懐かしの「でんぷんのり」が進化中?創業125周年の老舗メーカーが語る「のり」の歴史
東京ウォーカー(全国版)
子どものころの工作の授業や、大人になってからは事務用品として、なにかと使用する機会の多い「のり」。現在では、利便性を求めてスティックのりやテープのりを使用する人も増えてきているが、昔は指で塗るペースト状の「でんぷんのり」を使っていたという人も多いのではないだろうか。
これまで何気なく使ってきたのりだが、どのような成分で作られているのか、どんな歴史があるのかはあまり知られていないはず。
そこで、誰もが一度は見たことがある「ヤマト糊」や「アラビックヤマト」などを生み出してきた、のりのパイオニアとも言えるヤマト株式会社(以下、ヤマト)商品開発室マネージャーの村上和生さんと社長室マネージャーの宿谷尚代さんに、のりの歴史と発展、そして2024年で創業125年を迎えるというヤマトの新商品について話を聞いた。
時代によって原材料が変わり、どんどん便利かつ安全に
のりの歴史は、石器時代にまでさかのぼれるという。これまでアスファルトや動物由来の膠(にかわ)、漆を使用したものなど、さまざまな材料からのりは作られてきた。さらに奈良時代には続飯(そくい)という米を練って作ったのりが、平安時代には小麦粉からでんぷん粒子を分離・沈殿させて作った沈のり(じんのり)が存在した。
そして「でんぷんのり」は、江戸時代から広く使われるようになる。桶を担いで売り歩いたり、商いも見られたりした。でんぷん質を水に溶いて煮たのりが多くの用途に使われ、米を煮たときの吹きこぼれを使用した姫のりが明治時代まで主流となった。
そんななか、ヤマトは1899年に「ヤマト糊」の製造販売を開始。薪炭商という炭を販売する仕事をしていた木内弥吉さんが、炭の小分けに使用する袋に使っていたのりがすぐに腐ってしまうことに悩んでいたことが発端だという。ヤマトは当時の有識者から情報を収集し、防腐剤を加え保存のきくのりを製造。さらに、当時としては珍しく、一定量を瓶詰めして販売するという方法を取っていた。
「会社や学校、銀行、郵便局などで事務仕事が増えていた時代背景もあり、腐らず長く使えるヤマト糊はさまざまなシーンで使用されるようになりました。ここからヤマトは、のりメーカーとしての認知度を高めていきます。名前についてですが、『日本一ののりにしたい』という願いと、『商売が大当たりしますように』という想いを込めて、“矢が的に当たる”から『ヤマト』と命名されました」
ヤマト糊の開発時は情報収集に苦労したほか、戦時下で材料となる穀物が統制されてしまったことが影響するなど、原材料は時代に応じてこの125年で何度も変化しているという。米が得られないときにはダリアやヒガンバナなどの球根からでんぷんを抽出し、混合でんぷんでのりを作ってみたが、いいのりができなかったそうだ。そこで、原料だけでなく製造方法も変えることに。
「それまでは“煮る”という加熱処理によってのりを作っていたのですが、冷糊法(れいこほう)という、加熱しない、化学的な処理を行ってのりを作るようにしました。冷糊法は1950年に製法特許を取得し、原料は変わっても、この製法で変わらずでんぷんのりを作り続けています」
その後、1952年にはチューブ入り、1958年にはボトル型のプラスチック容器での販売を開始。当時の新素材であったプラスチックはそれまでのガラス容器のように重くなく、割れることもないため、輸送コストを削減することにも成功した。ただ、当時はまだまだプラスチック素材自体の選定にも試行錯誤しており、初期は小さなピンホール(針のような穴)があって空気がもれるため、のりがやせてしまうという問題点も。使うときには滑らかに、乾くときは時間がかからないように、容器には気密性を保つ…そういった課題を解決するために改良を続けていったという。
また、ヤマトは、1983年からは「タピオカでんぷん」というキャッサバ芋から抽出できるでんぷんを使用したヤマト糊を製造している。タピオカドリンクのブームが来るずっと前から、我々はタピオカでんぷんののりに触れていたことになる。「当時は今ほど小麦アレルギーの認知があったわけではなかったのですが、アレルギー自体が注目され始めていました。そのため、でんぷんの素材選びは影響の少ないものを選択しています」と宿谷さん。そのような理由から、タピオカでんぷんが選ばれているのだそう。そもそも植物由来のでんぷんのりだが、素材選定にも配慮しているため、老若男女が安心して使えるようになっている。
のり業界に革命を起こした「アラビックヤマト」
1970年代になると女性の社会進出により、企業の事務職に女性が多く就くようになっていた。その際、「書類仕事ででんぷんのりを使用すると指先が汚れてしまう」という声が多くあがっていたのだとか。この声に応えるために1975年に発売されたのが「アラビックヤマト」だ。
現在でも液状のりの代名詞とも言えるアラビックヤマトは、天然ゴムのりの「アラビアのり」のアイデアをもとに生み出されたそう。アラビアのりの容器は持ちやすい円錐の形状で逆さまにして使用し、先端の塗り口には海綿が付いているため、のりがしみ出して手を汚さず使えるというものだった。しかし、高価なうえにすぐに海綿が乾いてしまうというデメリットもあり、一部の普及にとどまった。そこでヤマトは特殊なスポンジキャップを開発して塗り口部分に採用し、均一に塗れて、かつなめらかで塗りやすいのりの製造に成功した。スポンジキャップの開発だけでも3年もの期間を要したという。
「実は、先端は二重構造になっているんです。表面はスポンジで、その下にドーム型のプラスチックの部品を組み合わせています。こうすることで適量ののりが出て、誰が塗っても均一に塗れるようなっているんです。取り外しもできるので、もし蓋がしっかり締まり切っていなくてスポンジ部分ののりが乾いてしまっても、やけどに注意が必要ですが、50度前後のお湯で洗うことで再びご使用いただけます」
当時ののりの値段として一般的だったのは80~100円。そんななか、アラビックヤマトは150円という値段で発売された。発売直後は値段が高いことから売れ行きはよくなかったが、「まずはよさを伝えよう」と思い立ったヤマトは、ミニサイズをサンプルとして配布。結果としてアラビックヤマトの使いやすさが広まり、ロングセラー商品となった。なかには学校側からアラビックヤマトを指定するところもあるそうで、その信頼度がわかる。
のりを知り尽くしたヤマトだからこそ作れるもの
現在では、持ち運びのしやすさや使いやすさから、スティックのりやテープのりを選ぶ人が増えている。「そんな時代の移り変わりに対しても、柔軟に対応していきたい」と宿谷さんは話す。
「弊社でもスティックのりやテープのりを販売しておりますが、のりもユーザーにとって使いやすいものを選んでもらう時代になったのだと思っています。そのため、ヤマトでもさまざまなのりを作り、用途別に使っていただけるように開発を続けています」
たとえば、晴れ着に合わせて着ける髪飾りなどに用いられるつまみ細工用のでんぷんのりや、和紙工芸のための和紙のりは補正のために接着時間を長くする工夫がされているなど、用途に特化したのりも製造しているそうだ。のりを知り尽くしたヤマトだからこそ、かゆいところにも手が届く商品開発ができるのだろう。
そんなヤマトは、2024年で創業125周年を迎える。それを記念して、3月21日には創業から作り続けているヤマト糊のチューブタイプ「ヤマト糊 タピコ」(以下、タピコ)が発売。この商品は、これまでヤマトが生み出してきたのりたちの魅力がギュッと詰め込まれた一本となっている。
「でんぷんのりはやはり手で塗る必要があるので、指先だけでなく家財や服にまでうっかり付いてしまうということが私の経験でもありました。また、最近では『手で塗ることに抵抗感を覚える』というお子さんもいらっしゃるそうで、そういった背景から、2020年の夏にでんぷんのりの開発プロジェクトを立ち上げたのですが、近年はでんぷんのりの売り上げが少子化の影響もあり低迷気味でした…。『もっと広く使ってもらいたい』という思いから、タピコは誕生しました」
見た目は従来のヤマト糊と同じだが、キャップを取ってみるとアラビックヤマトのように、チューブの先にヘッドが付いている。アラビックヤマトとは異なり、スポンジではなくプラスチックドームに穴があいたような形状になっており、指で塗る必要がない仕様だ。
さらに、タピコで最も工夫したところが容器の柔らかさなのだとか。容器が硬すぎると余計な力が必要となり、小さな子どもやお年寄りはうまくのりを出せない。しかし、柔らかくしすぎるとチューブの耐久性が落ちてしまうため、容器だけで6度もの試作を行ったそうだ。
「イエローとパステルブルーというパッケージのカラーリングは、発売当時のヤマト糊の容器の色を意識しています。キャップの一部はアラビックヤマトのものと共通に。さらに、海外向けののりを開発した際のアイデアを用いたヘッドを採用していたりと、まさに125年間のヤマトの知恵が集結した商品でもあるんです」
レトロブームもあり、近年、再注目されているヤマト糊とアラビックヤマト。125周年を迎えてもなお、時代に合わせた商品開発を続けるヤマトの今後に注目だ。
取材・文=織田繭(にげば企画)
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