美容院を飛び出してヘアカット!近年ますます注目集まる訪問美容とは?「『生涯綺麗』を叶えたい」【現役美容師にインタビュー】
訪問美容とは、さまざまな理由で美容院に通えない人のもとに美容師が訪問し、美容院と同じサービスを提供することだ。その対象は高齢者だけではなく、病気や怪我で長期に渡って髪を切れない人や、妊娠や育児で外出が難しい人なども含まれており、ライフステージの中で誰にとっても利用する可能性のあるサービスである。

今回は、16年のサロンワーク経て、現在は訪問美容師として活躍する前田紗侑里(訪問美容omekashi代表・
@omekashi2019.3
)さんに、実際の訪問美容の様子や訪問美容にかける想いを伺った。
訪問美容を始めるきっかけは「死ぬまで綺麗でいたい」というお客さんの思い
――前田さんが訪問美容を始めたきっかけを教えてください。
美容専門学校を卒業して、まずは美容院に就職したんです。16年間在籍して、フリーランスの美容師になるタイミングで訪問美容もスタートしました。私のいた美容院は0~100歳くらいまでの本当に幅広い年齢層が来てくださるお店だったんで。ご年配のお客さんたちもいつも温かくて、見習いのときから優しく見守ってくれていました。よい関係を築かせてもらっていたんですね。
ただ、長く勤めていると「○○さんが最近、介護施設に入ったんだよ」といったお話も横のつながりで耳にするようになって。担当させていただいていたお客さんの中には身綺麗にされていた方も多かったので、「今どんな髪型をされているんだろう」という心配が私の中で大きくなっていったんです。で、美容院に通えなくなったそういうお客さんの施術も担当できる方法はないのかなと。だから、そもそものきっかけをくださったのは美容院時代のお客さんですね。

――Instagramには、前田さんの人生に影響を与えた「えっちゃん」というお客さんとの思い出が綴られています。
えっちゃんは101歳で亡くなってしまったんですけど、100歳まで毎月自分で美容院を予約して来られていたんです。かわいらしくて、ハンドメイドのワンピースを着ているくらいオシャレで、最期まで眉マスカラもしていて……。帰るときはいつも「死ぬまでよろしく」と言ってくださっていて、その「生涯綺麗でいたい」という思いが私の心を大きく揺さぶりました。それで、えっちゃんを長い旅に見送った翌年には「介護(訪問美容)やります」って周りに宣言しました。現在の訪問美容の屋号にしている「omekashi(オメカシ)」も、えっちゃんとの会話に「オメカシして」という言葉がよく出ていたからなんです。

――前田さんはもともと訪問美容のお仕事を知っていたんですか?
いいえ。私の場合は「訪問美容を始めよう」というよりも「そういう方のところに行ってあげられないのかな」と漠然と思ったのが始まりでした。いろいろ調べたら、今でこそ「訪問美容」という言葉が主流ですが、当時は「出張美容師」という名前でそういう仕事があることを知り、全国にちらほら従事されている方がいるとわかって。「ちょっと教えてもらえませんか?」とコンタクトを取ったり、開業の流れを市役所に聞いたりして準備を進めていきました。また、できるだけ専門的な知識を持ったうえでいろんな状況に対応したいと思い、介護職員初任者研修の資格も取得しました。
――「omekashi(オメカシ)」は現在4年目ということで。どういった方が主に利用されていますか?
身体上の理由により外出ができない高齢者、病気やケガの方、医療的ケア児など障害のあるお子さんです。カラーやシャンプーまでは体力がもたない方も多いので、お客さんの約8割がカットのみ。カットだけだと、到着から施術、お会計まで30~40分あれば十分です。


――そんなに短時間で終わってしまうんですね。
ご予約をいただく際に、現在の身体的状況や介助の要不要、それを手伝ってくださるご家族はいるか?といったことまで全部聞くんです。その上で道具を選別したり、当日の流れを具体的にイメージするので、いざ訪問したときに手間取ることが少ないのかもしれません。お家に到着したら、ご挨拶をして指定のスペースにシートを広げて施術して、荷物をまとめて終了。町の美容院だとカットだけでも1時間から1.5時間はかかると思うんです。シャンプーもありますし。でも私は内容を端折っているわけではなく、クオリティは保ったうえでお客さんの負担が最小限で済むようにスピード重視で切るんです。カット自体は10分くらいですね。
――それくらいの時間なら……と、依頼のハードルが下がる人もいそうです。
おひとり1時間の枠で予約を取らせていただきますが、長居はしません。望まれるようであれば、終わってからご本人やご家族とお話したり、お子さんとゲームをしたりといったこともあります。

――Instagramには訪問美容で使う道具の紹介もされています。多岐に渡るラインナップは、前田さんの試行錯誤や工夫が伝わります。
シャンプー台ひとつとっても、最初は移動式のものがあると知らなかったんです。なのでいろんな方に教えていただきつつ、より使いやすくするために既製品を自ら改良したり……という感じでやってきましたね。例えば、皆さんが当たり前のように美容院でかけられるクロス。あれって「座る人」限定なんですよね。しかも後ろが空くから、車イスの方だと背もたれのところに髪が入ってしまったりする。となったときに、私はもうクロスの概念を覆して、寝たきりの方や車イスの方を足元まで覆ってしまえる長いクロスを自作しました。気管切開をされている方が途中でラクに吸引できるよう喉の部分がパタパタ開くクロスも用意していて、そういうのはご家族も喜んでくださいますね。


――素晴らしいアイデアと行動力です!
もともと手芸が好きなこともあって。撥水の生地を買ってきて縫ったり、既製品をアレンジしたりして作っています。お子さんの場合はかわいいレインコートを一工夫してクロスに変えてしまって、そういうのがあると案外すんなり切らせてくれるんですよ。お母さんのひざの上に乗って切りたいという子には、袖口がキュッとゴムで締まるクロスや、足元を汚さないためのフットカバーをママに着けてもらっています。
――髪の1本も残さないというわけですね。
美容院から帰ると、どうしても髪が残っていたり、首のあたりがチクチクすることってあるじゃないですか。それを極力なくしたくて。耳に被せるイヤーキャップも、寝たきりの方など体勢に傾きがあるとやっぱり髪が入ってしまうんですよ。だから私は、貼る眼帯を使ってています。耳に覆うのにジャストなサイズで、最後に耳元の髪を払うという作業もいらないので重宝しています。自分がお客さんならこうしてほしいというちょっとした気遣いの部分を大事に、その日の反省点や気づいたことはすぐ次に生かすようにしています。