不動産事業の常識を変える!老舗ビルの3代目オーナーが目指す「不動産の新たな価値」とは?

東京ウォーカー(全国版)

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「不動産に新たな価値を」を掲げて都内を中心にビル事業を展開している株式会社髙木ビル(以下、髙木ビル)。ビルオーナーと聞けばビルを所有し入居者を募り、物件を管理するという仕事を想像するかもしれない。しかし髙木ビルはそのような“箱”としてのビル事業だけではなく、テナント入居者である企業の夢や理想への挑戦に寄り添った、不動産業界の常識にとらわれない革新的な施設や取り組みを提供している。今回はTAKAGIグループ代表の髙木秀邦さんに、髙木ビルの事業展開について話を聞いた。

TAKAGIグループ/代表・髙木秀邦さん【撮影=阿部昌也】


ーーまずは髙木ビルについて教えてください。
【髙木秀邦】髙木ビルは私の祖父が創業した貸しビル会社で、創業62年の老舗ビルオーナー会社です。もともとは東京都府中市が私たちの出身で、古くは農家・地主だったのですが、祖父の時代に戦後復興の一環として農地改革が行われ、9割以上の土地が小作人に解放されました。その中で唯一残ったのが駐車場や貸し屋にしていた都内の土地で、そのような残った種地をどうやって末代に残していくかを課題に、不動産のビル作りに努めていったのが創業のきっかけでした。

【髙木秀邦】その中で私の父も若いころから事業に参画していて、ちょうど当時は高度経済成長期で鉄道もどんどん通っていくといった時代でした。そのため地主として鉄道会社などと一緒にバスが入りやすいようなロータリーを作ったり、ビルを建てたりなど駅前開発を中心に行っていました。そして徐々にビルを増やしていってバブル崩壊もなんとか持ち堪え、現在に至るという形です。私自身は2010年に髙木ビルに入社して今に至ります。

ーー「不動産に新たな価値を」と思うようになったきっかけとなる出来事はありましたか?また髙木さんが考える「価値のある不動産」とはどのようなものでしょうか?
【髙木秀邦】ビルオーナーといえば「左うちわだよね?」「何もしなくてもお金が入ってくるよね?」といったイメージを持たれる方も多いのではないでしょうか?「優雅に暮らしていける職業の筆頭」と世間から思われるほどに羨ましがられる職業でもありますね。当社としても設計や管理については何十年もプライドを持ってやってきていますが、入社したときにビルオーナーという仕事に対して感じたのは、ユーザーやお客様との関係をほとんど持たない業界、業種だということでした。

ーー確かに、入居者がビルオーナーと関わる機会ってあまりないですよね。
【髙木秀邦】そうですよね。いわば私たちビルオーナーはお城の城主であり、顧客との間には管理会社や仲介会社などの幾重もの壁があり、お客様が来るのを待っているような形式の商売です。私はもともと不動産業界にいたこともあって、家探しや宅地開発などでお客様と近いところにいたのですが、ビルオーナー業を始めると神輿の上に乗せられているような感じがしました。もちろんそのようにして事業を守ってきたのでその風潮にのっとって仕事をしていました。

【髙木秀邦】しかし、そんな私の不動産への価値観を一変させたのが2011年に起こった東日本大震災です。あのときは都内もすごく揺れて電気が来ない、インフラが動かないなどのさまざまな問題が生じて不動産市場がものすごく荒れました。例えば新宿は日本初の高層ビル群で制震や免震などがないビルが多かったこともあり、ほかの街以上に揺れました。結果、私たちが新宿に所有するビルも大打撃を受けました。

ーーあのときは都内も本当に大変でしたよね。
【髙木秀邦】地震によって新宿では大手不動産会社の持つビルからテナントがごっそり抜けました。私たちのビルはそのような大手のビルの足元にあるサテライトビルで、大手企業の関係会社や子会社が入っています。しかし大きなビルでテナントが抜けたため、私たちのビルからも空きが出るようになりました。何とかテナントを入れようと努力したのですが、地震で揺れることの多い新宿には入居者は来ないですよね。そのため新宿のビル会社同士での引き抜きが苛烈になってしまって、11フロア満室だったのが震災から1年で9フロア空きという状況になりました。

ーそんなに極端に入居者がいなくなるものなのですね。
【髙木秀邦】最初は「震災だから仕方ないよね」という気持ちだったのですが、出ていくテナントのお客様からよくよく話を聞いてみると「実は別のビルから賃料半額、フリーレント(賃料無料)の期間を1年設けるから入ってくれと言われているんです」という話を聞きました。「もし同じ条件を出されたらどうですか?同じ条件なら残ってあげますよ」という話をされて、それを飲んでしまったら三代目として父や祖父が守ってきたバリューを半分にしてしまうという危機感に襲われました。

ーー不動産の賃料は一度下がるとなかなか戻らないと言いますものね。
【髙木秀邦】そうなんです。そのため、ものすごく悩みました。「出ていかないでくださいよ」と言いたいけれど、残ってほしいと言えるための材料がない。そこで「不動産の価値ってなんだろうか」ということを徹底的に叩きつけられました。結局、箱としてのビルを作ることがビル会社のバリューだとすれば、箱で負けてしまえば何もなくなってしまいます。そこで初めて「ビル会社って何ができるんだろう?」と考えるようになりました。

ーー現実を突きつけられて惨敗されたのですね。
【髙木秀邦】もちろんそこから何かすぐに新しいことができたわけではなく、単純に挫折して2~3年くらいは何もできなかったのですが…。毎日「どうしたらいいんだろう?」と考えていて、そこで、入居されている企業さんをはじめ、いろいろな人に話を聞くようにしました。すると聞こえてきたのは「髙木さんのビルっていいところにあるけど、入りづらいし相談しにくかったんですよね」という声だったんです。それまでのビルオーナーと入居者の関係、いわゆる大家・店子のような縦関係から変わらないといけないと考えるようになりました。

【髙木秀邦】それまでの我々は、ビルを作って貸すという仕事だったのですが、まるで「食べているお客さんの顔を見ない偉そうな料理人」という感じになっていたように思います。仕組み上そうならざるを得ないところはあるし、ずっとそうして事業を守ってきたという背景もあり、ある意味、正しい姿ではあるのですが、これからの未来は違う方向に進んでいかなければいけないと感じました。

「不動産の価値ってなんだろうか」現実を突きつけられ悩む毎日の中で、見つけた未来とは【撮影=阿部昌也】


ーーたくさんのことを考えられたと思うのですが、それを踏まえて「価値のある不動産」とはどういうものでしょうか?
【髙木秀邦】私たちのビルに入居する企業は創業1~2年目のベンチャー企業も多いのですが、そのような若い企業さんが入居するときに「これから成長していくので敷金がつらい」ということを聞きました。私たちからすれば敷金は当たり前のものですが、成長企業にとって一番大事なものはやっぱりお金なのですよね。人間で言えば血のようなものです。成長過程の企業にとって、敷金ってせっかく入居してもらうのに血を抜いているような不健康なものなのです。そのために「抜く血がなるべく少ないほうが健康じゃない?」ということを思いつきました。

ーー健康な状態で入ってきてもらうほうが企業も長生きしますものね。
【髙木秀邦】そうなのですよね。そして企業さんが稼いだお金が賃料になるのだから健康なまま入ってきてほしいのです。そのほうが結果を出せるかもしれないですし。そこで敷金を保証する会社さんとお客さんを通じて「まず敷金を半額にしましょう」というプロジェクトを行いました。そのおかげでこれまで入居審査対象外だった企業さんに積極的にアプローチできるようになりました。なかなかお客さんが入らない今の時代に、そのような仕組みがあれば入りたいと思ってくれる可能性が高いですからね。このような活動から保証会社と共に作っていったのが「次世代型出世ビルプロジェクト」ですね。企業さんの成長をハードでもソフトでも応援できるビルこそ価値のある不動産なのではないかと考えています。

ーー確かに震災による状況の変化がなかったら、企業の悩みや課題に気付けない可能性もありましたよね。
【髙木秀邦】そうですね。ずっと順調だったら気付かなかったかもしれませんし、そもそも別の道に進んでいたかもしれませんからね。東日本大震災は日本に多くの打撃を与えて多くの人の命を奪いました。しかし今思えば自分にとってはある意味で、長い間経営する会社を見つめ直すためのものすごくいい試練を与えてくれたと思っています。

ーー髙木ビルの事業展開についてですが、「LIVE関連事業」と「BIRTH事業」についてそれぞれ教えてください。
【髙木秀邦】LIVE事業は今まで行ってきた既存の不動産開発やビル管理事業を指しています。企業さんの夢や理想への挑戦のために、安全で安心できる生活の基盤を作っていく事業ですね。テーマとしてはテナント企業さんに寄り添える形とは何かを考えて創っていくというか、薄皮を一枚一枚重ねていくような作業をイメージしています。例えば新聞紙1枚だと破れやすいですが100枚だと強度がでるじゃないですか。そのような一つひとつの積み重ねを毎日行っていくような作業ですね。

【髙木秀邦】BIRTH事業では挑戦を恐れない人生を目指す人に寄り添い、よりよい未来を築くための施設や取り組みの提供を行っています。ビルオーナーである私たちだからこそできる場作りを積極的に行うことによって、企業さんの活動により深みやスピード感がでたり、長期的な施策が打てたりするのではないかと考えています。そのような環境を整えることによって、企業さんがさまざまなチャレンジをしやすい場所を作っています。

【髙木秀邦】そのひとつとして私たちのグループでは投資会社を作っています。共に価値を高めていくことのできる企業さんに対して出資する機能を備えたり、地方公共団体様との連携協定を結んだりなど、場所にかかわらず人がつながっていくことでコミュニティがどこまで広がるかというチャレンジをしています。コミュニティが広がることによってさまざまなヒト・モノ・情報が触れ合い、新たな活力になってほしいなと思っています。それがひいては不動産領域にいる私たちが事業展開をする種になることもあると考えています。

ーー麻布十番にコワーキングスペース「BIRTH LAB」が生まれて4年になりますが、実際に手応えとして感じていることはありますか?
【髙木秀邦】1階をフルオープンなスペースにするなどダイナミックな構造にしたこともあるかもしれませんが、私たちが当初想定していたよりも何倍にも広がった使い方をされているなど、とても自由におもしろく使ってくれるということが多々ありますね。中学生が起業を学ぶ場所になったり、地方の物産を紹介するイベント会場になったりと使い方がさまざまです。私たちは土壌を作るだけで実際に使い方を考えていくのはユーザーさんである、これはすごくおもしろい発見でした。

ーー皆さんが文字通り「LAB」な使い方をしているんですね!
【髙木秀邦】そうなのです(笑)。しかもユーザーさんたちが自ら場所を創ってくれているのがおもしろい点ですよね。そういったものって偶発的な楽しさがありますが、なかなか狙って作るのが難しいものでもあるかなと思いますので、そこは実感としておもしろいものになっているなと感じています。

ーー東日本大震災と同様に良くも悪くもですが、コロナ禍も進化しなければいけない後押しの要因として作用したのではないでしょうか。
【髙木秀邦】本当にそう思います。そして入居された成長企業さんに言われたのが「実際に成果を出せましたし何倍も成長しました。ですが一番ラッキーだったのは髙木さんに会えたことなんです」という言葉でした。「僕らは幸運にもタイミングよく場所があって髙木さんと知り合えましたが、ビルに入るまでの段階が一番大変なんです」という話を聞いてとても響きました。

【髙木秀邦】オフィスビルをやっている事業者としてだけだと、ビルに入ってくる段階の上からしか企業さんを見ていません。ですがその下にもっとたくさんのチャレンジしている人々がいることを実感しました。「この人たちのために何かやればビルに来てくれるのではないか?」ということを思ったのがきっかけでBIRTH事業を始めました。最初は単純なシェアオフィスから始めたのですが、そのときにひとつだけ「成長に伴走・伴奏する」というフィロソフィーを作りました。

BIRTH事業を始めるにあたり作った「成長に伴走・伴奏する」というフィロソフィー【撮影=阿部昌也】


ーー長く大きい企業だけが存在しているわけではないし、むしろ中小企業のほうが比率的には多いですものね。またシェアオフィスの事業で地方自治体との連携をされていると伺いましたが、地域でのあり方など実際に取り組みをされて実感されたことはありますか?
【髙木秀邦】地域ごとでコワーキングスペースを作る流れがあると思うのですが、箱物としてコワーキングスペースを作ってもソフトとしてのコミュニティがないとうまく回っていかない、人が根付かないという状況になってしまいます。そのため私たちが地方公共団体の方とお話するときに一番大事だと思っているのは、そこに人がいて交流やコミュニケーションがあることが、何よりもその先につながる土壌になるのではないかということです。

【髙木秀邦】例えば起業家を育てたい、移住者を募りたいという目的が基本的にあったとしても、人の集まる土壌がないとそこに人が根付かないと思います。そのためコミュニティ作りがコワーキングスペースを起点として広がることによって、場所としての機能ができると考えています。そして人がそこに来るきっかけや安心感を覚えられるようなコミュニティが作れることによって、さまざまな目的を持って人々がつながれるような場所になるのではないかと思っています。

ーー2023年5月に竣工予定の銀座髙木ビルは、どのようなビルや事業になる予定でしょうか?
【髙木秀邦】銀座髙木ビルは銀座の大通りに面したビルで、9~12階を木造にしているというチャレンジした建築になっています。木材はサステナブルな建材として注目を浴びていますが、今の日本は豊富にある木材を上手に使えていないという課題があります。例えば大手企業や地方公共団体などの大きな建物では使われやすいんですが、中小企業や民間団体など身近で小さなところでも使われる必要があると考えています。私も木の質感や香りが大好きなので、世界的にも知名度がある土地である銀座から、日本の木材のよさを伝える場所にしたいなという気持ちでチャレンジしています。

ーー実際に木造のビルを実現するとなるとハードルがあると思いますが、その点はいかがでしょうか?
【髙木秀邦】例えばメンテナンスの方法や耐久の問題など、解決すべき課題はたくさんあるので、行政や建築士さんなどのさまざまな方に相談をしてチャレンジを進めています。もちろん労力はかかるのですが、私たちはおもしろい不動産を展開していきたいので、ワクワクドキドキできる挑戦こそが企業としての姿勢となっています。ただただ稼働するだけのビルを作るのではなく「髙木ビルは一味違うという」ことを表現し、私たちの目指す価値を不動産に見出していきたいと思っています。

ーーフロアはどのようなものになっているのでしょうか?
【髙木秀邦】現在は麻布十番で始めた「BIRTH DINIG」というビルオーナーと飲食事業者がレストランを共同運営するというプロジェクトを行っていますが、それと同じ形式でビルの入居者様と共同事業という形式でフロアを展開するプロジェクト企画している段階です。ビルを作って入りたい方を募集するだけではなくて、そのビルの象徴的な部分のバリュー作りをビルオーナーも入居企業さんと一緒にしています。いわばビルを作りながらテナント作りをしているような感じですね。

ーーお話を聞いていると「普通でいることって、少しおかしいかも」という髙木さんの視点が生きているように感じます。
【髙木秀邦】そうですね。実は私、若いころにプロミュージシャンをやっていたために、今でもずっと表現者だと思って生きています。もちろん挫折があったり家業を継ぐことを演じなければいけなかったり、震災があってつらい時期があったりとここまで来るのにいろいろありましたが。少しずつ自分なりに進んで「出世ビル」や「BIRTH LAB」といった事業を展開したり、BIRTHの入居企業への投資会社を作ったりなどをして、メンバーさんと一緒になって歩んでいくということを行ってきました。後からよくよく考えてみると「これからの活動ってまさに表現じゃないか!」と思えるようになってきました。

【髙木秀邦】大観衆に囲まれてギターを弾く興奮は二度と超えられないと思っていました。ですが、新しいチャレンジを行っていくうちに自分の中でその興奮を超えられた瞬間がありました。そのときに私が行っている事業って、究極的には自己表現なんだなって思えるようになりました。しかも会社の仲間やBIRTHのメンバー、スタートアップの皆さんなど、みんなと一緒になって事業を行っていることもあり、まるでフェスティバルのように感じるようになりました。

ーー演奏しているものがギターから不動産に変わった感じですね。
【髙木秀邦】確かに、ギターを弾いているのと同じように不動産を弾いているという感じですね。かつセッションでフェスをしている感覚です。さまざまなものがブレンドされて今の形になっているというイメージですね。

ーープロミュージシャンをされていたと聞きましたが、もともとは事業を継承するつもりはあったのでしょうか?
【髙木秀邦】子どものころは典型的なボンボンとして育てられてきまして(笑)。祖父が創業者なのですが、私は祖父から見ると孫の長男なのです。ほかにも姉や弟がいるのですが私だけ圧倒的に特別扱いをされていまして。祖父が地域の寄り合いやお寺の会合などに私だけ連れていったのです。そして祖父から名前も一文字もらっているんです。そのため自然と「自分が跡取りなんだな」ということを小さいころから意識していました。

ーーわかりやすい戦前の一子相伝や家督相続といった考え方で育てられたのですね。
【髙木秀邦】ですがその弊害もありました。小学校のころに「あなたの夢はなんですか?」という宿題があったのですが、そのときに夢が書けなかったんですよ。クラスメイトがサッカー選手や宇宙飛行士になりたいという夢を無邪気に書いている中で、自分はビル会社の跡取りだということが決まっていたので。「夢が書けない」と先生に言うと「ダメだ、宿題なんだから何でもいいから書きなさい」と言われて、なりたくもないパイロットという夢を渋々書きました。後で読み返してみるとよっぽどなりたくなかったのか「国内線の短い距離を希望しています」とか書いてありましたね(笑)。

【髙木秀邦】そして成長するにつれて器用貧乏になっていくんです。スポーツも勉強もそこそこできたのですが何かに熱中・特化できるわけではなくて。そのような感じで高校生くらいまできてしまって。そして大学に進学するくらいに音楽に出合い、初めて自身の中で熱狂がおこってズブズブにハマってしまったんですよね。講義には全然行かなくてずーっとギター背負っているという生活を送っていました。イブハウスに就活しにいくような感じでしたね。たまたまご縁で学生の間にプロとして活動させていただく機会もあり、卒業と同時にアーティスト契約を結ぶというところまでいきました。

ーー音楽系の漫画でよく見るような展開ですね!
【髙木秀邦】このような家庭環境にいたからこそ家族も温かく見守ってくれてはいたと思うのですけどね。でもようやく見つけた夢に向かって365日24時間がむしゃらにミュージシャンをそれが4~5年くらいやっていました。そのときは夢を掴もうと思っていたのでメンバーと大喧嘩や殴り合いになったこともありました。

ーーガチンコでミュージシャンをされていたのですね。
【髙木秀邦】そうですね。その後壮絶に散っちゃうんですけどね(笑)。ですがそのときの経験から起業家さんやベンチャー企業の経営者さんの気持ちがものすごくわかるんですよね。「一発当てたい」「夢に向かって365日頑張りたい」という人たちの気持ちが理解できるし応援したいのです。そのような点もBIRTH事業をしている活力になっています。

ーーミュージシャンとして挫折した経験も現在の事業に生きているのですね。
【髙木秀邦】そうなんです。しばらく眠ってはいたんですけど、自分で不動産に新しい価値を見出してきたあとにまたじわじわと戻ってきて。自分の中で重要なファクターになっていると思います。そのため3代目という敷かれたレールの上を歩いていくのと、自分の道を切り開くというのがごちゃ混ぜになっていて「へんな人生だな」と思いますね。

ーーパイロットだけが置き去りにされていますね(笑)。先代から事業を継承するのと自分でスタートするのではそれぞれに違った難しさがあるのではないでしょうか?
【髙木秀邦】どこまで行っても私自身が事業継承者であることは絶対に忘れることはありませんし、日々感謝しております。だからこそLIVE事業とBIRTH事業をしっかり定義するのは大事だと思っています。守る点とチャレンジする点は当然あって然りだと思います。ですがこのような考え方に辿り着くまでには時間がかかりますし、なかなか周囲からの理解は得られません。社内でも「3代目は何をやっているんだ」と言われたことも、賛同いただけない社員が離脱していくということもありました。また業界の中でも「あいつ変なことやり出したぞ」とかも言われました。いろいろなハードルがありましたが、やっぱり社内からの理解を得られるかどうかが一番の課題でしたね。

「守るだけでなく新たなチャレンジをすることも必要」事業継承者としての難しさを語る髙木さん【撮影=阿部昌也】


ーー事業を継承してもそれを守るだけでなく新しいことをしないといけないですものね。けどなかなか周囲からの理解は得られない。そういうときはどういうふうに乗り切るのですか?
【髙木秀邦】やっぱり、共感できる仲間やお客さんと出会うというのが重要なのではないかと思いますね。BIRTH事業を始めたころによく相談していたのが社外の起業家たちでした。この人たちは後にBIRTHの入居者になってくれたりとかもあって「この人たちが入りたい場所を作ってみてはどうか」ということを考えてプロジェクトを動かしていました。まずは会社という領域だけで物事を考えていかずに、いろいろなところにファン作りをしていくのが大事かなと思います。ファンがいれば活力が漲りますからね。

【髙木秀邦】仲間になってくれた人たちとの共感値が自信を深めてくれましたし、チャレンジをしている人たちが私たちに期待してくれているという自己確認にもなりました。コミュニケーションをいっぱい取るなどして自分なりのコミュニティを作っていくというのが解決方法のひとつかもしれませんね。

ーーBIRTH事業では「91°の人生を、歩もう」をスローガンに掲げていますが、髙木さんが91°の人生を歩むために大切にしていることは何ですか?
【髙木秀邦】三代目として事業を継承していますが、やはり会社が重ねている歴史や自分の経歴、社会の流れなどは好きなように表裏を返せません。だとしたら一歩一歩真っ直ぐにやり続けないと最終的に価値になっていかないと思っています。私が社内の人間やお客さん、出資先のメンバーなどに話すときは「とことんまっすぐ進もう」ということを言っています。やはりどこかで「まあこれでいいか」ということの連続が積み重なって道がぶれてしまうこともありますからね。

【髙木秀邦】かといって右ならえで同じことをやっていても違いは生まれないので、1°でも方向を変えてみることが大事だと思っています。それが積もり積もればすごいことになるんじゃないかって。管理の場面でも普通ならレールに乗った回答でいいのですが、そこでも私たちならではというもう一歩踏み込んだ先のことを考えていきたいですね。たった1°でも違う方向に足を踏み出せていけるかを大切にしています。

【髙木秀邦】私たちが本社ビルを建てるとき「100年価値を続けられるビルをつくろう」という目標を立てています。ですが100年後は私たちはいないですよね。だからこそ私が存在するうちにカルチャーや存在意義を作っていくことが大事だと思っています。もちろんハードとしてもですし、哲学を表現する企業の姿勢が脈々と続いていくのではないか、そうして初めて目標が達成できるのではないかなと思いますね。そうすることによって100年後にも価値を創っていくことができると思います。

ーー今後の野望を教えてください。
【髙木秀邦】「場所に紐づかない不動産事業の成長」を成し遂げたいと思っています。不動産事業の成長と言えばビルが10棟や50棟になったなどを想像すると思いますが、このような物質的な測りで捉えられる成長ではない点に注目していきたいと思っています。例えば企業やプロジェクト、教育、医療などの多種の業種が私たちとつながっていくことによって、多様な形に広がっていく。それを不動産を起点にして展開していくことが野望です。最終的に日本を元気にしていきたいですね!

ーーとても壮大な野望ですね!
【髙木秀邦】ビルをたくさん保有するのは大手企業にお任せして、私たちは土壌作りを行って梯子かけを進めていき、想いがつながって可能性が掛け算されて、どんどんと起点ができてさらなる想いがつながっていく。そんな世界観を作っていきたいですね。ユーザーのさまざまな想いに寄り添っていく「伴走社会」がどんどん作られていくことによって、相対的に私たちの価値も高まっていく。そんな不動産会社になりたいなと思っています。

ーー「不動産とはなんぞや」といったテーマに向き合う感じですね。最後に髙木さんが仕事において大切にしているのは何でしょうか?
【髙木秀邦】ワクワク感ですね!ワクワクしていないと活力が生まれないですからね。現在では不動産事業の行き着いた先にあるのは箱としての建物ではなくなりそうだな、と考えてワクワクしています。実際に、出資先の企業がワーキングスペースで全国に地域進出したりとか、BIRTH入居の官民連携ベンチャー企業が髙木ビルの地方自治体との連携起点を作っていたりとか、さまざまな想像していなかったことが起こっています。これからはさらにさまざまな業種や事業がかけ合わさっていくことによって、すごく楽しそうなことが広がっていくなとワクワクドキドキしています。

ーーそして起こっていることをパイロットとして眺めるのですね
【髙木秀邦】確かに!それ最高に楽しいかもしれませんね(笑)

最終的に「日本を元気にしていきたい」と野望を語る髙木さん【撮影=阿部昌也】


この記事のひときわ #やくにたつ
・起こったマイナスの物事は、自分自身を見つめ直すきっかけになる
・事業や仕事で困ったり悩んだりした時は、社外の人に相談することも大事
・目的や目標に共感できる人たちでコミュニティを作るのが成功の鍵
・ワクワク感を持って取り組めることは、自分や周囲に活力を生み出す

取材=浅野祐介、文=福井求(にげば企画)、写真=阿部昌也

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