にしようとしてるやつもいないから、反省も成長も難しい。頑張ってもなれませんというのが前提だから。そんなとき、以前、中華のデリバリーみたいなお店で働いていて、そこの料理人さんに帝国ホテルの元料理長だった人がいたことを思い出した。仲良かったからある日、「料理って、レシピがあれば誰でも同じものが作れるじゃないですか。すげえ料理人ってどこで差がつくんですか?」って聞いたことがあるのよ。

【YAS】やっぱり「スピード」だったりですか?

【アール】その人が言っていたのは「うまい料理なんて時間をかければお前も作れる。だけどすごい料理人っていうのは、そのクオリティの料理を早く永続的に作れる」。

【YAS】へえー!

【アール】だからスピードもそうなんだけど、それをずっとクオリティを落とさずに提供できる料理人が凄いって言われた。そこから、もし凄い実況者がいるとしたら、ずっとしゃべっていても声が枯れないしクオリティが高くてその大会の空気を作る人だって想像してみた。そこからまずは、ゲーセンでバイトをすることにした。UFOキャッチャーコーナーでマイクで喋ってる人いるじゃん?

【YAS】いますね。

【アール】あれをやろうと思って。つまり、声が枯れない喉を作るためには、日常的にマイクに声を通すべきだと思った。だから一日7時間と8時間くらい毎日のように喋ってた。でもさ、基本的にゲーセンのマイクって聞こうとするものでもないじゃん。

――(一同笑)

【アール】そこで攻略してみたんだ。どういう内容をどういう声色、抑揚で喋ったら人の耳に届くのか。試す時間はあるからさ。架空のストーリーを作って、お芝居までやって「一発ゲットー!」って言って、「お客さんもうやめてください!」みたいな(笑)。それを聞いてると全然動いてない台でも動き始めんのよ。それがおもしろくていろいろと試していたね。

【YAS】じゃあ「言ってみましょうー!」もそうした試行錯誤あって発明されたんですか?

【アール】それはね、偶発的だよ(笑)。トパンガリーグの試合がよすぎて、俺が超興奮して「次の試合行ってみましょーッ!」って叫んだら、視聴者におもしろがられて。次の試合では普通に行ってみましょうって言ったら「叫べよ」「叫んだほうがいい」って求められて定着していったものだね。だから作り物感がないんじゃない?

【YAS】確かに。

【アール】だいたい用意して狙ったセリフって定着しないと思ってる。それって即時性がないからピタッとハマらないんじゃないかな。ちゃんと求められて、必要とされてできた言葉なら視聴者は覚えてるし、定着するというのが実体験だね。


【YAS】実況されるうえで気をつけていることってありますか?

【アール】技術論っていうより本質論になるけど、まず選手が2人いて、試合があって、そこで初めて試合を実況する人間が必要とされるわけで、この順番をたがえちゃダメだとは昔からすごく思ってる。その気持ちがちゃんとあれば、絶対に選手をリスペクトするはず。だから選手をいじるにしても、「リスペクトしてないな」ってのは視聴者にはすぐ伝わるよね。そういう人は、その順番を違えているし、わきまえてないなって思う。

「先入観を壊す、前例を作る」格ゲー実況のパイオニアのこれから


【YAS】最後に、これからの格ゲー実況ってどうなっていくと思いますか?また、アールさん自身は何を実況していきたいと思っていますか?

【アール】まずこれからの格ゲー実況はどうなるかというと、きっと多様化するんじゃないかと思う。

【YAS】多様化ですか?

【アール】これから新作がいっぱい出ると発表されてる。そうしたら新しい実況者が必要になるよね。で、俺もよく言われるしほかの人もそうだと思うんだけど、実況って誰かを真似するのが一番早い。だから1度、eスポーツキャスターのレベルが均一化すると思う。そして新しい人たちは活躍の場を与えられることで、現場で育っていく。その成長の過程で自分の色を出し始めるというか。(新作ごとに異なる実況者が定着して)この人は「これが持ち味」っていう個性が近い未来は増えるんじゃないかと思う。

【YAS】なるほど。今スト6の実況と言ったらアールさんなわけですし。

【アール】そんななかでスト6では自動実況システムが開発された。つまり最前線で活躍する人の実況をいつでも聞くことができる(※アールさんはストリートファイター6の自動実況システムの日本語音声を担当している)。自動実況は(実況の)教材になるようにも作っていて、これから実況をやりたいって人がそれを聞いて、同じシチュエーションで似たようなことを言えばそれが実況の基礎になるように意識して作ってる部分もある。世界16カ国語字幕対応で、実況者って文化がない国でも「こんなことやっている人間がいるんだ、おもしろそうだからやりたい」って思ってくれる人が生まれたらいいなっていう気持ちも入っている。

【YAS】そこまで考えながら取り組まれてたんですね。

【アール】そうだね。俺の“生涯一の仕事”って位置づけでやったから、もう言葉にできないような、いろんなものを込めさせてもらった。

【YAS】ありがとうございます。アールさん自身は、今後なにを実況したいですか?

【アール】自分なりにだけど、知識さえあればもはやなんでも実況できると思う。例えばふ~どの結婚式で「アールさん、オリジナルラーメンを結婚式で作るんですよ。ちょっと実況してもらっていいですか?」って言われて、ぶっつけ本番でちゃんと実況したり。みんなが思ってる以上に無茶ぶりされまくってきたからね。

【YAS】おお、凄い(笑)。

【アール】だから、新しく「実況でこれに挑戦したい」っていうのはあまり浮かばないかな。それよりは、キャスターって仕事にみんなが持つイメージってあるじゃない?スーツを着て、ネクタイを締めて、お行儀がよいみたいな。それと、キャスターってこういう仕事はするけど、こういう仕事はしないよねっていう先入観。もちろんそれがベースでいいんだけど、固定化するものじゃないと個人的には思ってる。

【YAS】はい。

【アール】そうしたイメージをどこまで壊せるかが、今後やりたいことかな。例えば『対ありでした。』の実写ドラマに本人役で出てきたり映画に出てたり。そういう「キャスターってそんなことする?」みたいな仕事をどんどんできたらいいなって思ってる。前例を作っとけば、まだ見ぬ後輩たちが楽じゃん。

【YAS】そうですね。

【アール】「そんなこと、前例がないからダメだ」という理由で挑戦できないのはもったいない。前例がないならやらせてみればいいだろうと思っちゃうんだけど、そこには責任が発生するから難しい。けどその一言で、できないことが多くなるのが世の中。だからもういい年になって経験豊富で責任もある程度とれる俺がいろんなことをやって、風通しをよくできたらいいなって最近は考えてる。

【YAS】ありがとうございます。このインタビュー通して、アールさん自身の活動だけじゃなくて、その格ゲーの未来のことまで考えているんだなとあらためて感服しました。

【アール】いえいえ。格ゲーの未来ってさ、きれいごとじゃないんだよ。要するに自分が60歳とか70歳になったときにおもしろい業界であってほしい。結局、未来の格ゲー界が楽しいことは自分にとってもいいこと。だから後進に未来に続くような何かを残したいっていう、そういう原理だね。いつまでも真剣でありながらも、愉快で自由な業界であってほしいから自分にできることを探して、それをやっていきたいと思ってるよ。

【YAS】ありがとうございました。  

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