成田悠輔「希望も持てるが、絶望も持てる」AI時代。ノーベル財団理事長と語り合う「科学の未来」
東京ウォーカー(全国版)
Sports Doctors Networkが今年6月に東京大学安田講堂で開催した、世界的なスポーツチームのヘッドドクターや医療・スポーツ・食の専門家を集めたカンファレンス「Sports Doctors Network Conference 2025 in TOKYO -最先端スポーツ医療を、すべての人へ-」。「Sports Doctors Networkとは 癌と食 未来をどう設計するか」と題した講演では、食や健康に留まらず、急速に進歩する科学が社会に対してどう作用するかについて、経済学者・データ科学者の成田悠輔さんと、ノーベル財団の理事長で分子生物学者のカール-ヘンリク・ヘルディンさんによって語られた。

AI・深層学習の躍進の裏で広がる「科学の危機」
講演の前半では、Sports Doctors Networkのあらましや展望、ヘルディンさんが携わるノーベル賞の重要性や、がんにまつわるトピックスが語られた。後半では、科学の分野が社会に今後与える影響について、Sports Doctors Network COOの山田早輝子さんからヘルディンさんと成田さんそれぞれに問いかけられた。
ヘルディンさんは「とにかくいろいろなことが非常に速いスピードで変わってきています。たとえばAIやマシンラーニング(機械学習)がそうでしょう。本当に非常に速いスピードで開発されていて、継続的に使えば素晴らしいツールになるかもしれません」と、医学の分野におけるAIや深層学習が担う役割について語った。
「AIの場合ですと24時間疲れることもなく、ずっと働き続けます。ですので、たとえばX線の画像の解釈や解析といったところは、ベテランのドクターよりもマシンラーニングがよかったりします」
「創薬においても、薬物のターゲットを探すまでには、非常に多くのフェーズがあるんです。それをより効率よくすることにAIを活用できます。AIを使うことで薬の設計もより精度を高められますし、それからタンパク質の研究ではAlphaFoldといったタンパク質の構造を予測するディープラーニングシステムを使うことができます。ですので、AIを使うことで薬が治療に使えるようになるまでの時間がどんどん効率化されていくと考えています」
一方、成田さんは「今、歴史上稀に見る科学の危機の時代だと思う」と、社会と科学との関係において必ずしも希望だけがあるのではないと指摘する。
「というのは、一番の科学大国であると言われていたアメリカという国が、科学嫌悪と反科学主義に乗っ取られてしまったような状態じゃないですか。科学的であろうとすることが、もはや犯罪であるかのような空気感さえ漂い始めていて、実際にそれで職を失う人も生まれるみたいな状態になってるわけですよね。アメリカだけの現象ではなくて、日本やほかの国を見ても、新しいワクチンや薬が開発されたとなると、途端に陰謀論まがいのとんでもないことにあっという間になる現象がずっとあるわけです。気づいたら、科学的な態度を維持することがとても難しい時代になってしまった。なので、絶望することはとても簡単なんじゃないかと思うんですね」

そうした悲観的な状況に対して、「ただ、希望を与えてくれるのは長い目で見た過去の歴史なのかなと思うんです」と成田さんは続ける。
「科学の人類への貢献というのは常に脅威にさらされてきたと思うんです。100年前を見ればナチスドイツみたいなものが科学者を糾弾するみたいなことはあったし、それ以外にも知識人や研究者、学者みたいな人たちが糾弾されるというのは、ずっとポピュリスト政治によって行われてきて、そのたびに危機に見舞われてきた。ただ、この数百年の歴史を見てみれば、その中でも人類はすごく順調に、より健康に、より幸福になってきたんじゃないかと思うんですよ。健康寿命を見てもどんどんと伸びてきたし、幼児死亡率もどんどんと落ちてきた。健康だけではなくて治安を見ても、衛生を見ても、犯罪率を見ても、ほぼあらゆる指標で信じられないぐらいの改善を人類はちゃんと成し遂げられてきたんだと思うんですよ」
「それの多くの部分というのが科学とか技術によって作り出されてきたということは、疑いようのない事実なんじゃないかと思うんです。ナチスドイツがあろうと、毛沢東政権があろうと戦えてきたということを考えると、トランプ政権ぐらい大丈夫なんじゃないかと」
成田さんの発言にヘルディンさんも「今おっしゃったことは非常に重要だと思います。非常に破壊的な政策をトランプ政権がとっているということを、私は非常に心配しています。科学の発展において、大きなモーターを失ってしまうということになるのではないかと。人々のレベルで見ると、なぜ事実ではなく明らかな嘘を信じようとするのか、これを深刻に考えるべきだと思いますし、またそれを理解をして反論し、科学的な事実を信じてもらうようにすることが必要だと思います」と同調した。
“希望も持てるが、絶望も持てる”AI時代にどう挑むか
また、成田さんはヘルディンさんが挙げたAIのポジティブな側面だけでなく、ネガティブな部分にも言及した。
「AIによって人間の認知が操作されて、それが科学を脅かすって可能性もとてもあると思うんですよ。反科学主義や陰謀論みたいな話がソーシャルメディアで盛り上がる背景には、その人間のコミュニケーションを操作しているAIたちの存在があるわけですよね」
「誰でも簡単にAIクローンを作れる、AIクローンに詐欺をさせることができる。私たち人間はそれを見分けることができないみたいな状態じゃないですか。そうなると、信頼できる言説や情報と、そうでないものを区別することができなくなっていくと思うんです。それは図らずも、科学的なものとそうでないものっていうのを区別することが難しくなっていく。そういう意味で、科学がますます脅かされる。その危険性をAIや機械学習が強めてしまう可能性もあるのかなという意味で、AI的なものはとても諸刃の剣だなと思っているところ。“希望も持てるが、絶望も持てる”という感じです」
ヘルディンさんは「SNSを通して世界中に広がるスピードも問題だと思います。悪いニュースやスキャンダルは真実、事実よりも6倍早く広まります」と話し、「どのようにソーシャルメディアに対応するのか、どのように建設的に使うのか、学ぶ必要があると思います。いかに正しい情報、事実、科学的知見を、スキャンダルや陰謀論と同じぐらいの速さで広めるかということが重要だと思います」と見解を述べた。
最後に成田さんは「今日の(カンファレンスの)テーマは、健康とか医療とか食みたいなすべての人に関わるものじゃないですか。そのわりには、出てくる人がすごい人すぎるなっていう印象を受けたんですよ」と、同イベントに対しても鋭く指摘した。
「科学の危機、言論の危機、民主主義の危機が生まれている一つの大きな背景というのは、要はエリートたち、権力や資本を持っている一部の選民たちがいい思いをしすぎてることへの庶民の反乱だと考えたときに、今日の会があまりにも選民思想っぽい感じが漂っちゃって、ひとつ怖いなと思った点ですね」
そして「今の社会全体とそれをつなぐためには、もっと怪しげな人たちを導入することが大事なのかなと思う」と提言。「食や健康についてもフェイクニュースを撒き散らしている人たちもたくさんいらっしゃるじゃないですか。そういう人たちもどんどん巻き込んで、わけのわからないプロレスとかをやってもいいんじゃないかな。(本イベントの会場となった)東大から出禁を食らうぐらいが、理想的なあり方なんじゃないかなと思った次第です」と、情報を狭い世界に留めない姿勢の重要性を示した。
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