水着はハイレグ?ビキニ? 90年代にイケてた 水着&ビーチの流行を振り返る!

2018年5月14日 17:30更新

東京ウォーカー(全国版) 「東京ウォーカー CLASSIC 1990's」編集部

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1年の中で特にキラキラと輝く季節といえば夏! 今と違い、90年代は女性も日焼けを気にすることなくビーチやプールで楽しんだもの。ハイレグからビキニまで、流行りの水着をまとった女の子たちがあふれていた、あの夏の日をプレーバック!

波のプールや流れるプールを備えた温水プールとして人気だった「ワイルドブルーヨコハマ」。'01年に閉園

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バブル経済も終盤を迎えた90年代前半は     腰骨の上まで切り込んだ「ハイレグ」全盛期

90年代初めは、レースクイーンのような派手な「ハイレグ」の水着がホテルのプールサイドや南の島のビーチを彩った。バブルの熱狂は冷めはじめていたが、水着はまだイケイケ!くっきりとした派手目のメイクと、腰骨の上まで切り込んだハイレグをまとった女性たちが、プールやビーチにあふれていた。

【写真を見る】脚の長さを強調するハイレグが大ブーム。この頃は、長い髪に太眉が美女の必須要素。メイクも派手目

バブル期には、沖縄ブームも最高潮。沖縄出身アーティストが活躍したり、当時の人気バンドTHE BOOMが「島唄」を大ヒットさせたのも90年代前半。沖縄本島のさまざまなビーチにリゾートホテルが並んだ。

THE BOOMの「島唄」が大ヒットし、沖縄ブームが到来した

90年代なかばはハイレグからビキニへの移行期  腰に巻きつける「パレオ」が大流行!

バブル終焉と共に、その象徴的存在でもあったハイレグ・ワンピースの時代が終わり、水着の流行はビキニへ。その移行期に登場したのが「パレオ」という腰布だ。南太平洋の島の民族衣装だったものが、水着の装飾品としてファッションに取り入れられた。折からの海外旅行ブームに伴って、その人気が日本の女性に一気に広がった。

ハイレグからビキニへの移行期に登場した「パレオ」

この頃、プールで思い切り遊びたい人が夢中になったのは、ウォータースライダーだ。首都圏だけでも10か所以上のプールに用意され、絶叫タイプやゴムボートなどで滑る遊泳タイプがあり、プール人気をけん引した。特に人気があったのが東京マリン('01年閉園)のフリーフォール・カミカゼ。地上28mから滑り落ちる、絶叫マシンのような迫力だった。

東京マリンのフリーフォール・カミカゼ

バブル崩壊後の90年代半ばにやってきたのが円高だ。'94年に1ドル=100円を突破すると翌年には79円5銭を記録。国内で遊ぶよりもお得ということで、夏休みともなるとハワイやグアムなど海外のリゾート地のビーチを訪れる人々が急増した。

空前の円高で、ハワイにグアムにと海外旅行ブームに

90年代後半からは「ビキニ」が完全復活!    白い布のビキニが女性たちに大人気

90年代の後半になるとパレオは外れ、大胆な「ビキニ」が定着。その流行は現代まで続いている。当時は、従来は“透ける”と言われた白い布を使ったビキニが人気を集めた。セクシー系のビキニだけでなく、胸を飾り布で覆うビブトップやデニム風のビキニなど健康的なデザインのビキニも登場。水着の多様化、カジュアル化も進んだ。

時代とともに女性達が大胆になり、セクシーなデザインのビキニを着るように

90年代は、湘南や九十九里といった東京に隣接するエリアの海水浴場も大にぎわい。特に、'97年には東京アクアラインが、また'98年には修善寺道路が開通して伊豆へのアクセスが容易に。ドライブデートがまだまだ人気があったこの時代の若者たちは、伊豆下田まで足を伸ばし、エメラルドグリーンの海と真っ白い砂浜で夏を過ごした。

新しい道路が開通し、伊豆のビーチが近くなった

海水浴に飽きたらなくなった人たちは、さまざまなマリンスポーツを堪能。サーフィンなどの本格派から、ボディボードやスキムボードなどの手軽なものまで、選択肢が増えたことも大流行のきっかけになっていた。また、本格的な海中散歩を楽しむスキューバダイビングも人気を集め、若者たちがこぞってライセンスを取っていた。

マリンスポーツの多様化が進んだ90年代後半

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