是枝裕和監督、初のサスペンスはリサーチの積み重ねで生まれた「リアリティの追求」
関西ウォーカー
2013年公開の「そして父になる」以来となる福山雅治と是枝裕和監督の再ダックが実現した「三度目の殺人」は、是枝監督が近年撮り続けてきたホームドラマから一転、法廷を舞台にした心理サスペンスに仕上がった。本作で描かれているのは「法廷は真実を解明する場ではない」という現実。これまでの作品と180度違う物語の着想から、リアリティを追求するために行った模擬裁判などリサーチの裏話などについて話を聞いた。
物語は二度目の殺人から始まる。勝ちにこだわる弁護士・重盛(福山雅治)は、ある事件の容疑で起訴されている三隅(役所広司)の弁護を担当することに。三隅は犯行を自供し死刑は免れない状態だが、面会を重ねるたびに供述が二転三転する。これまで真実には興味がなかった重盛だったが、はじめて真実を知りたいと事件を追い始める。是枝監督自身が脚本を手掛けたオリジナル作品。弁護士・重盛を福山雅治、そして犯人の男・三隅を是枝組初参加の役所広司が演じる。
かねてから法廷劇に挑戦したいと考えていた是枝監督は「海街diary」公開直後に本作の脚本を書き始めた。物語の着想について掘り下げると、本作のベースともいえるプロットを2009年に手掛けていたと明かす。それは犯罪を繰り返してしまう男の物語。「金銭目的で殺人を犯した男が出所して、また殺人を犯してしまう。二度目の殺人だから死刑ですが、二度目の動機は『愛』だったという話。一度目はケダモノが、2度目は人間が殺したっていうシナリオに『三度目の殺人』ってタイトルをつけて書こうと思ったけど、できなくて寝かせてました。今回、弁護士の話を書こうと思ったとき、あのときの殺人犯とぶつけてみようかなって思ったんです」
是枝監督が本作で描いているのは「法廷は真実を解明する場ではない」という現実。しかし、世間では「法廷=正義」という漠然なイメージがあるようにも思える。是枝監督は「そして父になる」で法律監修を担当した弁護士たちと話をしたとき、ある言葉に衝撃を受けたと明かす。「『真実が追求する場が地裁から高裁に』というレポートに違和感があるって一人の弁護士さんが言ったときに、もう一人の弁護士さんも『法廷は真実を究明する場ではない』って言ったんです。『何する場所なんですか?』って聞いたら、『利害調整です』って。身も蓋もないような現実的な言葉に衝撃を受けたと同時に誠実だな、とも思ったんですよね」
法廷が真実を追求する場なら、黙秘権なんてあるはずがない。是枝監督は弁護士から受けた言葉に納得するのと同時に、世間のイメージとはズレがあることに着目した。「一般的には法廷は正義が実現され真実が明らかになる場所だと思っている人が多いはず。現実と世間のイメージにズレがあることがおもしろいと思った。法廷を利害調整の場所だと思っていた弁護士が真実を知りたくなる、という話をやってみようとプロットを書き始めました」
物語の序盤、重盛は三隅の死刑を回避しようと強盗殺人ではないことを立証しようとする。それは殺人及び窃盗の方が強盗殺人より刑が軽いから。殺人の目的によって罪の重さが変わるという現実を本作ではしっかり描く。これは、脚本段階で行ったヒヤリングの影響が大きいと是枝監督は話す。「強盗殺人になると死刑が確定するので、罪状認否で強盗を外さないと戦えないって弁護士から繰り返し言われて。僕は動機ばかりを考えていましたが、どの段階で財布を取ろうと思ったのかが一番大事って言われたときに、普段自分が物事を情緒的にしか考えていなかったことに気づかされました。それが新しい発見となり、財布の設定はこうする、じゃあその次は何に注目する?というヒヤリングの連続で脚本が成り立っています」
リサーチに約1年。本物の弁護士が参加した模擬裁判と模擬接見も実施。「6月にプロット、10月に7人の弁護士を弁護側2人、検察2人、裁判官2人、犯人1人に振り分けてチームを作ったんです。最初の模擬接見前にはヤメ検(検事の仕事をやめた弁護士)の人に起訴状を書いてもらって、その起訴状を手に弁護士が被告人に会うところからスタート。それを撮影して文字起こしして脚本に取り入れ、7月と8月で模擬裁判で罪状認否と最終弁論をやって。そこから脚本の手直しをしました。7人もの弁護士が協力してくれたので、相当濃密なリサーチになりました」
模擬接見中、是枝監督は犯人役に本作のストーリーにも出てくる、ある指示を出す。リアルな模擬接見を通じて、弁護士の表情や言動を是枝監督がすくい取る。「犯人役の人に突然奥さんに頼まれたって言うようにお願いしました。こういうメールが残っているからって。犯人役からそれを聞いた弁護側が『なんで前に言わなかったの‼︎』って本気なリアクションが返ってきて。その後、弁護士事務所に帰ってきたという想定で話をしてくださいってお願いしたら、かなり生々しい会話になって(笑)そこに着目するのかって思って脚本に反映しました」
実際の裁判などに出向くなどリサーチを重ねた是枝監督。いくつかのリサーチの中でも印象的だったのが、弁護士事務所の密着取材だと明かす。相談者の許可を取った上で弁護士の打ち合わせに同席。離婚調停の相談で訪れた女性が旦那の浮気の証拠を弁護士に見せる場面にも立ち会ったと話す。「かなり貴重な体験でした。そこで弁護士ってこういうやり方をするのかっていうのがわかってきて。離婚調停のほか遺産相続の相談にも同席させてもらったんですが、今回の話には反映できなかったのでまた別の作品で(笑)」
企画段階から重盛は福山に演じてほしいと希望した是枝監督は、当て書きで脚本を書き始めた。「そして父になる」で演じた役柄とは違い、「犯人に共感も理解も必要ない」と言い切るクールな弁護士を見事に演じている。俳優として全幅の信頼を寄せる福山のある姿を見たかったと是枝監督は話す。「重盛を通して人間的に崩壊していく様を撮りたかったんです(笑)福山さんをどういじめるかを考えながら撮影していました」
三隅を演じた役所は是枝組初参加。善人にも極悪人にもみえる謎めいた三隅を演じることのできるのは役所しかいないとオファー。「もともとバケモノだと思ってましたけど、本当のバケモノでした。脚本の理解力が僕より高く、読み込みが深い。だから自分が書いた脚本のいい加減さがバレる。脚本のこのト書きがこの演技になったのかと驚かされる毎日で、芝居に釘付けになって一時も気が抜けませんでしたね」
福山と役所が対峙する接見シーンは本作の見どころ。是枝監督も緊張感のある良いシーンが撮れたと、撮影中から確かな手応えを感じていた。それは現場スタッフと俳優も感じていたと振り返った。「接見シーンは重たいシーンなんですが演じきった2人はどこか清々しい感じで、演じる側も撮る側も気持ちのいい感じでした。撮影するたびにそういう状態が続いていました。スタッフにも伝わってましたから、すごいものを見たと。この2人の演技を大きなスクリーンで観ていただけることは、映画を撮った側としては嬉しく思います」
【関西ウォーカー編集部/山根 翼】
山根翼
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