連載第5回 1993年「愛しあってるかい!名セリフ&名場面で振り返る平成ドラマ30年史」

東京ウォーカー(全国版)

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暗いドラマじゃ、ダメか?


名セリフ&名場面で振り返る平成ドラマ30年史


バブル崩壊の空気がヒシヒシと日常生活に漂い始めた1993年。Jリーグ開幕という明るいニュースでサッカーブームは到来したが、同時にFIFAワールドカップ予選でドーハの悲劇が起こり、自民党政権が倒れて細川内閣が発足するなど、とにかく波乱万丈な時代だった。ドラマも「衝撃的なストーリーが集まっていますね。見ていて画面が暗く感じた年、といいましょうか」と影山貴彦氏も思わず唸るラインナップ…。覚悟を決めてそのドラマと世相を見ていこう。

ダークヒーロー「振り返れば奴がいる」の衝撃


―1993年は急激に「冷えていく」時代の変化を感じますね。

おっしゃる通りです。「完全自殺マニュアル」という書籍が発売され、ベストセラーになるくらいですからね。ドラマもとにかくアンハッピー、絶望的なものが多い。ドラマ「振り返れば奴がいる」もこの年です。これは三谷幸喜さん脚本なのですが、三谷さんらしからぬ、ダークなドラマ。彼にとってはゴールデンタイム放送初の連続ドラマですが、そもそもプロデューサーは彼が喜劇をメインに書いているとは知らずオファーしたそうで、しかも医療モノ、と制約だらけで本当に大変だったそうです。しかし、このドラマではそれが功を奏した。というのも、彼は「制約があるほうがうまくいく」というタイプなんですね。上からの指示や圧力の中で、作家がもがき苦しみながらも面白く脚本を仕上げていくという設定を、作品でもよく使っています。「振り返れば奴がいる」でも、それが証明されたというわけですね。一切笑いのないストーリーを見事に成立させました。作家のカタルシスというか、逆に「なんでもお好きにどうぞ」と言われるほど難しいものはないのかもしれません。

―最後まで善人の顔を見せない主人公って、本当に珍しかったですよね。

冷酷なドクター、司馬をポーカーフェイスで演じる織田裕二さんは「東京ラブストーリー」のカンチから見事に脱皮。シビれました。「帰ってこい!」と荒々しく心臓マッサージをする名場面は、カッコよくて真似をしたものです。骨が折れるんじゃないか、と思うほど強く叩くんですよ(笑)。こんな医者、リアルにいると困るけれど、「ワルで腕がいい」というのは、ある意味最高のヒーロー像ですよね。究極の選択ですが、「性格は悪いけど腕はいい」と「対応は優しいけれど腕は悪い」、患者や親族ならどちらを選ぶか。風邪ひいた程度なら後者ですけど、命がかかっている場合は前者にみてもらいたい。特に1993年は、世間も景気が悪くなるのを肌で感じ始めていました。ひたすら正しくて、優しくて、キラキラしたものに憧れるほどノンキじゃいられない。確実に救ってくれる力を欲しがっていた時代だからこそ、マッチしたドラマだと思います。ホスピタリティが強く求められる今の世の中では、司馬ほど徹底したダークヒーローは、なかなか支持されないでしょうね。

―ラスト、司馬が刺されて終わったのはビックリしました。

しかも、彼に恨みを持っていた平賀という医師に後ろからグサリ、ですからね。演じていたのは西村まさ彦(当時:西村雅彦)さんですが、困ったような悲しそうな、笑い泣きのような表情は本当に独特で、「振り返れば奴がいる」の「奴」は平賀の意味だったのか? と思うほど、強い印象を残しました。この「振り返れば奴がいる」の成功で、三谷幸喜さんは翌年「古畑任三郎」を作ることができ、西村さんも今泉役でブレイクすることになります。

―もう一人の主役、石黒賢さん演じる石川は完全な「善」で、織田さんとのコントラストが素晴らしかったですね。

石川は、痛々しいくらいいい人なんですよね。女性は石黒賢さんに母性本能を震わせ、男性は織田裕二さんに憧れたのではないかな、と思います。石黒さんは1983年、ドラマ「青が散る」でデビューしているのですが、あれは衝撃でした。宮本輝さん原作で、ヒロインは二谷友里恵さん。それはもう爽やかで! それが今では「CRISIS 公安機動捜査隊特捜班」など、地位と権力を持ったイヤな奴も見事に演じる俳優さんになりました。サスペンスタッチのドラマで石黒さんがゲストで出ると、「彼が黒幕」と目星をつけるくらい(笑)。俳優さんの個性と成長は、本当に予測できないです。それが最高に楽しくもあるのですが。

若手実力派がズラリ!「あすなろ白書」


―「振り返れば奴がいる」では、千堂あきほさんが織田裕二さんの元恋人役でした。

麻酔科医の大槻沢子役でしたね。彼女は「東京ラブストーリー」でも注目していましたが、色気がありながら知的で、とてもバランスが良い俳優さんだと思います。知的といえば、やはりこの年に放送された「悪魔のKISS」の常盤貴子さんもすごく印象的でした。ドラマのテーマは、カード破産・新興宗教・風俗・クスリとドロドロな内容。常盤さんもかなり刺激的な役割をされていましたが、その体当たり演技は彼女の「今、自分が世の中に出る時」という覚悟が見えました。唐沢寿明さんのブレイク直前にも感じた、「華が咲く瞬間」の輝き。この時の常盤さんには、まさにそれがあったと思います。

―なるほど。これからブレイクする俳優さんは、確かに独特の光がありますね。

「あすなろ白書」も、そういった意味で役者陣が全員キラキラとまぶしいくらいでした。取手役の木村拓哉さんもそう。決め台詞「俺じゃダメか」は、男性から見ても胸がキュンとしましたから(笑)。木村さんは、いまや日本を代表する主演俳優ですが、私は取手のような、助演的な立ち位置でドラマを盛り上げる彼ももう一度見てみたいですね。ヒロイン・なるみ役の石田ひかりさんは、1992年に彼女が主演した「悪女(わる)」が大好きで。独特の頑固さ、といいますか、強さを感じました。そしてなんといっても、掛居役の筒井道隆さん。とても落ち着きがあって、朴訥で純粋で。あまりいないタイプの役者さんですよね。今でも誠実なムードは全く変わっておらず、ドラマに出ていると嬉しくなります。これからもどんどん見たい、俳優さんです。

ベテランが新たな魅力を発揮したホームドラマ


― 1993年は、大御所の活躍も目立っています。

「ダブル・キッチン」の野際陽子さん、「課長サンの厄年」の萩原健一さんと、ベテラン勢が「三の線」をイキイキと演じてらっしゃいました。萩原健一さんは、名作「傷だらけの天使」とは全く違った、普通のサラリーマンを味わい深く演じていて、「どんな役でもショーケンは最高だな」と嬉しくなったのを覚えています。今年9月から始まったドラマ「不惑のスクラム」では、主人公の高橋克典さんをラグビーに誘う役を演じていますが、これまたむちゃくちゃいいんです! 私が「傷だらけの天使」を毎週見て、彼の真似をしていたのは小学生の頃ですが、そのヒーローがいまだ現役で感動をくれる。こんな嬉しいことはありませんよね。

大御所の一人である緒形拳さんはこの年、「ポケベルが鳴らなくて」で主演されていました。不倫がテーマで、あれは新世代の「金曜日の妻たちへ」だと思いましたね。小林明子さんが歌う「金曜日の妻たちへ」の主題歌「恋におちて」の「ダイヤル回して手を止めた」が、「ポケベル」という最新機器に変わった。しかも、それをあえてタイトルに持ってくるあたり、何十年先に「懐かしいなあ」と思い返されることを見越して作っていた気さえします。プロデューサーは秋元康さんですが、本当に時代をすくい取るのがうまい人です。ストーリーも、初めは明るいホームドラマなのだけど、一人の若いOLによってどんどん崩壊していく。裕木奈江さんが上手過ぎて、女性から壮絶なバッシングが起こりましたが、とても衝撃的なドラマでした。

野島伸司の暗黒ドラマ時代と「視聴者に託す」ラスト


―家庭崩壊の危機に何度もさらされるホームドラマといえば「ひとつ屋根の下」も1993年。野島伸司さんは「愛しあってるかい!」と同じ脚本家とは思えないほど作風が暗くなってきた頃ですね。

脚本家の方は、出はじめと成熟期でガラリと変わる、ということはよくありますね。野島さんは金ドラ枠で「高校教師」も放送されていて、こちらも話題になりました。教師と生徒の禁断の恋、というのはスキャンダラスで、ドラマとして盛り上がるテーマのひとつですが、ここまで破滅的なものはなかなか…。森田童子さんの囁くようなオープニング曲、アクションを一切封印した真田広之さんの静の演技、桜井幸子さんの薄幸の美。見ていて落ち込むほど不幸な展開が続くのに、惹きつけられる、すべてが絶妙にギリギリのラインでした。「不幸なのに惹きつけられる」と「あまりに暗すぎて、見るに耐えなくなる」とは、ほんの少しの差なんですよね。翌年の「人間・失格 ~たとえばぼくが死んだら」は、ちょっと限度を超えてしまった感がありました。人間の一番残念なところを描く暗黒ドラマは、最初こそ刺激を覚えますが、やはり疲れてくる。見続けるには、そこを超越した美しいなにかが求められます。「高校教師」の場合は、根底に純愛があって、それが視聴者の離れなかった魅力なのだと思います。

― 確かに、高校教師のラストは、とてもキレイでした。

ラストシーンは心中説、居眠り説などありますね。野島伸司さんは、最後はハッピーエンドである、ということだけははっきりさせていますが、生死に関しては「もはや作家の圏外で、視聴者が決めればいいと思っている」とコメントをしています。「振り返れば奴がいる」も、司馬は刺されましたが、死んだか助かったかわからない、という終わり方でした。こういうモヤモヤな終わり方は賛否両論ありますが、私はおおいにありだと思っています。野島さんのコメントの通り、視聴者が考える部分があっていい。主人公のそれからの人生がどうなるかを受け手が決めることができるのは、ドラマだからこそ許される楽しみ方の一つじゃないでしょうか。

明るく励ますだけがメディアの役割ではない


ただ、「高校教師」という独特の暗い美しさがここまでの支持を得たのは、やはり1993年という時代だったからでしょう。ネガティブな時代に明るさや希望を求めるのも真理ですが、暗いものにどっぷり浸りたい、というのもやはり真理。バブルの揺り戻しが来て、明るさで誤魔化すことを嫌悪するくらい、世間の気持ちが落ちていたということです。

私は長年メディアに関わっていますが、明るくするタイミングに関しては、本当に注意しています。災害から間もない時期に、「こんな時だからこそ明るい曲やバラエティで元気をだそう!」などと、空気の読み違いをしている放送には正直嫌悪感すら抱きます。私は阪神淡路大震災の時、ラジオで震災やライフラインの情報をずっと流し、音楽をしばらくかけませんでした。しばらく経って、やっと「そろそろ明るい曲を聞かせてよ」と1通のリクエストが届いた時、スタッフ全員とそれを読み、「やっと、ここまできた」と全員で泣きました。そして、徐々にリスナーの反応を伺いながら流していったんです。発信側は、そのくらい慎重でなければいけない。今でもその考えは変わりません。

「私も経験したけど大丈夫だったわよ。もうすぐ楽になるから元気にいこうよ」

今疲れ果てている人にそれを言っても、なんの説得力もなく、それどころか、ある種の暴力にすらなるんです。特に自然災害が続く昨今、緊張感が欠如した「見かけ上の善意」は、メディアが一番気をつけなければならない点ではないか、と私は思います。

元毎日放送プロデューサーの影山教授


【ナビゲーター】影山貴彦/同志社女子大学 学芸学部 メディア創造学科教授。元毎日放送プロデューサー(「MBSヤングタウン」など)。早稲田大学政経学部卒、関西学院大学大学院文学修士。「カンテレ通信」コメンテーター、ABCラジオ番組審議会委員長、上方漫才大賞審査員、GAORA番組審議委員、日本笑い学会理事。著書に「テレビのゆくえ」(世界思想社)など。

【インタビュアー】田中稲/ライター。昭和歌謡、都市伝説、刑事ドラマ、世代研究、懐かしのアイドルを中心に執筆。「昭和歌謡[出る単]1008語」(誠文堂新光社)。CREA WEBにて「田中稲の勝手に再ブーム」連載。

篠原賢太郎

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