コーヒーで旅する日本/関東編|“聖地”を経て、逗子で手がける一杯を。コーヒーとスイーツで心を軽くする「BREATHER COFFEE」
東京ウォーカー(全国版)
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも関東エリアは、伝統的な喫茶店から最先端のカフェまで、さまざまなスタイルの店が共存する、まさに日本のコーヒー文化の中心地。
東京をはじめ、関東近郊にある注目店を紹介する当連載。焙煎士や店主たちが教える“今、注目すべき”ショップをつなぐ、コーヒーリレーの旅へ。
第26回は神奈川県逗子市にある「BREATHER COFFEE(ブリーザー コーヒー)」。店主の長谷川晃平さんは、会社員からバリスタへと転身。オーストラリア・メルボルンに渡航した後、現地の有名カフェでは日本人として数少ないヘッドバリスタにまで上り詰めた人物だ。海辺の街で親しまれるロースタリーカフェの魅力を、長谷川さんの歩みとともに見てみる。
Profile|長谷川 晃平(はせがわ・こうへい)、瑞穂(みずほ)
晃平さんは大学卒業後、会社員を経てバリスタに転身。2000年代以降に流行し始めていたコーヒー文化のひとつ“サードウェーブ”に感化されたことをきっかけに、鎌倉のカフェに勤務。2013年にオーストラリア・メルボルンへ渡航すると、現地のカフェで働き始めて半年でヘッドバリスタへ昇進するなど確かな技術を得た。2017年12月に帰国し、2018年4月に神奈川県逗子市で「BREATHER COFFEE」を開業。瑞穂さんはメルボルン在住中に晃平さんと出会い、帰国後の2018年に結婚。店ではオーストラリアスタイルのフードメニューを担当。2人で力を合わせ、店を運営している。
カフェ開業の夢への大きな決断
大学時代から「いつかカフェを開きたい」という夢を抱いていた長谷川さん。大学卒業後は会社員として3年ほど勤務していたが、在職中もその夢を持ち続けていたという。
「昔からカフェ開業の夢があって、会社員時代には、同僚や友達に自作のコーヒーやケーキを振る舞ったりしていました。“晃平カフェ”とか言って遊びでやってたんですけど、そのころからコーヒーを好きな気持ちは強かったと思います」
そんななか、本格的にコーヒーの世界に入るきっかけになったのが、当時日本で流行し始めていたサードウェーブ。コーヒー文化の第3のブームであり、いわゆる高品質な豆を使ったスペシャルティコーヒーを扱う店が増え始めたころだ。
「サードウェーブがあったことで、カフェをやりたいという思いがより強くなり、会社を辞め、まずは鎌倉で『スターバックス』に勤務。未経験ながら基礎を学べましたが、コーヒーにこだわって、専門性を高めたいという思いが強くあったんです。そんなときに、ある雑誌で知ったオーストラリア・メルボルンのコーヒー文化に衝撃を受けて、思い切ってメルボルンへ行くことを決意しました」
「メルボルンに渡航したのが2013年。今では日本人のバリスタも多くいますが、当時はまだその存在が珍しかった。なかなか雇ってもらえず、1年ほど仕事探しに難航しましたね。現地のカフェは即戦力を求めていて、一から教える文化もなく、やはり“コーヒーの聖地”と呼ばれるだけの厳しさを感じました」
「当時はカフェに何度も通って、トライアル(=採用前の審査)のチャンスがもらえれば、緊張を隠しながら“できる”ことをしっかりとアピールして、採用の判断をしてもらう。現地ではその繰り返しで、何軒かカフェに勤務しましたが、渡航から約2年後の2015年、メルボルンの有名店『Krimper(クリンパー)』で転機が訪れました。ここでもヘッドバリスタに直接会うために店に通い、『トライアルさせてくれ』と直談判。そして品質の安定性と動きの効率性などが評価され、採用してもらえました」
ここまで重ねてきた人一倍の努力が身を結び、勤務から半年後にはヘッドバリスタへ昇進するほどに技術や知識は格段に向上していた。ちなみに当時、日本人のヘッドバリスタはメルボルン全体で見ても数人しかいない非常に珍しい存在だったのだそう。
ヘッドバリスタとして、さらに技術を磨いていた長谷川さん。1日に提供するコーヒーの杯数は日本とは桁違い。ただおいしいコーヒーをつくるだけでなく、プラスαのスピードや安定感までが求められる現場は、自身にとって技術や知識を大きく成長させた重要な期間だったと語る。
同じくメルボルンにいた妻・瑞穂さんとの出会いもあるなど、人生のターニングポイントにもなった時期。またヘッドバリスタとして採用に携わっていたため、彼を頼って訪れる日本人も多かったそう。その中の1人が、第25回で紹介した「First Crop Coffee Roastery」の山崎恵美さんだ。
厳しい修行を乗り越え、夢のカフェ開業へ
長谷川さんはその後、“聖地”での経験を積み、2017年12月に帰国。2018年4月には「BREATHER COFFEE」を開業した。
「開業にあたって逗子を選んだのは、地元が近いというのもあるんですが、そのころの神奈川には、まだスペシャルティコーヒーのお店が少なかったのも理由のひとつ。海も山も近い雰囲気のよさも気に入っていて、そして逗子の人たちって感度高そうで。ここでカフェを展開するのが、おもしろそうだと思ったんです」
「開業当初は、街にスペシャルティコーヒーの文化が根づいておらず、特に冬は閑散期なのでアルバイトをしながら店を支えてましたね。でも2年を過ぎたくらいから、認知されるようになって徐々に客足も伸びていって。それから少しして自家焙煎に切り替えたり、ブラッシュアップも続けながら今のスタイルを確立しました。コロナ禍や2022年には漏水被害もあったりと困難もありましたが、常連客や業界の仲間の支援もあって、無事に乗り越え、今も続けられています」
「ディードリッヒ」2.5キロの半熱風式を使った自家焙煎は2020年からスタートさせた。エチオピアをはじめ、常時6種類ほどをそろえ、味のニュアンスが被らないこと、産地のバランス、そして「デイリー」「華やか」「奇抜」「高級」といったタイプを基準にセレクト。
「豆の焙煎度は浅煎りがメイン。豆ごとにレシピをつくり、フルーツ、チョコレート、ナッツのような個性的な風味を最大限に引き出すのがこだわりです。同じ国で生産された豆でも標高や品種、精製方法によって味が全く異なるからこそ、その違いをはっきりと楽しめるように気を配っています」
抽出は「ハリオV60」を使って行う。コーヒーの比率は、豆の粉10グラムに対して水170ミリリットルの「1:17」が基本。すっきりとクリーンで風味が引き立つ黄金比だ。自宅で淹れる場合も、この比率を守れば、しっかりとおいしい一杯が楽しめるのだとか。
メニューはブラック、カフェラテをはじめ、きめ細かなスチームミルクを加えた「フラットホワイト」、豊かな香りとクレマ(=泡)を残した濃いめのコーヒー「ロングブラック」といったオーストラリアの王道メニューまで幅広くラインナップしている。
フードメニューは瑞穂さんが担当し、「キャロットケーキ」(540円)、「フィナンシェ」(360円)などがそろう。なかでも、トーストし、バターを塗って味わう「バナナブレッド」は日本ではあまり見かけないがオーストラリアでは定番のスイーツで、カリカリ食感と甘じょっぱさの新感覚のおいしさに思わずハマってしまう一品だ。メルボルンで得た知識を元に作りあげるスイーツは、自慢のコーヒーとの相性も抜群!
メルボルンでの仕事探しの苦労、半年でヘッドバリスタへと上り詰めた誇り、開業後も厳しい状況が続いた日々、苦難もあった道のりを語ってくれた長谷川さん夫婦。そんな2人を見ていると、心が軽くなるような不思議な感覚になる。
本場の技術は“毎日を彩る一杯”のために存分に活かされ、特別な何かではなく、誰かの日常に寄り添うコーヒーだったのだと感じた。
【長谷川さんレコメンドのコーヒーショップは「STORY BOX & coffee roaster」】
「神奈川県大和市にある「STORY BOX & coffee roaster(ストーリーボックス&コーヒーロースター)」。オーナーの岩川さんは、メルボルン時代から付き合いのある仲間です。メルボルンで得た確かな技術を引っさげ、日本でロースターカフェを営んでいる人物。香り豊かな自家焙煎のスペシャルティコーヒーと、カヌレの組み合わせも評判のお店です」(長谷川さん)
【「BREATHER COFFEE」のコーヒーデータ】
●焙煎機/ディードリッヒ 2.5キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオV60)、エスプレッソマシン(ラ・マルゾッコ ストラーダAV2連)
●焙煎度合い/浅〜中煎り
●テイクアウト/あり(550円〜)
●豆の販売/150グラム1400円〜
取材・文/GAKU(のららいと)
撮影/大野博之(FAKE.)
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