「世界から後悔を減らす」手紙をリデザインしたレターギフトは“気持ちの保険”
東京ウォーカー(全国版)
娘が生まれて自分が親になったとき、妻や娘、両親への感謝の気持ちが湧いた。でも「ありがとう」と面と向かって伝えるのは、ちょっと恥ずかしい。株式会社ネイチャーオブシングスの代表取締役・濱本智己さんが考えたのは、昔からある“手紙”をリデザインすることだった。
最初に開発したレターギフト「シカケテガミ」は、自分が作者となって登場人物の顔やストーリーを選び、自由メッセージを入力することで、世界にひとつだけの“絵本の手紙”を作ることができる。2024年2月に販売を開始した「RETTEL(レッテル)」は、寄せ書きに代わるようなサービスだ。同僚や友人、家族から集めたメッセージと似顔絵アバターを、一冊の本にして贈ることができる。
新しいコミュニケーションの方法を提案する想いとは?濱本さんにレターギフト誕生の背景やキャリアについて聞いた。
子どもの誕生が人生の転機に
――ネイチャーオブシングスを立ち上げた背景について教えてください。
【濱本智己】広告代理店に勤めていた会社員時代、コモディティ化した商品やサービスをイメージで差別化する「ブランディング」という概念に魅了されていました。でも時の流れとともにテクノロジーは進化し、再び商品やサービスそのものに明らかな違いが生まれるようになります。“価値を生み出す”クリエイティブのダイナミズムが、広告のような「表現」というフィールドから商品やサービス自体へと移り変わっているように思えました。クリエイティブの力で、まだ世の中にないモノやサービスを生み出したい。次第にそんな想いにあらがえなくなり、株式会社ネイチャーオブシングスを起業しました。
――起業することに不安はありましたか?
【濱本智己】BtoC(消費者向けビジネス)のサービスは、どうしても先行投資が前提となります。だから黒字転換するまでは不安だらけでした。でも、それ以上にシカケテガミというサービスに対する思い入れが強かった。「もうやってやるか」という感じでしたね(笑)。
――レターギフトという事業コンセプトは、どのように生まれましたか?
【濱本智己】時系列でいうとシカケテガミというアイデアが先行してあり、そこからレターギフトという事業コンセプトが生まれました。シカケテガミの誕生のきっかけは娘の存在です。子どもが生まれたことが、僕の人生の転機で、自分の命より大事な存在がこの世にあるということ、そして妻の偉大さ、自分の無力さ、両親への感謝など、何もできない子どもにいろいろと教えてもらいました。すごくありきたりな言葉ですが、自分が親になってみて、ありがとうで胸がいっぱいになったんです。それを伝えたいと、すごく思いました。
【濱本智己】ただ、僕は典型的な日本人気質。恥ずかしくて、妻や両親に対して「ありがとう」とあらたまって言ったことがなかったんです。でも子どもが生まれたことで、生を目の当たりにして死を意識するというか、「俺が死んだら、どうなるんだろう」と、死の強迫観念が生まれました。だから多くの人が、そのタイミングで生命保険を見直されると思うんですよね。ただ、残したいのはお金だけじゃなくて、気持ちもそうです。自分が抱えている感情を伝えられないまま、ある日ぽっくり死んじゃったら耐えられない。「気持ちをかける保険」として作ったのがシカケテガミです。
【濱本智己】面と向かって言うのは恥ずかしいけど、手紙もやっぱり恥ずかしい。僕はLINEのスタンプや絵文字をすごく重宝していて、ぶっきらぼうなことを言っても、スタンプを一緒に送ればそこにニュアンスが生まれますよね。実際の会話でも表情から受け取るものってすごく多い。でも手紙は言葉だけだから、よくも悪くも生々しい。そこでビジュアルとテキストからなる絵本なら、絶妙なニュアンスを込めたり、恥ずかしさをごまかしたりできるのではないかと考えました。
――たしかに手紙は少し重い感じになりがちですよね。
【濱本智己】これだけメッセージツールやチャットツールが浸透した時代において、あらたまって筆をとるのってすごく恥ずかしい。だから手紙をリデザインすることでそのハードルを越えよう、というのがシカケテガミです。そして手紙自体がギフトにもなる。僕は広告代理店時代からコミュニケーションの仕事をずっとしているので、古くからある手紙にすごく可能性を感じました。
【濱本智己】もともとは、自分がほしくて作ったサービスです。でも蓋を開けてみると、そのサービスを使ったたくさんの人から感謝していただき、コミュニケーションツールとしての手紙ってすごいんだなと実感しました。
寄せ書きの課題に着目
――シカケテガミとRETTELの違いは?
【濱本智己】シカケテガミは家族やパートナーなど、身近にいる大切な存在との1対1のコミュニケーションを対象にしたレターギフトです。一方でRETTELは、複数名から誰かに贈るn対1のコミュニケーションを対象にしています。寄せ書きの代替になるようなサービスとして開発しました。
【濱本智己】みなさんがそうではないですが、寄せ書きって内容よりもやることに意味があって、どこか儀式のようになっている面があります。本来であれば、お世話になった方に対する感謝の気持ちや、今まで伝えられなかったことを伝えることが目的だと思うのですが、本来の目的からブレてしまっているところがある。その課題を見据えたものがRETTELというサービスです。
――シカゲテガミ、RETTELそれぞれの利用シーンを教えてください。
【濱本智己】パートナーに向けたシカケテガミは、ブライダルシーンの利用が多いです。プロポーズのときや、結婚式当日にお互いの晴れ姿を初めて見せ合うファーストミート、結婚1年目の紙婚式、結婚10周年などの節目で贈られる方もいらっしゃいます。また、カップルで、誕生日や付き合った記念日に贈る方もいらっしゃいますね。親から子どもへのシカケテガミは、ハーフ成人式や卒園式、卒業式が多いです。
【濱本智己】RETTELは基本的に寄せ書きに代わるようなものを想定しているので、転職、退職、異動、産休などのタイミングで贈られることが多いですね。学生の方が卒業するときにクラスのみんなで先生に対して贈ったり、卒園式で保護者の方と子どもから先生に贈ったりという方もいます。僕自身は、自分の父親の長寿祝いで、孫も含めて家族みんなから贈りました。
――一方で、シカゲテガミ、RETTELともに利用シーンが限定されるのではないかとも思います。事業展開としての構想を教えていただけますか。
【濱本智己】それはすごく切実な問題で、特にシカケテガミは宝物になるプレゼントだけど、どうしてもワンショットになりがちです。リピートされにくいなかで、ビジネスとしてどう伸ばしていくかを考えると、より多くの人に使ってもらわなくてはいけません。
【濱本智己】母数を増やすために考えているのが海外展開です。シカケテガミは日本人気質の僕が、日本人のために作ったサービスですが、日本語がわかる海外の方が利用してくださることもあります。単純にサプライズの新しい形として興味を持ってくださっているのかもしれませんが、海外でも受け入れられる素地はあると思います。
【濱本智己】RETTELは「寄せ書きを贈るタイミング」と考えると、比較的リピートしやすいサービスです。シカケテガミから始まり、リピートしていただけるポテンシャルのあるものとして開発したという背景もあります。
――RETTELをリリースするまでに苦労したことはありますか?
【濱本智己】苦労ばっかりしてますね(笑)。強いて挙げるなら、似顔絵アバターです。RETTELは、寄せ書きが儀式化してしまっているという課題をクリアするために開発をしました。だから贈る側も楽しめるサービスにすることは、すごく大事にしていました。エンターテインメント性を盛り込むために取り入れたのが似顔絵アバターです。
【濱本智己】きれいに仕上がったアバターが載っていても、ちょっとリアクションしづらいじゃないですか。だから誇張しすぎた似顔絵アバターを作って、笑いに変えるというのを想定したとき、アクや癖みたいなものが必要です。そういうタッチの作家さんにお願いして、パーツを一つひとつ描いてもらっていました。全部で1兆通りを超えるくらいの組み合わせがあるんですけど、できるだけ違和感が生まれないように調整していくのは、すごく骨の折れる仕事でした。
「後悔を減らす」ために
――今まで濱本さんがレターギフトを贈ったなかで、特に印象に残っているものは?
【濱本智己】最初に作ったシカケテガミは、男性から女性に向けたものでした。“シリアルナンバー1番”を妻に贈ったのですが、僕はシカケテガミを渡すのも恥ずかしくて、旅行先で娘に「ママに読んでもらって」と言って渡しました。見た目は普通の本だけど、帯の文章を見た妻が「ん?」となって、そして開いたら中身が手紙になっていて驚いていました。まさに自分が想像していた反応そのもの。そのあと黙って読んでいましたが、泣いてくれたみたいですね。
【濱本智己】娘には幼稚園を卒園するタイミングで贈りました。自分が主人公の絵本ということで、とても喜んでいましたね。親から子どもに贈るシカケテガミは、タイムカプセル型の絵本というコンセプト。最後に自由形式でメッセージを入れて、シールで隠すことができるんです。帯には「壁にぶつかった時、ひらいてください。」「未来のキミは元気ですか?」といった文字を入れていて、大きくなったときの子どもに「これ、何だっけ?」と思わせるようにしています。
【濱本智己】8歳の娘はまだシールをはがせてはいませんが、たとえば娘が家を出るようなタイミングで、クローゼットにしまってあるのを見つけて、あらためて読み返したときにシールの存在に気づいて、そこで本当の目的を達する…というようなことをイメージしながら作りました。
――今後の中長期的な展望について教えてください。
【濱本智己】レッテルはアバターを生み出すことができ、ある種のキャラクタービジネスでもあります。たとえば送別会のときに、みんなで似顔絵アバターを印刷したTシャツを着たりすることもできますよね。作成したアバターを使用したグッズが制作できるサービスは、現在準備を進めており、近い将来リリースを予定しています。
――シカゲテガミ、RETTELで実現したいビジョンは?
【濱本智己】会社として「後悔を減らす」というミッションを掲げています。後悔ってなくなりはしないけど、伝える機会を逸してしまったがゆえに後悔しているケースはすごく多い。レターギフトを使った人から感謝の声が届いて思うのは、この事業の本当の価値は、世の中から一部かもしれないけれど、後悔の総量を減らすことにつながっているということです。
【濱本智己】いろいろな話ができなかったがゆえに、コミュニケーションが断絶されてしまったということもあるでしょう。それは家族かもしれないし、退職してからコミュニケーションが断絶されてしまった同僚かもしれない。それを解消する力が、手紙にはあるんだろうなと思っています。
「何のために働くのか」を考える
――これまでのキャリアについて教えてください。広告代理店には長く勤めていたのでしょうか。
【濱本智己】最初は外資系のコンサルティング会社に入社して、社会人4年目くらいのときに広告代理店に移ってから、15年以上広告業界で働いていました。
――起業にあたって取り組んだことや、起業を心がける人に向けてアドバイスはありますか?
【濱本智己】ありきたりな回答ですが、起業というのは目的ではなく、あくまで手段だということです。目的もなく「起業したい」と言っている人がいたら、たぶんそれは形にならないと思います。働くことは人生において切り離せない要素です。だからこそ何のために働くのかというのを、すごく真面目に考える必要があると思います。
【濱本智己】それがお金持ちになりたいとかでも別にいい。正しい、正しくないということはなくて、自分自身がいかに納得できるか、それで奮い立つのかというのが大事。少なくとも僕はけっこう考えていたし、それがないと起業には至らないような気がします。
――人生のうちけっこうな時間を仕事に割いていると考えると、“しっかり向き合った者勝ち”な部分がありますよね。
【濱本智己】昔からライフワークってなんだろうと、ずっと考えてきました。曖昧な言葉に自分が納得できる定義づけすることを大事にしていて、究極の公私混同こそライフワークだと思い至りました。レターギフトは、究極的には家族のために作ったサービスなんです。それがライスワークにもなるって、なんて素晴らしいことだろうと思いました。そして、このサービスを使うことで幸せを感じて、感謝してくれる人が何万人も出てきた。究極の公私混同ですが、自分が欲しいものは、ほかの多くの人も必要としているのだと感じました。
――会社員として仕事をしていたときと現在で変わったことは?
【濱本智己】苦労の質が変わりましたね。起業してからの苦労は、簡単にいうと自己実現のための苦労。雇われていたときは、人に認められるための苦労が多かったように思います。起業はよくも悪くも自由を手にします。自分が何をやるのかは自由だけど、何か起きても全部自分の責任。会社員のころは「あいつがあんなこと言うからだ」「わからないやつだ」とか、人のせいにしていた部分もありました。そういう意味での自由を楽しめないと、起業はできないと思います。
「幸せ」に必要なこと
――濱本さんの仕事観について教えてください。仕事で大切にしていること、リーダーとして大切にしていることは?
【濱本智己】レターギフトというサービスをするうえで大事にしているのは、幸せは自分ひとりでは手に入れることができないということです。かなり前にブータンの首相が「喜びは刹那的なものだけど、幸せはもっと継続的なものだ」という意味のことを言っているのをテレビで見ました。そのときは雷に打たれたような感覚でした。物を買って一時的に心が充足することはありますが、1週間もするとその充足感はなくなっています。
【濱本智己】幸せはおそらくひとりでは手に入らないもの。誰かを幸せにできたという感覚こそが、幸せの正体だと思いました。幸せという言葉を仕事上で使うと偽善的に聞こえるかもしれませんが、仕事を通して自分たちが幸せを得るためには、誰かの幸せにコミットすることが必要なんです。
【濱本智己】僕はそんなに大層な人間ではないので、リーダーとしてはあまり考えたことはありませんが、強いていうなら自分らしさを曲げないということです。たとえば、答えのあるもの、ないものも含めてすぐに調べてしまったり、流行りに乗っかったりしていると、いつの間にか本来の自分を見失うことがあります。
【濱本智己】広告代理店時代に、僕はSNSが面倒で途中でやめてしまったのですが、部下に「代理店に勤めてるんだからSNSぐらいやってください」と言われました。それがどうしても腑に落ちなくて。SNSをやっている人の気持ちをわかろうとするより、やりたくないと思っている自分が、なぜやりたくないのかを知ることのほうが、よっぽど価値があると思いました。
【濱本智己】知識と知恵は似て非なるもので、知識はインプットだけど、知恵は中からひねり出してアウトプットするもの。自分の原体験からくる知恵みたいなものを、アイデアを生み出すうえではすごく重要視しています。それに共感してサポートしてくれる人、協力してくれる人、慕ってくれる人もいるので、自分らしさを見失わないことはリーダーとして大事だという気はしますね。
――最後に濱本さんの野望を教えてください。
【濱本智己】この世界から後悔をなくすためには、今あるシカゲテガミやRETTELでは網羅できていないところがまだまだあります。たとえば僕は、自分の祖父母が亡くなったあとに、金銭的な部分で親族間にいざこざがあり、結果的に関係が疎遠になってしまうのを目の当たりにしました。きっと祖父母はそんなことは全く望んでいなかったでしょう。でも死ぬタイミングって誰にもわかりません。「きっと伝えたいことがあっただろうな」と思いました。それをどのような形で解消していくのかはまだ画策している段階ですが、これからも後悔を減らすために、できることを追求していきたいですね。
【濱本智己】昔はスケールの大きな仕事がかっこいいと思っていたし、スケールは価値に比例すると思っていました。でも今は目の前の誰かの顔が見えて、実際に誰かから感謝してもらえたり、誰かの感動が見えたりすることのほうが価値があると感じています。今自分が見えている範囲の後悔を減らして、その一つひとつが積もった先に、後悔を減らすことに貢献できたと思える日が来るのかもしれません。
取材=浅野祐介、文=伊藤めぐみ、撮影=樋口涼
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