「逃げるは恥だが役に立つ」!文化人類学者に聞いた“モンゴル人が逃げる理由”

東京ウォーカー(全国版)

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2016年に放送されたドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』。2021年にはスペシャルドラマも放送され、その後は主演俳優の結婚報道もあり、ハンガリーのことわざである「逃げるは恥だが役に立つ」がSNSで話題になっていた。

そのなかで、「逃げ」という言葉についてのとあるツイートが大反響を呼んだ。「明日勝つためならば、『逃げ』は恥ではない」という内容のツイートを投稿したのが、モンゴルの文化を研究する、国立民族学博物館 学術資源研究開発センターの准教授である島村一平さんだ。

モンゴル人の「逃げ」の価値観に共感の嵐。7万件以上もの「いいね」がついた


島村さんは文化人類学的観点からモンゴルの文化や社会を研究しており、2021年2月には著書『ヒップホップ・モンゴリア 韻がつむぐ人類学』(青土社)を上梓。モンゴルでは人口が330万人ほどにもかかわらず、ヒップホップの曲の動画が数百万回以上再生されるなど、空前絶後の大ブームになっているという。貧富の差をはじめとした社会問題が前衛していることが理由だと考えられるそうだ。本書では、現代のモンゴルで独自の進化を遂げた「ヒップホップ」から紐解き、社会情勢について論じている。

国立民族学博物館 学術資源研究開発センター准教授の島村一平さん


現在の日本では「逃げは恥ずべきこと」「石の上にも三年」という価値観が根強く、嫌なことやストレスを感じ続けながらも我慢をしてその場に居続け、鬱病になってしまう人も数多く存在する。今回は島村さんに、モンゴル人の「逃げ」の価値観について話を聞いた。

「逃げ」は「戦略」と考えるモンゴル人

――なぜモンゴル人にとって「逃げる」ことは大切なのでしょうか?

「モンゴルの人々はかつて遊牧民でした。遊牧という生業は『土地を所有する』という発想がありません。戦争は土地の取り合いではなく、“人や家畜の取り合い”です。土地を守る必要がない以上、不利なときは広大無辺な草原をどこまでも逃げるのです。逆に有利と見ればどんどん攻め寄せるというのがモンゴル人の習性です」

――古来より田畑を耕してきた日本人とは、もうそこから違うんですね。

「あのチンギス・ハーンも、ホラズム帝国(注1)の皇太子ジャラール・ウッ・ディーンが中央アジアから逃げに逃げてインダス川を単騎で渡りながら逃走するのを見た時、『男子たるものこうでなければならない』と息子たちに諭したと言われています」

――日本の武士なら「逃げるなんて武士の恥だ」なんて言いそうな場面ですね…。

「チンギスは『明日勝つために今日逃げるのは、恥ではなくむしろかっこいいことなのだ』と言いたかったのかもしれませんね」

注1:ホラズム帝国とは、モンゴルの西に存在したイスラム王朝。1221年モンゴル軍に征服されるまでは、中央アジアからイラン高原まで幅広い領土を支配していた。

キャリアを育てる秘訣は「移動すること」

――モンゴルには「聞くより見るほうがいい。座るより行くほうがいい」など、移動に関することわざが多くあると聞きます。モンゴル人にとって「移動」とはどのような意味を持つのでしょうか?

「そもそも遊牧民とは、家畜を連れて季節ごとに移動を繰り返します。1カ所に留まっていると家畜が草を食い尽くしてしまうからです。草原が荒れてしまう前に移動することで、植生も守れるし、家畜も新しい場所で新しい草を食べて太ることができる。つまり、『いい牧草地を探して移動することで人生がうまくいく』という発想を彼らは持っているように思います。彼らにとって『移動』は成功の秘訣なのです」

――日本には「石の上にも三年」ということわざがあるように、「同じところにずっと居続けることが素晴らしい」という風潮があります。「移動」に重きを置くモンゴル人にとって、このような価値観はあるのでしょうか?

「『石の上にも三年』に相当することわざはモンゴルにはありません。移動が成功の秘訣である以上、とりあえず1カ所で動かずに我慢するという発想がないわけです。現代でも、合理的な理由があれば彼らは簡単に転職をします」

――終身雇用など、1カ所に一生いることが美徳とされてきた日本とは正反対ですね。

「よくよく考えてみると、理由もなく『とりあえず我慢する』というほうが非合理的ではないでしょうか。『石の上にも三年』ということわざは、土地にしがみついてがんばることで生きていけるという農耕民族的な発想の名残りかもしれませんね」

女性が活躍する現代のモンゴル社会とは?

――モンゴルでは、医者と弁護士と教師の7割が女性だと聞きました。なぜ女性の専門職や知的労働者の割合が他国と比べても高いのでしょうか?

「モンゴルは、ソ連に次いで世界で2番目の社会主義国でした。現在は社会主義を放棄していますが、20世紀前半に女性の参政権や男女平等の雇用制度が整備されました。日本で女性の参政権が認められるのは第二次大戦後のことで、男女雇用機会均等法は1986年です。実はモンゴルでは、日本より早くに女性の社会参加が法的に整備されていたのです。そのため、女性の管理職や経営者の割合も多くなっていると言えます」

――モンゴルは男女平等において世界的に先進国だったのですね!

「おもしろいのは、社会主義の先生であったロシア(旧ソ連)より、モンゴルは国際的なジェンダーギャップ指数で上位に位置していることです。おそらくモンゴルの女性の社会的地位が高いことが要因でしょう。その理由は、伝統的に遊牧社会における女性の社会的地位が高かったことと関係していると思います」

モンゴルに「いじめ」が存在しなかったのはなぜ?

――モンゴルでは「いじめ」がないと聞きましたが、日本では「いじめ」は学校や会社、親戚間などでも頻繁に発生しているのが現状です。

「いじめの背景には、農耕的な『村八分』があるように思えてなりません。米を作る灌漑農業(かんがいのうぎょう)では、水の配分や農作業などにおいて村の仲間との協力が重要です。もちろん協調性の高い社会が築かれるという、いい側面がある一方で、村のルールに背くと仲間外れにしてしまうということもあります」

――農耕民族の文化が関係していると…。では、遊牧を生業にしてきたモンゴル人の人間関係はどのようなものなのでしょうか?

「遊牧民はまず、『村』というものを作りません。彼らは、水や草を追いかけて家族単位で移動生活をします。もちろん他の家族とテントを張ることもあるのですが、その相手は次々と変わっていきます。つまりお隣さんが季節ごとに変わっていく。そんな遊牧社会では、みんなで1人をつまはじきにするという社会状況が生まれないんです。ですからみんな、個人主義的です」

――徹底的な個人主義な価値観は、遊牧社会によって培われたのですね。

「はい。そのため、モンゴル人には『いじめ』という概念が存在しません。しかし、個人的には、モンゴルの人々には協調性に欠ける側面もあるような気がします。スポーツにおいても、彼らが強いのは相撲やレスリング、柔道といった個人競技が多いです」

――現在、モンゴルでは遊牧をやめて都市に定住する人口が増加していると聞きます。定住しているモンゴル人の中でもいじめは起こっていないのでしょうか。

「近年、モンゴルでは急激な都市化が進み、首都・ウランバートルでは数人で1人をカツアゲしたり、いじめをしたりといった現象は見られるようになっています。大変残念な話です。草原で移動生活をする遊牧民と、都市のモンゴル人ではかなり価値観も変わってきているという印象ですね」

「腹を切る必要なんてない」

――現代の日本では、過酷な労働環境や会社内のいじめ、上司のパワハラ・モラハラなどがあちこちにあります。「逃げるは恥」と思い込んでしまい、精神を病んでしまう人も多いのが現状です。そんな方々に、最後にメッセージをお願いします。

「私も若い頃、会社を辞めてモンゴルに逃げました。逃げることは恥ではありません。しんどい時は逃げましょう。逃げた先で元気になることもあります。今の会社だけが世界ではありません。『もはやこれまで』なんて腹を切る必要はないです。やばいときは逃げましょう、明日勝つために」

我慢強いと言われる日本人も、「移動」することで成功に近づこうとするモンゴル人の生き方に多く学ぶところがあるのではないだろうか。モンゴル人の「逃げるは恥だが役に立つ」という価値観が、世の中のスタンダードになる日も遠くはないのかもしれない。

取材・文=福井求

<プロフィール>
島村一平
国立民族学博物館学術資源研究開発センター准教授。文化人類学・モンゴル研究専攻。博士(文学)。
1969年愛媛県生まれ、兵庫県西宮市育ち。1993年早稲田大学法学部を卒業後、ドキュメンタリー番組制作会社に就職。取材で訪れたモンゴルに魅了され制作会社を退社、モンゴルへ留学。1998年モンゴル国立大学大学院修士課程修了。2003年総合研究大学院大学博士後期課程単位取得退学。国立民族学博物館講師(機関研究員)を経て滋賀県立大学人間文化学部に赴任。専任講師を経て准教授として約15年勤めた後、2020年春、国立民族学博物館に准教授として着任。博士(文学)。とくにモンゴルのシャーマニズムをナショナリズムやエスニシティとの関連から研究してきた。その他の関心領域としては、ポピュラー音楽、現代におけるチンギスハーンを巡る言説や表象など。

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