1300年の奇跡が動き出す。『正倉院 THE SHOW-感じる。いま、ここにある奇跡-』東京展に行きまSHOW
東京ウォーカー(全国版)
奈良・東大寺大仏殿の北に佇む正倉院は、“奇跡の宝庫”と呼ばれる特別な施設だ。9000件を超える宝物を1300年もの間守り伝えてきたその存在は、世界でも類を見ない文化財の宝庫である。内部には、天平文化の精華を示す工芸品や織物、古代の人々の祈りや暮らしを映し出す道具の数々が眠っている。漆と螺鈿で彩られた琵琶、そして織田信長や足利将軍が憧れ切り取ったと伝わる香木「蘭奢待(らんじゃたい)」。名前を聞くだけで心を惹きつけられる宝物たちが、古代からの時を超え、今もなお輝きを放ち続けている。
その奇跡を、最新の技術と現代アートの力で体感できる展覧会『正倉院 THE SHOW-感じる。いま、ここにある奇跡-』。ただ展示を見るだけでなく、光や香りに包まれ、全身で物語に入り込むような体験が待っている。
再現模造が呼び覚ます1300年の輝き
正倉院の宝物は繊細すぎるがゆえに、現物を公開できるのは奈良国立博物館で開催される正倉院展で年にわずか十数日。だからこそ、再現模造が大きな意味を持つ。再現模造とは、現物の宝物を精密に調査し、同じ素材や伝統的な技法を用いて当時の姿を忠実に作り直したもの。展示の中心となる重要な要素であり、失われかけた古代の美を今によみがえらせる試みだ。
「螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)」は、漆黒の木地にきらめく螺鈿が当時の姿そのままによみがえり、見る者を天平の響きへと導く。欠けた帯の断片も、再現模造によって本来の美しさを取り戻し、1300年前の華やぎを現代に届けてくれる。研究と職人の技の結晶が、途絶えた時間を確かに呼び戻すのだ。
正倉院宝物が動き出す!量子ドット巨大スクリーン体験
会場に足を踏み入れると、まず目の前に現れるのは幅20メートル、高さ約4メートルの巨大スクリーン。その映像には、3Dデジタルスキャンで克明に記録された正倉院宝物の姿が映し出される。「螺鈿紫檀五絃琵琶」の光沢、「漆胡瓶(しっこへい)」の異国情緒あふれるフォルムが拡大され、細部の質感まで鮮やかに浮かび上がる。光が当たるたび反射が揺らめき、視線の角度によって印象が変わり、まるで宝物の内側に入り込んだかのような没入感を味わえる。
さらに今回は、ノーベル化学賞で注目された量子ドット技術を応用した最新スクリーン「Immersive Magic Wall」を国内の展覧会として初導入。微細な粒子が色彩を精緻に再現し、装飾や素材の質感までもリアルに映し出す。螺鈿のひと粒ひと粒がきらめき、宝物が放つ生命感をまざまざと感じられる体験は、見る者を時空を超えた旅へと誘う。
幻の香木「蘭奢待」の香りが、1000年の時を超えてよみがえる
正倉院宝物の中でも伝説的な存在が「蘭奢待」だ。東大寺正倉院の奥深くに守られてきたこの香木は、名前の漢字の中に「東大寺」の文字を忍ばせ、権力者にしか手が届かない象徴とされてきた。足利義政や織田信長、さらには明治天皇までもがその一部を切り取ったと伝わり、1000年以上にわたり歴史を動かしてきた“幻の香木”である。
これまでその香りに触れられた人はごく限られていたが、今回、科学と調香師の技術によって現代によみがえった。深みのある香りがゆるやかに広がり、甘美さと神秘的な重厚さが溶け合う。鼻腔に届いた瞬間、宮廷に漂っていた空気がよみがえり、時を超えた体験が訪れる。まさに会場でしか味わえない奇跡のひとときだ。
東京でしか出会えない奇跡の展示
東京会場では、さらに新しい仕掛けが待っている。聖武天皇が献納した際の目録「国家珍宝帳」が14メートルにわたり全紙原寸大で再現され、筆致の細部まで迫る迫力で展示される。また「墨絵弾弓」に描かれた天平の曲芸団96人のグラフィックも。玉乗りや綱渡りをする人物像が生き生きと描かれ、見る者に驚きを与える。会場を彩る「美のアベニュー」では、通路を包み込む文様が来場者を幻想的な空間へ導いてくれる。
研究者たちが語る宝物再現への熱き思い
開幕を前に行われた記者説明会では、研究者と関係者がそれぞれの立場から展覧会の意義を語った。宮内庁正倉院事務所所長の飯田剛彦さんは、9000件もの宝物が1300年守り伝えられてきた背景を説明しながら「宝物は脆弱であり、現物を公開できるのはごく限られた機会。だからこそ新しい形で魅力を体感できるよう工夫しました」と強調。正倉院を守る者としての責任感と同時に、多くの人に触れてほしいという願いを語った。
続いて登壇したTOPPANの岸上剛士さんは、3D計測や高精細撮影を駆使したデジタルアーカイブの取り組みを紹介し「肉眼では捉えられない細部や質感を忠実に再現しました。超高精細スクリーンに映し出される宝物の姿は、奇跡そのものです」と自信をにじませた。宮内庁正倉院事務所保存課長の中村力也さんは、再現模造や香りの再現について「蘭奢待は今もかすかに香るが、香りは少しずつ失われている。だからこそ現代の技術で成分を記録し、未来へ残す必要がある」と語り、1300年先を見据えた取り組みであることを強調した。そして高砂香料工業の鈴木隆さんは、蘭奢待の香りをどのように再現したかを解説。
「データだけでは再現できない。調香師が実際に香木を“聞香”し、嗅覚で捉えたイメージと分析データを組み合わせることで初めて香りが生まれた」と語った。長い歴史の中で人々を魅了してきた蘭奢待の香りを現代によみがえらせる、その挑戦の重みが会場に響いた。壇上に立つ彼らの言葉は、単なる説明を超え、正倉院宝物を未来につなごうとする熱意そのものだった。
現代アートが正倉院宝物に命を吹き込む
この展覧会は、古代の宝物と現代アートの出会いそのものが醍醐味だ。音楽、ファッション、写真、工芸が呼応し合い、宝物の姿を立体的に浮かび上がらせていく。音楽プロデューサー・ベーシストの亀田誠治さんは琵琶や尺八の音色にベースを絡ませ、天平の響きを現代のリズムに変えて会場を震わせる。デザイナー・アーティストの篠原ともえさんは宝物の文様を一つひとつ丁寧にトレースし、きらめくドレスへと仕立て上げ、歴史そのものを纏う感覚を演出。
写真家の瀧本幹也さんは細部を大胆に拡大した写真で迫り、質感や存在感を強烈に焼き付ける。陶芸家・絵付師の亀江道子さんは器に古代の物語を描き込み、見ているだけで温かさが伝わってくるような作品に仕上げている。表現が重なり合う瞬間、正倉院の美は息づき、過去と未来が鮮やかに交差する光景が目の前に広がる。
篠原ともえさん、漆胡瓶ドレスに込めた愛
内覧会には、デザイナー・アーティストの篠原ともえさんが登場した。「大らかな大地の流れであったり、時を超えた美意識というものを感じまして、この宝物を自分自身がファッションに昇華させたらどんな作品になるんだろう?というインスピレーションをいただいたのが、この漆胡瓶という宝物になります」と切り出し、そこから生まれた壮麗なドレスだと明かした。「3Dデータを3.5倍ぐらいの人の大きさのサイズに大きくしました。“感じる”が大きなテーマになっていますので、お客様に覗き込んで見てもらいたいという思いを伝えたいなと思って、チャレンジしています」と振り返る。
さらに「およそ400パーツあるんです。まず一つひとつ手作業で模様を書き取るトレースから始めて、真鍮をカットしていきました。そこから1300年の物語を表現したいという想いで、薬剤に浸して加工し、さらにニュアンスが欲しいときには火で炙るなどの工程を加えました。クラシックベルベットに一つひとつ手作業で施して、構想から約1年かけて完成したのがこのドレスです」と語り、図書館での資料集めやチーム編成を経て地道に作業を重ねてきた背景を明かした。
制作で特にこだわったのはフォルム。「このオリエンタルなフォルムはすごく独特な形であると思うんです。宮内庁正倉院事務所からいただいた貴重な3Dデータに基づいて、なるべく宝物そのままの形を残すことを大切にしました。3Dデータから衣装を作るのは初めてのチャレンジで、宝物を実際に覗き込んでいるような気持ちを体感していただけたらと想像しながら制作しました」と心境を述べた。
模様を拡大して覗き込むと、葉脈まで刻まれた草木や小さな昆虫が“つがい”で寄り添っていたという。「鹿も蝶も向かい合い、愛の気配を感じました。私は光明皇后と聖武天皇の愛の物語を連想して、心が震えたのを今でも鮮明に覚えています」と言葉を添え、「手仕事を通じて当時の職人の情熱に通じ合う感覚がありました」と胸の内を明かした。
このドレスの制作ドキュメント映像は東京会場で初公開されている。「構想から完成までのプロセスが凝縮されています。ぜひご覧ください」と来場者に呼びかけた。さらに東京会場から新設された「美のアベニュー」についても「宝物の中に入り込んだような感覚が味わえます」と笑顔で紹介し、撮影可能な会場について「ぜひシェアしてください」と促した。この日は仲間と共作した一点もののイヤリングやリング、ブレスレットを身につけて登場し、「宝物への敬意を装いで表現しました」と語り、非売品ながら来場者の目を引いた。
最後に来場者へのメッセージ。「この展覧会は正倉院宝物をアートとして体感できることが大きな特徴です。私自身も宮内庁正倉院事務所の本気度を感じました。この展覧会を通じて正倉院宝物の魅力、そして手仕事の感動や受け継がれてきた先人たちの熱い情熱を感じ取っていただけたらうれしいです。ぜひ宝物と目を合わせに来てください。『正倉院 THE SHOW』で会いましょう(SHOW)…」。思った以上に反応が薄かった報道陣に対し「ここ盛り上がるところなので!」と笑う篠原さん。そして、もう一度「『正倉院 THE SHOW』で、会い…ま…SHOW…いいです。大丈夫です」と呼びかけ、ややスベリ気味に会場を和ませた。
神谷浩史さんの声と限定グッズで楽しむ特別体験
会場では声優・神谷浩史さんがナビゲーターを務める音声ガイドを無料で楽しめる。温かな声に導かれて歩くひとときは、展示をより深く味わう鍵となるだろう。さらに東京会場限定の「蘭奢待香りカード」や、琵琶をかたどった「螺鈿紫檀五絃琵琶ぬいぐるみ」、オリジナルのパッケージに詰められた「レインボーラムネ」などに加え、篠原ともえさんと夫でアートディレクターの池澤樹さんが手がけたポストカードセットも販売されている。宝物のかけらを持ち帰るように楽しめるラインナップだ。
光に包まれ、香りを嗅ぎ、職人の技に触れ、現代アートと出会う『正倉院 THE SHOW-感じる。いま、ここにある奇跡-』は、1300年守られてきた宝物を、かつてない形で体感できる舞台だ。研究者の言葉とともに、その奇跡を全身で味わえる機会は、今だけしかない。
せっかくなので、最後に会場を後にする前に蘭奢待の香りを嗅いでみた。すると「この香りどこかで…」と、ふと感じた。そう、あの京都土産の和菓子の風味が…。宝物の香りが気になった人は、ぜひ会場で実際に確かめてみて。
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取材・文・撮影=北村康行
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