連載第6回 1994年「愛しあってるかい!名セリフ&名場面で振り返る平成ドラマ30年史」
東京ウォーカー(全国版)
同情するなら個性をくれ!?

就職氷河期が到来した1994年。冷えきった景気を反映し、93年に続いてハードなドラマも多く、「家なき子」が「同情するなら金をくれ!」と叫んで流行語になっていた。その反面、女性が奮闘する明るいホームドラマも多く、93年のひたすら暗さに浸る感じとは、ちょっと違っていた様子。「94年はこのままではいけないという、問題提起の時期だったのかもしれません」。そう分析する影山貴彦氏。そして、この年には視聴率が高いドラマ以外にも、語り継がれる名作多し。中には「語り過ぎたらストップをかけてください」と影山氏が前置きしてしまうほど、大好きなあのドラマも放送されていた!
日本ドラマ史に残る名作「古畑任三郎」
― 1994年で語りたいドラマといえばなんでしょう。
(食いつき気味に)はい。「警部補 古畑任三郎」ですね! 私は日本を代表する、金字塔的な作品だと思っています。ただ、1994年に放送された第1シーズンはまだ注目度が低く、視聴率が14%。しかし回を重ねるごとに、確実に評判が広がっていき、シリーズ化となりました。第2シーズン、第3シーズンはともに20%を超え、タイトルから「警部補」が取れて「古畑任三郎」だけになったのも、認知度の高まりを感じさせますね。第2シーズンから観て第1シーズンをレンタルや再放送で後追いした、という方も多かったのではないでしょうか。
― 私も大好きでした。田村正和さんのものまねをする人も、とても多かったですね。
田村正和さんは、笑いもシリアスもスマートに消化できる素晴らしい俳優さんです。「ニューヨーク恋物語」のような大人のディープな恋愛ドラマでは、深みのある色気をシリアスに演じ、かと思えば「パパはニュースキャスター」のようなコメディーでも、まったくすべらない。田村さんのコミカルな演技は、上品な笑いというか、とても質の高いコメディーになるんです。しかも古畑任三郎という役は、セリフ量がとにかく膨大で、ご本人も大変だったとインタビューで語っていらっしゃったほどです。そもそも設定が、犯人に声を荒らげない、暴力を振るわない、手錠をかけない、血が苦手。つまり、多くの刑事ドラマが見せ場とするアクションシーンや追跡シーンがないんですよね。古畑が犯人に、ひたすら語りながら表情を探って謎解きをし、追い詰める。ひとつ間違えるととても退屈になってしまう。殺人シーンを除けば、ラジオドラマでもいけるのではないか、と思うくらい、画面の華やかさではなく古畑のセリフで物語が動いていますから。それをセリフとセリフの間の「ん~」というつなぎ言葉や「ンフフ」という困ったような笑い声で、絶妙な間を取って抑揚をつける。見惚れました。しかも田村さんは、ほとんどNGを出さかったそうです。
―これまでにない演出も多く、とても新鮮でした。
まず、ドラマが「こういうのがありますよね~」という、その回の主題を簡単に紹介するところから始まる。落語でいう「マクラ」ですよね。あの瞬間から引き込まれ、カメラ目線の「古畑任三郎でした」という一瞬のカメラ目線でCMに入る。視聴者を巻き込んでいくスタイルは、本当に斬新でした。そして、タイトルやキャストの名前が、タテやヨコに動くタイトルバック。今でも本間勇輔さん作曲の、あのテーマソングを聴いただけでもテンションが上がります。
物語の展開や古畑任三郎の設定は、脚本の三谷幸喜さんが大ファンである「刑事コロンボ」をオマージュしていることは有名です。まずは殺人シーンをキッチリ見せて、犯人を明らかにしたうえで、古畑の謎解きを楽しむというスタイルです。ただ、それを逆手にとっているところもあって、それがまた粋なんです。例えば、コロンボはボロボロのトレンチコートでフケが出るようなキャラクターですが、古畑は全身を黒でコーディネートしていたり、セリーヌの自転車に乗っていたり、スタイリッシュなんですよね。朝が弱かったり、ミーハーだったりというダメダメな部分と、そのカッコ良さとのギャップが、見事に古畑オリジナルの魅力として確立していました。彼にいつもくっついているのに頼りにならない部下の今泉慎太郎を演じていた西村まさ彦(当時:西村雅彦)さんは、この作品でブレイクしました。犯人役が豪華なのも見どころの一つでしたが、逆の言い方をすれば、個性の強い方でないと田村さんとガッツリ対峙することはできないですよね。ちなみに、記念すべき第1回目のゲストは中森明菜さんでした。
「トンがるキーマン」木村拓哉の輝き
先ほど古畑任三郎の特徴として「暴力を振るわない」と言いましたが、全シリーズで唯一犯人を殴った回があります。それが1996年に放送された第2シーズンの「赤か、青か」。犯人役は木村拓哉さんでした。彼が演じる若い科学者は、お気に入りの時計台が遊園地に観覧車ができたせいで見えなくなった、だから観覧車に爆弾を仕掛け遊園地を出たところで、たまたま見回りにきた警備員に不審がられたため殺す―。自らの幼稚なわがままで、何の罪も恨みもない人間を殺めるという身勝手さに対し、怒りが頂点に達した古畑が、1発鋭くビンタ(裏打ち)をするんです。木村さんは、このシーンについて「古畑が殴った犯人は僕だけ。誇りに思う」と語っています。
私は前回も書いた通り(第5回参照)、助演の木村拓哉さんは本当に面白いと思います。「古畑任三郎」での生意気で狡猾で、いちいち癇に障る物言いをする犯人を、見事に演じてらっしゃった。そのあと「古畑任三郎VS SMAP」でも、木村拓哉役で犯人の1人を演じていますが、こちらも犯行を隠そうとして、つい口をすべらせてしまう「語るに落ちる」役どころなんです。主演のひたすらカッコいいヒーローとはまた違った、空気を読まない尖がった役。それを仏頂面で演じ、物語をスリリングに掻き回していました。
―木村拓哉さんは、この年「若者のすべて」にも出演されています。
「若者のすべて」は、自動車工場を舞台に、人間の内面を描いた名ドラマですね。恋愛ももちろん絡んでは来るのですが、それよりも、若者が喘ぎながら必死で生きる姿に視点が当てられ、見応えがありました。脚本は岡田惠和さん。「ちゅらさん」「ひよっこ」「最後から2番目の恋」など心の機微をとても丁寧に書かれる方です。このドラマでも、萩原聖人さんがメインで木村さんは二番手という立ち位置。前のめりで破滅的な個性を出し、物語を動かしていました。ラスト、この2人が恨みを持った若者(演じたのは井ノ原快彦さん)に刺されるのですが、そこにクリスマスの曲が鳴り響くという、なんとも胸が苦しくなる演出が忘れられません。主演の萩原聖人さんはこのドラマの他に、「夏子の酒」にも出ていましたね。彼は狂気と正義感の両方を同時に感じる、独特なムードを持った俳優さんですね。これからも映画やドラマで、大きな存在感を見せてくれると思います。
鎌田敏夫のセンスが光った「29歳のクリスマス」
―女性では、和久井映見さん、山口智子さんが活躍されています。
どちらも大好きな俳優さんです。和久井映見さんはこの年「妹よ」「夏子の酒」で主演されていますが、柔らかいオーラと健気さは今と全く変わってしません。そして山口智子さん。「29歳のクリスマス」は、彼女にとって代表作の一つといっていいでしょう。脚本は鎌田敏夫さんで、仕事・恋愛・友情がテンポよく展開されて飽きさせませんでした。30歳を前にして仕事や恋愛に焦る、というのは時代を感じますね。今ならまだまだ、余裕の年頃ではないでしょうか。80年代には、25歳を過ぎた未婚の女性を、12月25日を過ぎたクリスマスケーキにたとえる無粋な言われ方もありましたが、山口智子さん、松下由樹さんは「年齢のイメージに悩みながらも、自分なりの答えを出していく」姿を清々しく演じていました。彼女たちを「お姉さま」と呼び、若さを気持ちいいほど誇示する水野真紀さんも素晴らしいスパイスになっていて、ある意味、アラサーのイメージを愛しく変えたドラマだった気がします。
脚本家と演者の信頼性が豊かなドラマを作る
鎌田敏夫さんは、キャラクターが本当に気持ちよく動く脚本を書かれます。鎌田さんといえば、古くは「俺たちの旅」から80年代は「男女7人夏物語」「男女7人秋物語」「金曜日の妻たちへ」など、群像劇を書かせたら抜群にうまい方です。特に代表作の「男女7人夏物語」は、オシャレな恋愛ストーリーで初めて大阪弁を話す主人公を登場させた、エポックメイキングな作品ですね。それを演じてみたかった明石家さんまさんと、それを作ってみたかった鎌田さん、2人の夢が実現したのが、あのドラマでした。
こういった脚本家と演者の関係が、大きくドラマを左右するのは言わずもがなです。それは1本のドラマで終わるものではなくて、数珠つなぎに名作へと続いていく。例えば三谷さんは、あれだけつらかったと言っていた「振り返れば奴がいる」のキャストを「古畑任三郎」でも起用しています。石川医師役の石黒賢さんが超能力者の役で出ていますし、鹿賀丈史さんは、「振り返れば奴がいる」の中川院長そのままの役で登場しています。「視聴者サービス」「気に入っている」だけではない、脚本家と演者のつながりというのがあるんですよね。今年の前期のNHK朝ドラ「半分、青い。」では、井川遥さんが出演されていましたが、井川さんは同じ脚本家の北川悦吏子さんの作品「空から降る一億の星」でデビューして、かなり酷評された過去があります。彼女自身も「出来なかったあの時の恥ずかしさや悔しい思いが、今に繋がっています」とインタビューで語っておられるほど。今度こそ期待に応えたいと奮起したそうで、菱本若菜役は本当にイキイキと演じてらっしゃいました。
俳優という職業はとても華やかですが、効率的にお金が稼げる仕事とはいえません。ギャランティは1本単価なので、セリフがたった一行でも、たくさんセリフや出番があっても同じ。しかしお金とは別で、どれだけ割が悪くても演じたい役、演じたいドラマがあるんですよね。表現者ですから。1994年でいえば、矢沢永吉さんが俳優として「アリよさらば」で初主演をしていますが、彼は当時45歳で、もう音楽界で不動の人気を得ていた。初めての演技、しかもサエない教師の役なんて、ギャランティよりリスクのほうが高い挑戦だったはずです。TBSのプロデューサーからオファーを受け、出演を迷っていたら「何が怖いんですか」と煽られて、勢いで「やってやるよ!」と返事をして決まったというエピソードもありますが、それだけでは絶対ないはず。彼は表現者として〝乗った〟のだと思います。
脚本家の熱量、そして表現者たちの挑戦精神。これが重なって、語り継がれる名作ができていく。それはすぐ視聴率に反映しなくても、口コミでしっかりと評価されていくものです。その動きはSNSが発達した現在のほうが、如実にわかりますよね。個人発信でシビアに評価されるので、作り手も気が抜けない。だから逆に「これはどうだ!」くらいの、ものすごい熱を感じる良作がどんどん出てきています。ドラマはこれからの時代、本当に楽しみです。

【ナビゲーター】影山貴彦/同志社女子大学 学芸学部 メディア創造学科教授。元毎日放送プロデューサー(「MBSヤングタウン」など)。早稲田大学政経学部卒、関西学院大学大学院文学修士。「カンテレ通信」コメンテーター、ABCラジオ番組審議会委員長、上方漫才大賞審査員、GAORA番組審議委員、日本笑い学会理事。著書に「テレビのゆくえ」(世界思想社)など。
【インタビュアー】田中稲/ライター。昭和歌謡、都市伝説、刑事ドラマ、世代研究、懐かしのアイドルを中心に執筆。「昭和歌謡[出る単]1008語」(誠文堂新光社)。CREA WEBにて「田中稲の勝手に再ブーム」連載。
関西ウォーカー
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