事業承継したのは経営ド素人の血縁もない24歳!?廃業寸前の老舗を復活!就職・起業だけでなく”事業承継“も働き方の選択肢に
東京ウォーカー(全国版)
日本のあちらこちらで、後継者不在が問題が叫ばれる昨今。老舗店の技術をなんとか後世に残したいと願う先代の思いを受け取ったのは、経営の知識も何も持っていない20代のいち会社員だった!「より安心安全な製品を」と、魚のすり身とみりん・昆布だし・塩のみを原料としたかまぼこの製造販売を行う、福岡県みやま市の「吉開のかまぼこ」は、類に漏れず後継者問題を抱えており、廃業寸前に追い込まれていた。そんな老舗店の問題に寄り添い、活路を見いだしたのは、経営も製造業も未経験のド素人・林田茉優さんだった。20代前半という若さで血縁でもない企業の事業を承継したいきさつとは?本人に詳しく経緯を聞いた。
大学時代に受けた講義がすべての始まりだった
ーーさっそくですが、林田さんと「吉開のかまぼこ」との出合いについて教えてください。
【林田茉優】学生時代「ベンチャー起業論」という授業の一環で、“後継者問題の解決”をテーマに掲げたプロジェクトを展開していて、その活動を通して出合いました。後継者問題に直面する企業のお話を直接聞きたくて、知り合いの紹介で福岡県みやま市の工場に足を運んだのが最初です。
【林田茉優】吉開かまぼこは130年続く老舗。3代目の吉開喜代次さんは当時74歳とご高齢で、休業してすでに1年が経っていましたが、ご本人は「かまぼこを作り続けたい、残したい」という非常に強い気持ちをお持ちでした。かまぼこなどの練り物は、一般的にはリン酸塩や保存料を使って作られているのですが、吉開さんの商品は完全無添加。つなぎである卵白やデンプンすら使っていない、とても珍しいかまぼこなんです。アレルギーのあるお客様からの要望と、吉開さん自身が作り手として長年抱いてきた「もっとおいしいかまぼこができるはず」との思いがマッチして、8年がかりで作り上げたものだと聞いています。
【林田茉優】休業後に復活を願う手紙やお電話がたくさん寄せられたそうで、「待っていてくれる人がこんなにいるから、なんとか後継者を探したい」と希望されていました。お話を聞きながら、“こんなに世の中に必要とされているものが失われてしまうのを、見過ごすことはできない!”と突き動かされ、「何かお手伝いをさせてください!」と申し出たら、即「はい、よろしくお願いします」って。なんだかおもしろい学生が来たなということで、すんなり受け入れていただけたようです。私たちはすぐに、M&Aという形での存続を見据え、譲渡先を探す活動を開始しました。
ーー具体的にどんなことをされたのですか?
【林田茉優】まずは情報収集です。私たちは吉開の製品がどんなものだったのか知らなかったので、吉開さんご夫妻をはじめ、かつてのお取引先などにインタビューを重ねたうえで、PRのためのプレゼンテーションをまとめました。そのうえで、M&A先候補としてリストアップした企業を片っ端から回ったんです。60社ほど当たったのですが、結果は惨敗。断られた理由はさまざまでしたが、「年々、練り物の需要が減っているのに、かまぼこ業界の将来が明るいと思えるの?」といった指摘も多かったですね。
【林田茉優】ですが、たまたま私たちの取り組みがネット記事になり全国的に注目されたことから、ある関西の企業から「うちで買い取りましょう」と申し出をいただいたんです。それが、ちょうど私が大学を卒業したころだったんですけれど、就職していち会社員になったあとも、吉開さんの支援を続けていました。
ーーえっ、就職後も支援に入られていたんですね、なんの報酬も発生しないのに?
【林田茉優】はい、報酬をもらえるどころか、交通費も自腹での活動です。吉開のかまぼこにはそれだけ思い入れがあったので。また、それとは別に、私自身、いずれ起業して後継者問題を抱える企業のサポートをしていきたいという目標があり、そのために経験を積んでおきたい気持ちもあったんです。当時の就職先の経営者もすべて承知のうえで「じゃ、当面、生活のためにうちで会社員として働きながら、二足のわらじでやりたいことに挑戦したらいい」と雇ってくださいました。本当にありがたい限りで、会社員として得た給料と休日の時間を吉開のかまぼこ通いに注ぎ込んでいるような日々でしたね。そして話が順調に進み、あと2週間で関西の企業との調印式…というところまでたどり着いたタイミングで、思いがけない問題が浮上しました。
決まりかけた話が白紙に。気落ちする先代
ーー一体何が起こったのでしょうか?
【林田茉優】ニオイのトラブルです。近隣から「実は、かまぼこ工場が稼働していたころ、魚臭い排水や、天ぷら調理の際の油のニオイが気になっていた。当時は大目に見ていたけれど、今となっては問題が解決されない限り、再開は受け入れられない」という声が上がったんです。吉開さんは「うちが迷惑をかけていたとは…」とショックを受けられて、もう移転しかないとおっしゃるようになりました。しかし、移転するとなると、最低でも1億は飛んでいく計算になります。相手先の企業側でもコストを抑える方法をあれこれと考えてくださったんですけど、上がりすぎたハードルを前に、結局、断念を余儀なくされました。
【林田茉優】この段階で、税理士からは「もう会社を解散させたほうがいい」と助言されましたし、私も、「ああ、こういう終わり方になってしまうのかな」と観念しかけて、自分の無力さを痛感しました。でも、出合いから3年を経て、本当のおじいちゃんと孫みたいな関係になっていた吉開さんが、あるとき「寂しい。かまぼこを作りながら死にたい。そうしたら私は幸せ」と電話口で漏らすのを聞いて、ハッとしたんです。「本人が諦めていないのに、周りがもうダメだと決めてどうするんだ。うん、吉開さんには最期までかまぼこを作り続けてもらいたい」という気持ちが膨らみました。そして、いま一番優先すべきことは、“引継ぎ先探しより、かまぼこ作りを再開することでは?”と、思い当たったんです。
【林田茉優】では、どうすればまたかまぼこが作れるだろう?と考えたとき、工場移転のお金がどうにもならない以上、やはり従来の工場を再稼働するしかなかったんですよね。問題解決のためには、徹底したニオイ対策を講じて近隣に納得してもらい、同意を取り付ける必要があります。そこでまず、ご近所への挨拶回りとご意見のヒアリングを始めました。毎週末ご近所のお宅に伺って回り、ニオイのどんな点に、どのように困られていたのか、ひたすら話を聞きました。そこで洗いだされた問題点について、業者に問い合わせるなどして解決方法を探り、進展を報告する…を繰り返しているうちに、近所の方々に私の本気度が伝わり、あちらも問題を乗り越える方法を一緒に考えてくださるようになったんです。2カ月ほどして問題解決のめどをつけることができ、工場再稼働の同意をいただくことができました。
【林田茉優】正直、ご近所へ話を伺う前は「吉開のかまぼこは、なくなればいいのにと思われているのかな?」と怯む気持ちもあったのですが、実際にお話を伺ってみると杞憂だったことがわかりました。「生活している場所である以上、不快感を我慢し続けたくはないから意見を伝えたけれど、吉開のかまぼこは自分たちにとっても贔屓にしていた店だったし、ぜひ復活してほしいと願っている」と応援の言葉をいただき、安心できました。
ーー林田さんのコミュニケーション力で、最大の課題がクリアできたわけですね。
【林田茉優】課題という点では、原料の仕入れ問題や機械の再稼働問題など、ほかにも本当に山積みではありましたが、なんとか、それらもひとつずつクリアしていきました。そして2021年9月、かまぼこ試作の日をむかえることができたんです。休業して4年の歳月が経っていましたが吉開さんの手際は見事で、できあがったかまぼこは、本当に「今まで食べていたかまぼこって、なんだったんだろう」と思うほどの味わいでした。ぷりんとして、しっかり魚の味がして、何もつけずに食べるのがおいしいんです。「無添加で作るかまぼこってこんなにおいしいんだ」と感動しましたし、「やはりこれは残さなくてはならないな」とあらためて感じましたね。
【林田茉優】試作した300本のかまぼこはお世話になった方や近所の方に差し上げて、余った分を福岡市内に持ち帰り、興味をもってくれそうな企業に配って回りました。現在の弊社の親会社であるフロイデ株式会社は、そのうちの一社でした。
無添加かまぼこのおいしさが引き寄せた縁
ーーシステム会社であるフロイデがなぜかまぼこに興味を持たれたのでしょうか?
【林田茉優】知人から「フロイデ代表の瀬戸口さんが、吉開のかまぼこを食べてみたいと言っている」と聞き、現物をお持ちしたのですが、私も初めは同じ疑問を持ちました。代表ご自身もお若くてスマートな方で、かまぼこが似合うタイプではないので(笑)。でも、お渡ししたかまぼこをその場で丸々1本ぺろっと平らげられて「おいしい」と。とてもお気に召した様子だったので、2カ月後に開いた2回目の試作会には直接ご参加いただいたのですが、その当日、吉開さんと話をされたあとに引き継ぐ気持ちを固められたそうです。
ーーそれは、なんともスピーディですね!
【林田茉優】タイミングもよかったのだと思います。瀬戸口さんは常々、システム開発に関わっているクライアントと自社との距離感をもっと縮めたいと考えていて、自分たちも商品を売る立場になってみたら同じ視点が得られ、社員のクライアントへの当事者意識をより引き出せるのではないかと想像していたそうなんです。また、日ごろから自社の利益を社会に還元したいという思いもあり、無添加での商品作りにこだわる老舗かまぼこ店を承継するという形で社会貢献が実現できるとポジティブに捉えていらっしゃいました。
【林田茉優】株式譲渡の調印式が2021年12月に決まったのですが、私に吉開のかまぼこ代表就任の話をいただいたのは、その1週間前です。瀬戸口さんから「林田さん、社長をやらない?」とお電話があって驚きました。私はといえば、当時社会人2年目。経験も浅く、なんのスキルもありません。そう伝えてお断りしようとすると「林田さん本人には能力もスキルもいらないんだよ。吉開のかまぼこを復活させるためには、間違いなく、たくさんの人の力がいる。そのとき真ん中に思いの強い人が立っていないと、誰も巻き込むことはできないから」と説得され、その言葉が腑に落ち、心に響きました。「M&A仲介業者も、税理士も、みんなが諦めていったなかで、吉開さんに寄り添った人は、大学生だった林田さんしかいない。君が社長になるしかないよ」という言葉に、“できる、できないじゃなくて、本当に私しかいないんだ”と気づいたんです。
【林田茉優】といっても会社員の身ですから、まず当時勤めていた会社の社長に相談してみたところ「それはすごいこと。少しでもやりたいと思っているなら、絶対に引き受けたほうがいい」と背中を押してくださいました。そして前職を退職後、12月22日に、私・林田を代表として、吉開かまぼこは再スタートの運びとなりました。
吉開のかまぼこ、復活の勝因は「諦めの悪さ」!
ーー吉開のかまぼこ再スタートから約2年。林田さんも吉開さんや工場長と一緒に製造にも当たられているそうですが、技術を承継される難しさは感じますか?
【林田茉優】難しいことだらけです。デンプンなしでぷりっとした食感を出すためには、各工程での温度や熟成時間、塩の量にいたるまでデリケートな調整が必要で、そういう積み重ねが、本当に難しい。幸い、吉開さんは詳細なデータを取られていたので今後もそれを参照することはできますが、本当に引き継がなければならないのはデータよりも、吉開さんの考え方そのものだと思っています。近年、気候変動から捕れる魚がはっきりと変わってきていますし、そのほかの条件もこれからどんどん変わっていくでしょうから、「こういうとき吉開さんはどういう発想でどう対応されるだろうか」という部分を押さえておくことが最重要、と気を引き締めて工場に立っています。
ーー林田さんが吉開のかまぼこを復活させることができた、その勝因を一言で言うと?
【林田茉優】「諦めの悪さ」ですね。私、もともと諦めの悪い性格をしているんですね。私が諦めるときは、本当に何も手を打つ余地がないときだけ。取れる道がある限りは、成功か失敗かすべての最終的な結果を確かめるまではやるっていうのが、私の基本的な行動パターンなんです。作戦をA、B、C、Dといくつも考えておいて片っ端からやっていく。やりながらほかの作戦も考えていく。とりあえずいろいろな方法でやってみないとわからないっていう考え方をしています。
【林田茉優】実は以前、あるすばらしい企業が後継者問題で失われてしまうのを見送ることしかできず、何もできない自分を受け入れて諦めざるを得なかった苦い経験があるんです。私の後継者問題への関心の原点とも言える出来事です。「岡野工業」さんを、ご存じでしょうか。痛くない注射針という唯一無二の技術を開発した有名企業でありながら、2018年、後継者不在で惜しくも廃業されました。学生だった私はニュースでそのことを知り、この技術と企業を後世に残したい!何か打つ手はないのか?という思いが高じて、しつこくしつこく連絡を取り続けた末、ついに、代表の岡野さんから直接お招きいただいたんですね。
【林田茉優】2時間ほどお話ししたなかで、存続のために何かできることはないのかをお尋ねしたのですが、当時すでに岡野さんは85歳。「もう自分が現場に立つことができない以上、いま目の前に優秀な人材が現れたとしても育てる時間はなく、お金で解決できる問題でもない。今日来てもらって、そう言ってもらってうれしいけれども、もう何もできないんですよ。早く人を育てなかったことに関して、いまとても悔やんでいる」とおっしゃっていたことが、忘れられなくて。本当に自分の無力さを痛感した時間でした。
【林田茉優】ですから、今回は吉開さんがお元気なうちにこうして承継を間に合わせることができ、本当に幸せです。今のうちに、吉開さんからとにかく学び倒します!
これからの時代は、「事業承継」も仕事の選択肢に
ーー今後の吉開かまぼこについて、どういった展開をお考えでしょうか?
【林田茉優】2022年の夏頃から力を入れているオンライン販売を、さらに拡充させたいと思っています。従来のようにみやま市の周辺だけでなく、私たちの理念に共感してくださる全国のお客様に吉開のかまぼこをお届けできればと願っています!
【林田茉優】また、今後は商品のバリエーションを増やす予定です。休業前はかまぼこ数種類と天ぷらも作っていたそうなのですが、今は贈答にもおすすめの「古式かまぼこ」1種類に絞っているんです。というのも、無添加だと原料が命なのですが、海の環境が変化している現状、安定して供給される品質のいい魚が、長崎のエソという魚だけなので。ですが、これからはもうすこし気兼ねなく普段使いできる価格のものも用意したいと思っていて、今、鋭意開発中です。
ーー林田さんご自身の目標や、これから叶えたい夢は?
【林田茉優】目標は、経営者として吉開のかまぼこを成長させるために、“目の前のことをがんばっていくこと”ですね。今後の夢はふたつあって、ひとつは、もし、吉開のかまぼこと同じように後継者未定で廃業を考えていらっしゃる企業があるならば、私たちの復活劇を見て、“あんな小さな企業でも復活できたのだからうちもやってみよう”と思われるような存在になりたいですね。もうひとつは、私が行った血縁ではない人間による事業承継を参考例として、“じゃあ自分も”と、続いてくれる人がいればいいなと。大学卒業後の選択肢として「就職」「起業」などに加えて「事業承継」が加わればいいなと思っています。私みたいな、勉強も得意じゃない、資格も持ってない、そんな人間でもできたんだから!って、ひとつのモデルケースとして捉えていただければ、ありがたいですね。
この記事のひときわ
#やくにたつ
・難題は一気に解決しようとせず、大きな問題を紐解き、小さな問題にして一つずつ解決する
・本当の課題は何なのか、周りにヒアリングすることで核心を知る
・強い思いが人を巻き込み、いずれ多くの人を動かす力となる
・諦めの悪さは武器!考えうる限りの方法を試してみる
・今うまくいかなくても、諦めず続ければ、時機が訪れる
取材・文=仁田茜
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