魅力を再発見!U・Iターン者に聞く北九州市の住み良さ

2021年1月29日 14:05更新

東京ウォーカー(全国版)

Twitterで
シェア
Facebookで
シェア

九州の玄関口である北九州市は、都会の利便さと豊かな自然、食文化が息づく個性あふれる街。今回は、そんな北九州市へUターンやIターンし、活躍する人にインタビューしてみた!

北九州の台所・旦過市場で伝統の食文化を受け継ぐ第2の人生

九州の玄関口である小倉駅から徒歩圏内にあり、北九州の台所として親しまれる旦過市場。その一角にある「百年床・宇佐美商店」が、東京から移住した宇佐美雄介さん(38)が3代目を務めるお店だ。自ら厨房で北九州名物の”ぬかだき”を作り、時には店頭に立って小倉の伝統食をお客さんにアピールする。そんな宇佐美さんが第2の場所として選んだ小倉の魅力とは?

宇佐美さんが営むのは100年を超えるぬか床を代々受け継ぐ老舗『百年床・宇佐美商店』


ー5年前に東京から移住された経緯を教えていただけますか?

実は私の父がここ北九州・小倉の出身でして。さらに言うと、ここ旦過市場で店舗を開業したのが私の祖父母にあたります。つまり父の実家の稼業を継ぐために移住したという流れになります。なので、幼少の頃から慣れ親しんだ場所でもありますし、10年間のサラリーマン生活にピリオドを打ったタイミングで、後継者になる決心をしました。

ー移住を決心した時のご家族の反応はいかがでしたか?

そもそもこの話を一番最初に口にしたのは父でしたので、もちろん喜んでもらいました。その反面、母は10年間務めた会社を退社し、サラリーマンでなくなることを心配してましたが、移住後楽しく生活している姿を見て、心から応援してもらえるようになりました。

ー以前からゆかりのある場所だった北九州市に実際住み始めていかがですか?

父の故郷ということもあり、節目節目で訪れていましたが、当時は稼業の手伝いなどでなかなか街をゆっくり散策する機会があまりなかったんです。この街に住み始めて、改めて北九州市の良さを発見できました。
会社員だった頃と比べて、自身を取り巻く人間関係も変わりましたね。仕事をする場所も商材もお客さんも全て変わったことで、特に個人事業主の方と知り合う機会が増えました。もちろん僕のような移住者の方とも。そんな人たちとの交流は、前職とはまた違う新鮮な楽しさがあります。

【写真】厨房でぬかだきを調理する宇佐美さん

ぬかだきとは、サバやイワシなどの青魚を醤油や砂糖などで煮込んだあと、最後の味付けと青魚の臭み消しとしてぬか床を加えて炊き上げる小倉の伝統食


ー北九州市のおすすめスポットを教えていただけますか?

すばり、ここ「旦過市場」ですね。
市場の一角にある新旦過横丁は若者をターゲットにした個性的な飲食店も増えていて、面白いエリアだと思います。僕はあまりお酒を飲めないのですが、酒屋の一角で手軽に安く酒を飲み、さまざまな人と交流ができる「角打ち」も魅力的だと思います。地元の方は短い時間でいろいろなお店をハシゴするようで、好きな時にサクッと一杯。そういった角打ち文化っていいですよね。

宇佐美商店は、昔ながらのアーケードに魚屋や青果店、飲食店などが軒を連ねる旦過市場にある


ー今後移住を考えている方に北九州市の魅力を教えてください。

特に都市部から移住される方にとって、生活コスト面でかなりメリットを感じるのではないかと思います。街としての住みやすさに関して「ほどよく都会で、ほどよく田舎」これにつきます。街を活性化させていこうとアクションを起こす熱心な行政の担当者が多いので、僕のような移住者もすごく動きやすい環境にありますね。

ー仕事を通して今後の新しい目標やプランはありますか?

自身の事業だけではなく「ぬかだき」のブランディングを強化していく事です。
例えば誰もが知ってる福岡といえば「明太子」のように、「ぬかだき」を北九州名物としての地位をさらに上げていく事が一つの目標ですね。現在は北九州市がバックアップする「ぬかだき文化振興協会」に籍を置いて主にイベント出店などを通じて同業の諸先輩方と共に活動しています。

甘辛い味付けとぬか床に入っている山椒の風味や唐辛子の辛みが相まって、ごはんのおかずにもお酒のつまみにもピッタリのぬかだき

移住前はあまり意識していなかったのですが、この街に対する愛着が増していくと同時に、行政との関係性にも恵まれたおかげで「ぬかだき」というコンテンツを通して街に貢献できるよう、暮らして行きたいという思いが高まりました。

Uターンの目的は家族の新たなかたちと街の魅力をリデザイン

北九州市門司区にある創業100年以上の「高石餅店」とバルブ製造「エアーテック」の家業を継承、さらに経営コンサルティング会社「ネクストクリエイション」の代表を務める清藤貴博(32)さん。立命館大学経営学部を卒業後、富士通にてバイヤー業務を経験したのち、九州大学ビジネススクールに入学。海外での国際交流やビジネスプランコンテストの入賞などの経験を経て、Uターンを果たした。家業の継承とともに自身の経験を生かし、大学の講師や事業のコンサルティングなど、幅広い分野に活躍の場を広げる清藤さんに現在の暮らしぶりをうかがった。

清藤さんの家業である高石餅店とバルブ製造会社は坂道を挟んだ向かい同士にある


ー関西や海外などで過ごされたのちにUターンされたのはどのような経緯だったのでしょうか?

そもそもここ門司の実家にUターンすることを前提に故郷を離れました。将来的には両親や親族の事業に関わっていくことを最初から決めていたんです。本来はもう少し県外で過ごす予定でしたが、色々なタイミングが重なり、5年前に戻ってきました。

さまざまな事業に対して熱く語る清藤さん


ー北九州市を離れて県外で過ごした8年間はそのための準備だったんですね。現在ご家族の事業にどのような形で関わっているのでしょうか?

父親のバルブ会社、母親の餅屋、その他には叔母などが経営している整骨院や習い事、自身が学生時代に設立したデザイン会社など、全部で7つの事業をまとめております。分かりやすく言うと、家族のそれぞれの事業をまとめてグループ化し、効率化を図りました。例えば、家業の餅屋にAIでの購買予測を取り入れたり、外国の人を採用し、新たなアイデアを生かしたり、自分が学んできたノウハウを積極的に取り入れています。それぞれの事業で新たな価値を生み出すために、”リデザイン”することが僕の役割だと思っています。

ー「家族」と「事業」の新しいかたち、素敵ですね!北九州市で働き始めて、改めて感じた北九州市の魅力について教えてください。

北九州市は歴史ある工業の街として優良な企業と技術が多く存在しています。その反面、後継者不足に大きな悩みを抱えているのも現状です。ポジティブに考えれば、課題をクリアしてくことで新たなチャレンジができる。ビジネスチャンスが沢山転がっている街だなあと感じますね。街や事業のリデザイン・リノベーションといったことにもっと意識を傾けることで、多くの機会を得られるのではといつも考えています。家族はもちろん、地域のサポートも整っているので、フルパワーで仕事に集中できます。九州の玄関口という土地柄、物流のスピードも早く、アジアにも近いので、県外やアジアを見据えたビジネスも考えられると思います。

それぞれ培ってきた分野を生かしながらともに事業を営む清藤さん親子


ー移住者に対する街の人の受け入れ体制や住み心地はどのように感じますか?

港町といった土地柄、新しい人や文化に対して閉鎖的ではなく寛容で、一言でいうと受け入れる文化性が高い街。移住者の方にとってはとても住みやすい場所だと思います。
新たなアクションを起こす若い人への理解度も高く、応援してくださる方も多い印象です。熱心に応援してくれる行政の方も沢山いらっしゃいますしね。インフラも十分整っている上に、海や山などの自然が近いところも住み良さのひとつだと思います。

自ら餅の製造にも携わる清藤さん


ー事業を通じて様々な活動をされている清藤さんですが北九州市での今後の夢や目標などを教えてください。

北九州市は歴史ある工業都市として多くのビジネスチャンスがある街だとUターン後改めて感じました。新たなビジネスモデルを生み出していけるような「街」と「事業」のリデザインに多く携わっていきたいです。

のんびりした時間が流れる海沿いの街、門司区葛葉

また、大学で講師もやっているので「教育」の分野にもさらに積極的に挑戦していきたいですね。教育が変われば街も変わると思うんです。行政と一緒になって取り組んでいける環境を作って地域貢献していく事が大きな目標です。

この記事の画像一覧(全10枚)

キーワード

テーマWalker

テーマ別特集をチェック

ページ上部へ戻る