オダギリジョーが主演とプロデューサーを務めた映画『夏の砂の上』喪失感を抱える主人公が、17歳の姪との共同生活の中で再生していく姿に心を揺さぶられる
東京ウォーカー(全国版)
2025年7月4日より全国公開された『夏の砂の上』は、『美しい夏キリシマ』の脚本などで知られる松田正隆さんによる同名戯曲を映画化した作品。公開前に試写で観た本作の感想を紹介(以下、ネタバレを含みます)。

【ストーリー】
雨が一滴も降らない、からからに乾いた夏の長崎。幼い息子を亡くした喪失感から、幽霊のように坂の多い街を漂う小浦治(オダギリジョー)。
治は妻の恵子(松たか子)と別居中。この狭い町では、元同僚の陣野(森山直太朗)と恵子の関係に気づかないふりをするのも難しい。
働いていた造船所が潰れてから、新しい職に就く気にもならずふらふらしている治の前に、妹・阿佐子(満島ひかり)が17歳の娘・優子(髙石あかり)を連れて訪ねてくる。
おいしい儲け話にのせられた阿佐子は、一人で博多の男の元へ行くと言い、しばらく優子を預かってくれと治に頼むのだった。
こうして治と姪の優子との同居生活がスタート。高校へ行かずにアルバイトを始めた優子は、そこで働く先輩の立山(高橋文哉)と親しくなる。
懸命に父親代わりをつとめようとする治との生活に馴染んできたある日、優子は家を訪れた恵子が治と言い争いをする現場に鉢合わせてしまう…。

「贅沢な気分を味わえる」オダギリジョー×期待の若手・髙石あかりの繊細な演技
本作の監督を務めたのは、渡辺大知さん主演&奈緒さん共演の『僕の好きな女の子』(2019年)、三浦透子さん主演の『そばかす』(2022年)の玉田真也さん。
『美しい夏キリシマ』の脚本などで知られる松田正隆さんによる同名戯曲を映画化した本作で主演と共同プロデューサーを務めたのは、俳優としてだけでなく自身も映画監督として『ある船頭の話』(2019年)や『THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE』(2025年9月26日公開)などを撮り、日本の映画界を牽引し続けているオダギリジョーさん。
オダギリさんが演じたのは、幼い息子を亡くした喪失感から人生の時間が止まってしまった主人公・治。働いていた造船所が潰れてから働かずにフラフラとした日々を送り、一見つかみどころのない感じに見えるが、優子のことを心配する叔父らしい一面もあり興味深い人物だ。
元同僚と飲んでいる最中に、恵子と深い関係になったと思われる陣野と言い合いになるものの、だからと言って恵子を取り戻しに行くことはしない治の複雑な心情を、オダギリさんは繊細に表現している。

治の姪・優子を演じるのは、映画『ベイビーわるきゅーれ』シリーズやドラマ『御上先生』などで話題を集め、2025年度後期に放送予定の連続テレビ小説『ばけばけ』の主演に抜擢された注目の若手俳優・髙石あかりさん。
『ベイビーわるきゅーれ』で女子高生の殺し屋を演じて一躍脚光を浴びた髙石さんは、映画『遺書、公開』やドラマ『御上先生』など同世代が多く出演する作品の中でも圧倒的な存在感を放っていた。
これまでは感情を表に出すような激しいキャラクターを演じることが多かったように思うが、本作の優子は父親の愛を知らずに育ち、あまり他人に心を開かない性格のせいか静かな演技が印象に残った。
アルバイト先で出会った立山とは仲を深めていくが、優子が彼のことを本当に好きなのかどうかはよくわからず、いつも冷めた目をしている。危うさとミステリアスな雰囲気が魅力的な難しいタイプの役柄を見事に演じ切っていた。

治の妹・阿佐子役の満島ひかりさん、治の妻・恵子役の松たか子さんという大先輩たちを相手に堂々と優子を演じた髙石さん。鑑賞後に拍手を送りたくなるほど彼女の演技に引き込まれた。
そんな髙石さんとオダギリさんが演じる叔父と姪っ子なのだから観客を惹きつけないわけがない。最初は治の言うことを聞かない優子だが、治が子どもを亡くしたことや治と恵子の複雑な関係を知ってからは少しずつ心を開いていく。
大きな事件が起こるでもなく、治と優子の日常が淡々と描かれる作品だが、目を離したら消えてしまいそうな治と優子が時に本気でぶつかり、時に心を通わせるシーンはどれも“贅沢な気分が味わえる最高の演技だな”と感じた。

長崎の街の風景や雨のシーンなどの美しい映像が深い余韻を残す
本作で印象的だったのが坂の多い長崎の街の風景と雨のシーン。オダギリさんはインタビューで『あの坂道を登っていかないと、家にたどり着かないところがとっても現実的ですよね。治が坂道を登るシーンは、人生の苦しさや美しさを視覚的にも表現しているように感じました』と語っていた。
その言葉のとおり、治が坂道を登るシーンはどれも見ていて心が苦しくなった。気力のない治はどんな気持ちであの坂道を登り家に帰っていたのだろう…。そんな風に想像力を掻き立てられるのも本作の魅力である。
また、雨が降らない日が続いていた長崎の街に大雨が降ってくるシーンでは、治と優子が“雨を飲むシーン”がある。いつもは落ち着いた様子の二人がずぶ濡れになって大はしゃぎする姿が美しく、鑑賞後もしばらくこのシーンの余韻が消えなかった。
豪華キャストたちの魅力的な演技と、美しく印象深いシーンが満載の本作。ぜひ劇場の大きなスクリーンで堪能してもらいたい。


文=奥村百恵
(C) 2025映画『夏の砂の上』製作委員会
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