国産盲導犬第1号を育成した「アイメイト協会」70年の歩み。人と犬が支え合うやさしい社会を目指して

東京ウォーカー(全国版)

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日本で最も長い歴史を持つ盲導犬育成団体「公益財団法人アイメイト協会」。その歩みの背景には、視覚障害者と犬が築いてきた70年にわたる信頼の物語がある。創設以来、互いを思いやり支え合う“ともに歩く”関係を大切にしながら、多くのペアを社会へ送り出してきた。今回は、協会・事務局の和田さんと歩行指導員の野島さんに、アイメイトの育成や訓練、そして見学会を通じた社会への啓発活動について伺ってきた。

アイメイト協会の和田優海さん(右)と、同協会の歩行指導員・野島玲子さん(左)【撮影=三佐和隆士】


協会の成り立ちと歩み

――まずは、アイメイト協会の成り立ちについて教えていただけますか?
【和田さん】当協会は「盲導犬の父」と呼ばれる塩屋賢一が創設した、日本で最も歴史と実績のある盲導犬育成団体です。塩屋は、自らアイマスクをつけて見えない状態で生活し、愛犬アスターとともに試行錯誤を繰り返して、1949年に盲導犬の訓練方法を確立しました。

アイメイト協会の創設者・塩屋賢一さんと愛犬のアスター【提供=公益財団法人アイメイト協会】


――ご自身の体験から方法を生み出されたんですね。
【和田さん】そうなんです。そして1957年、国産盲導犬第一号「チャンピイ」と使用者の河相洌さんのペアが誕生しました。それから68年にわたり、1478組の視覚障害者の方とアイメイトがペアを組んで卒業しています。

河相洌さんとチャンピイの歩行訓練を、傍で見守る塩屋さん(左)【提供=公益財団法人アイメイト協会】


――長い歴史の積み重ねを感じます。現在はどのような活動をされているのでしょうか?
【和田さん】主な事業は、アイメイト(盲導犬)の育成訓練と、使用者となる視覚障害者の方への歩行指導です。協会には宿泊施設があり、4週間泊まり込みで学んでいただきます。犬との歩き方はもちろん、犬の健康管理や社会で守るべきマナーなど、歩行指導卒業後の実生活で必要なことを幅広く修得していただきます。

――犬と人がともに社会に出るための準備なんですね。
【和田さん】ええ。そして、社会の皆さんに視覚障害やアイメイトに関する正しい情報を知っていただくための啓発活動も行っています。自治体や企業、教育機関での研修に加えて、アイメイト候補の子犬の飼育からリタイア犬のケアまで支えてくださる各ボランティアとの連携も欠かせません。協会には、繁殖奉仕や飼育奉仕など、それぞれの段階で犬たちを支えてくださる多くのボランティアの方々が関わっています。

子犬の育ち方と犬種の特徴

――子犬はここで育てていらっしゃるんですか?
【和田さん】アイメイト候補の子犬は、「繁殖奉仕」と呼ばれるボランティア家庭で生まれます。生後2カ月までは母犬や兄弟たちと育ち、その後「飼育奉仕」の家庭に移ります。そこで1年間、家庭犬として愛情を受けて育てられ、1歳2カ月を過ぎた頃に協会に戻り、健康チェックなどを経て訓練が始まります。

アイメイトの候補犬となる幼犬は、「繁殖奉仕」の家庭で、親や兄弟たちと一緒に暮らす【提供=公益財団法人アイメイト協会】


――とても時間をかけて育てていくのですね。
【和田さん】そうですね。多くの方が関わってくださっています。

――犬種についてですが、ラブラドールのほかにもいろいろな犬がいるイメージがあります。実際にはどうですか?
【和田さん】現在、協会で育成しているのはすべてラブラドール・レトリーバーです。

【野島さん】たとえば、ゴールデン・レトリーバーは毛が長く大きめの体格なので、使用者が自分でお手入れするには負担が大きいんです。その点、毛足が短いラブラドールは管理しやすく、公共交通機関でもスペースを取りすぎないという利点があります。アイメイトは、一般的なラブラドールよりも小ぶりです。両親となる犬を選ぶ際、資質のほかに体格も考慮に入れているためです。

――なるほど。ちなみに第一号のチャンピイもラブラドールだったのですか?
【和田さん】いえ、チャンピイはジャーマン・シェパードでした。70年代から80年代頃まではシェパードとラブラドールの両方がいました。その後、次第にラブラドールに統一されていったんです。

ちなみに、日本には現在11の盲導犬育成団体があります。アイメイト協会はラブラドールに絞っていますが、ほかの団体では違う犬種を採用している場合もあります。

資料で説明しながら「70年代ごろから、ジャーマン・シェパードからラブラドール・レトリーバーに変わってきた」と教えてくれた【撮影=三佐和隆士】


“導く犬”ではなく、“ともに歩く相棒”

――「盲導犬」という言葉はよく聞きますが、協会では「アイメイト」という呼び方をされていますね。
【和田さん】「盲導犬」という言葉には、犬が人を導くという印象がありますが、実際には人と犬が一緒に歩く関係です。使用者が目的地までのルートを把握し、犬に指示を出し、犬が指示に従って誘導をして歩行を実現させる、という協働の関係なんです。訓練では、その信頼関係を築くことを何より大切にしています。アイメイトという言葉には、I(私)・Love(愛)・Eye(目)、「私の愛する目の仲間」という意味を込めています。呼び方を変えることで、“助ける・助けられる”ではなく、“ともに歩く仲間”であるという考え方を伝えています。

アイメイトという言葉に込められた思いを、わかりやすく教えてくれた和田さん【撮影=三佐和隆士】


――まさに相棒、という感じですね。
【和田さん】その通りです。使用者は頭の中に目的地までの地図を描き、犬に「進め」「右へ」などの指示を出します。犬はその指示に従って動き、障害物を避けたり、段差や角では立ち止まって知らせてくれます。ほかにも、犬は信号の色を判断することはできません。横断歩道を渡る時は、人が車の流れの音を聞き、渡るタイミングを判断して指示します。人が次の行動を決め、犬がそれを確認しながら進む。信頼関係で結ばれたパートナー同士が協力しながら歩く、という関係なんです。

――誤解している人も多そうですね。
【和田さん】そうですね。「犬が全部やってくれる」と思われることもありますが、実際は人が主体となって歩いています。犬はその歩みを支える頼もしい存在です。

アイメイト協会では、犬だけを伴って好きな時に好きなところへ自由に出かけられるようになることを、アイメイト歩行の基準にしているそう【撮影=三佐和隆士】


アイメイトの訓練と使用者の歩行指導の実際

――訓練はどのように進めていくのでしょうか?
【野島さん】犬の訓練では、まずは1頭1頭のことをよく知り、関係づくりをするところから始まります。「座れ」「待て」などの「基礎訓練」では学ぶ姿勢を育みます。また、訓練や日々のふれ合いの中で、信頼関係を築いていきます。そうすると、だんだん犬の集中と信頼が伝わってくるんです。その後、誘導訓練が始まります。視覚障害者の方と歩く際に障害物を避けたり段差の前で止まったりなど、歩行のための実践的な訓練です。実際の路上や街中など時々刻々と変化する状況で練習を重ねます。

また、歩行指導員は犬の性格や体調を見ながらペースを調整し、日々のケアにも気を配っているんです。食事やブラッシング、健康チェックを丁寧に行い、犬が心身共に健康で過ごせるよう環境を整えています。

アイメイトとの歩行を希望する視覚障害者の方の「歩行指導」について、歩行指導員の野島さんが説明してくれた【撮影=三佐和隆士】


――使用者の訓練はどのように行われるのですか?
【野島さん】アイメイトとの歩行を希望する視覚障害者の方には、協会に4週間泊まり込む合宿形式の歩行指導を受けていただきます。アイメイトとペアになって、最初は室内で基本の動きを確認しながら、犬への指示やリードやハーネスなどの扱いを体で覚えていく。最初はぎこちなくても、少しずつ息が合ってくるんです。

次の段階では、公道に設定した練習用のコースを歩きます。最初は協会の周りの短いコースから始めて徐々に歩く距離を伸ばし、難度も高くなります。駅構内や交差点など、実際の生活環境に近い場所でも実践練習を行います。足音や車の流れ、周囲の音を感じ取りながら、犬と呼吸を合わせて進みます。

使用者と犬それぞれの性格や動き、体格などを考慮し、協会のスタッフが長年の経験に基づいてペアを決定している【提供=公益財団法人アイメイト協会】

そして、歩行だけでなく、犬の体調管理も欠かせません。よく誤解されるのが「目が見えないから犬をうまく管理できないのでは」という点ですが、実際はその逆なんです。使用者の方は、毎日ブラッシングをしながら手で体を丁寧に触り、少しの変化も見逃しません。毛の張りや湿り気、わずかな腫れやできものなど、目ではなく手で感じ取る。だからこそ、見えている人よりも早く異変に気づき、早めに獣医師へ連れて行けることも多いんです。

見えないからできないのではなく、ほかの感覚をしっかり使って管理していく。協会では、そうしたケアの方法も丁寧に指導しています。犬が健やかであることが、安全な歩行を支える何よりの土台なんです。卒業した後も信頼関係を深め、強い絆で結ばれたパートナーとなります。

候補犬も生徒も初めての場所で、1キロちょっとの距離を30〜40分かけて歩くことが最終試験となる【提供=公益財団法人アイメイト協会】


――訓練期間はどのくらいかかりますか?
【野島さん】犬の訓練は約4カ月で、アイメイトとしての心技体を身につけます。視覚障害者の方の歩行指導は約1カ月です。歩行指導では、アイメイトとの歩き方のほか、犬の健康管理、使用者としてのマナーなど多くのことを修得して初めて卒業となります。それぞれの方の性格や体力に合わせて進めるため、焦らず少しずつペアが信頼を深め合っていくことを大切にしています。

訓練では、1人の指導員が6〜8頭の候補犬を担当するという【提供=公益財団法人アイメイト協会】


見学会と社会への啓発

――一般の方がアイメイトを知る機会はありますか?
【和田さん】毎月「見学日」を設けています。施設の中で訓練の様子を見たり、スタッフから説明を聞いたりできる機会です。夏休みには回数を増やしましたが、親子で参加される方も多いですね。自由研究に活用される方もいます。

――心に残っている感想などはありますか?
【和田さん】ありますね。「アイメイトがいることで、目が見えない人でも、みんなと同じように楽しく生活できることを知りました。主人とアイメイトがコミュニケーションを取りながらいろいろな場所に行けるのがすごいと思います」という、お子さんが書いてくれた感想がありました。社会の中では、視覚障害者の方は“何もできないんじゃないか”と思われがちです。でも、見える・見えないは関係ないんだと気づいてくれる。そうした気づきを子どもたちが感じてくれたのが、本当にうれしかったです。未来を担う世代の子どもたちが、こういう言葉を残してくれたことが心に残っています。

見学日を通して、これからの未来を担ってくれる子どもたちに「目が見える、見えないっていうことは関係ないんだよ」と、知ってもらえたことがうれしかったそう【撮影=三佐和隆士】


――社会に理解を広げる活動でもありますね。
【和田さん】はい。見学日は社会の“参加口”でもあります。ここで出会った方がボランティアに興味を持ったり、街で困っていそうなアイメイト使用者を見かけたときに声をかけてくださったりする。自治体や企業、学校での研修も行っていて、正しい知識を広めることが、障害の有無にかかわらず、社会で一緒に安心して暮らすことにつながると思っています。

今後の展望と社会への呼びかけ

――街でアイメイトと一緒に歩いている方を見かけたら、どのように接すればいいのでしょう?
【和田さん】まず大事なのは、困っていなければそのまま見守っていただくことです。スムーズに歩いていればサポートは不要です。ただ、もし立ち止まっていたり不安そうにしていたりしたら、「お手伝いしましょうか?」と声をかけてください。危険な場面では「止まってください」とはっきり伝えていただけると助かります。

「アイメイトと歩いている人を見かけたら、まず温かく見守ってください」と語る和田さん。もし、困ってるような雰囲気であれば、「何かお困りですか?」と手伝ったり、危ない場面であれば、「そこの盲導犬と歩いている方、止まってください!」と、声かけるのがいいのだそう【撮影=三佐和隆士】


――犬に声をかけたり、触ったりするのは?
【和田さん】アイメイトのお世話や管理は、使用者が責任もって行っています。犬に声をかけたり触ったりすることは、思わぬ危険につながることがありますからしないでください。犬は仕事中ですので、呼びかけると集中が途切れてしまいます。アイメイト使用者は左手でアイメイトのハーネスを持ち、道の左側を通行します。もしアイメイトペアとすれ違う場合は人側を通るようにするとよいです。

――街での理解が広がることが大切ですね。
【和田さん】そうなんです。ちょっとした気づかいで街全体がやさしくなりますし、使用者の方も安心して出かけられます。

――卒業後のサポートについても教えていただけますか?
【野島さん】アイメイトと使用者が卒業してからも、フォローアップは続きます。引っ越しや転職などで歩くルートが変わったり、構造が複雑な駅に戸惑ってしまったりする場合は、現場で一緒に歩いて調整します。相談の入口は「犬がうまく仕事ができない」という声でも、実際は「人の指示の出し方」に原因があることも多いんです。それぞれの相談に応じた対応をすることで、歩きはぐんとスムーズになります。

協会では、使用者に対し、道中で困ったとき、周囲の人に自分が知りたい情報を教えてもらうための尋ね方も教えているという【撮影=三佐和隆士】


――なるほど。卒業して終わりではなく、その後も伴走しているのですね。
【野島さん】長く寄り添ってく中で、犬と人の関係はますます深まります。日々の生活の中で、アイメイトが使用者の行動パターンを自然に覚えていくんです。たとえば、近所のパン屋や行きつけのカフェなど、いつも立ち寄る場所の前に来ると、犬がふっと立ち止まることがあります。使用者が「今日は寄らないよ」と声をかけると、すっと歩き出す。そうしたやりとりが日々積み重なり、まるで言葉を超えた会話をしているような関係が生まれていきます。2〜3年も経つと、言葉を交わさなくても通じ合うような、そんな阿吽の呼吸ができあがっていきます。

アイメイトは引退後、ボランティアの家庭で家族の一員として過ごす【提供=公益財団法人アイメイト協会】


――最後に、読者へのメッセージをお願いします。
【和田さん】街でアイメイトペアを見かけたら、どうぞ温かく見守ってください。スムーズに歩いているときは、そのままで大丈夫です。でも、もし立ち止まっていたり、少し困っていそうな様子があれば、「お手伝いしましょうか?」と声をかけてください。危ない場面では「止まってください」とはっきり伝えていただければと思います。ほんの一言の声かけが大きな支えになりますし、そうした積み重ねが社会全体のやさしさにつながっていくと思います。

これまでに、1478組の視覚障害者の方とアイメイトがペアとなって協会を卒業した。国産盲導犬第一号のチャンピイの誕生から約70年。これからも多くのペアをサポートしていく【提供=公益財団法人アイメイト協会】


取材を通して感じたのは、アイメイト協会が大切にしているのは「犬を育てること」だけではなく、「人と社会をつなぐこと」だということ。その根底には、創設者・塩屋賢一が築いた“ともに歩く”という理念が今も息づいている。訓練や見学会を通じて生まれる理解とやさしさの輪が、少しずつ広がっている。視覚障害者も、犬も、そして私たちも。互いに寄り添いながら歩む社会の姿を、ここで感じ取ることができた。

取材・文=北村康行、撮影=三佐和隆士

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