有刺鉄線と命の象徴である「蝶」。文字のない絵本から伝わるウクライナの悲劇、そして希望
東京ウォーカー(全国版)
身近な人を亡くしたあと蝶が舞っているのを見て「あ、あの人が会いに来てくれた」とうれしくなった。そんな体験がある方はいないだろうか。「蝶」は幼虫からサナギ、そして成虫へと劇的に変化することから、洋の東西を問わず、輪廻転生や復活、長寿などの象徴とされてきた。さらには「魂ののりもの」とのイメージもあり、それが冒頭のような体験につながっていくのだろう。
※2023年9月27日掲載、ダ・ヴィンチWebの転載記事です
絵本「イエロー・バタフライ」(オレクサンドル・シャトヒン/講談社)は、そんな蝶の伝承をふと思い出す「文字のない絵本」だ。最初のページは真っ黒。次第にズームアウトしていくと、それが有刺鉄線だということがわかる。その前にぽつんと佇む一人の子ども。すると有刺鉄線が巨大な蜘蛛に変化し、その子に襲いかかる。あ、危ない!その瞬間、子どもの前に一匹の黄色い蝶が現れ、やがて子どもはその蝶に導かれるように駆け出していく。ページをめくるごとに「誰か」がそこにいた痕跡から次々に現れる黄色い蝶。やがて大群となった蝶はひらひらと舞いながら、真っ暗な空に少しずつ青空を取り戻す。
作者のオレクサンドル・シャトヒンはウクライナ在住のイラストレーターだ。ロシアのウクライナ侵攻によって突如住んでいた国境に近い町・サミーを追われ、妻と幼い子どもと共に避難生活を余儀なくされているという。「あらゆるウクライナ人は、いま、ロシアのテロリストたちへの勝利のために全力を尽くして働いています。イラストレーターとして、私も自分の持ち場で参加しています」そう述べる作者は、ロシアの侵攻がはじまって1カ月のうちにこの本を描いたのだそうだ。
この絵本の最大の特徴は「言葉がないこと」。言葉がないからこそ、絵から広がるイメージがまっすぐ心に響き、読む者にさまざまなことを考えさせてくれる(たとえば作者がウクライナ人といった背景を知らなくても、「戦争と平和」を連想する方も多くいるのではないだろうか)。いざ戦争となったとき身の回りには何が起こってしまうのか。絶望の中から未来を描くことができるのか。言葉がないからこそ、戦争を遠い国の話ではなく、自分にも降りかかる身近なものとして感じることができるように思う。
ところで絵本といえばメインの読者は子どもたちだが、こうした「言葉がない絵本」では通常の「読み聞かせ」はできないし、どう楽しんだらいいのかわからないという方もいるかもしれない。そんな方は本書の巻末に「〈言葉のない絵本〉の楽しみ方」として以下のようなポイントが紹介されているので参考にするのもいいだろう。
・絵を見て自分でお話を見つけていく本であることを伝える
・感じることをたいせつにする
・解釈をまかせる
・ゆっくり時間をかけて、くりかえし読む
・会話をみちびく
「蝶は何を表すと思う?」「なんで黄色なのかなあ?」「この子はどんな気持ちなんだろう?」――そんな数々の問いを子どもたちと共有していくうちに、子どもたちの感性に刺激を受けることもあるだろう。もちろん一人で何度も読み返すのもいい。読む人によって、読む回数によって心に伝わるものが変化するのも、言葉がないからこその広がりだ。
「わたしの本は、戦争のあと、つまりわたしたちの勝利のあとも、人生は続き、すべてが復興され、新しい平和なウクライナに暮らすことができるという、確信であり、希望であり、信念です」と作者。そうした未来が1日も早くくることを、本書を通じて私たちも願いたい。
文=荒井理恵
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