映画『舟を編む』石井裕也監督インタビュー【前編】「言葉を映画にする、ということに苦心しました」

関西ウォーカー

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2012年本屋大賞を受賞した三浦しをんの小説『舟を編む』の映画化に挑んだ、『川の底からこんにちは』の石井裕也監督。松田龍平、宮崎あおいを出演に迎え、15年もかけて辞書作りに取り組んだ編集部の人々の姿を温かく描いている。今回は、この『舟を編む』にこめられたさらに深いテーマ、考察部分について石井裕也監督に話を聞いた。

―僕は、現代日本の社会、人々のムードを「中の下」と表した『川の底からこんにちは』はじめ、石井裕也監督は世代論を語れる社会派監督だと思っています。今回の『舟を編む』も辞書作りをめぐる壮大なドラマの一方で、言葉の推移を通して「時代の変化」を考えることができますし、物語の起点となる95年、96年もポストバブル世代にとっては非常に重要な時期にフォーカスしている印象です。そういう時代観の意識はありましたか。

石井監督(以下、石):いや、特にはっきりしたものはなかったんです。15年という長い時間をかけて辞書を作るというストーリー展開を逆算したら、たまたま起点が95年だった…という程度で、特に言及をしているつもりはありません。逆に尋ねたいのですが、95年に対する意識というのはどういうものですか。

―石井監督もあてはまる世代ですが、ロストジェネレーション、ゆとり世代といったポストバブルにとって1995年って、当時はみんな中学生前後でしたが、阪神淡路大震災、オウム真理教の地下鉄サリン事件をリアルで見た頃なんですよね。あと、辞書作りという点で関連付けるなら、Windows95が発売されてインターネットが一般的となり、言葉を操るプラットホームが大きく更新された。以降は酒鬼薔薇事件、池田小学校児童殺傷事件、9.11、そして直接的ダメージを受けてからずっとあとを引いている超就職氷河期から派遣難民やニートという流れ、秋葉原通り魔事件、東日本大震災など厳しい現実を何度も目撃した。この約20年はとにかく激動でしたが、中学生前後という多感かつ自意識が目覚める頃に飛びこんできた、最初の“社会光景”として衝撃だったのが、やはり95年の出来事なんです。

石:なるほど! 確かに先ほどお話したように、時代への言及は本当にないんですが、とても興味深い意見です。

―特に言葉を発するフォーマットの変化として、前述したWindows95の存在は非常に大きい。インターネット文化の影響が、『舟を編む』の物語の内容ときっちりつながる。特に言葉についてお話するなら、3.11以降、Twitterなどでやたら強い言葉が並んだことへの違和感がいまだに印象深いです。顔がまったく見えないフォーマットから次々発せられる、勇敢すぎる言葉の数々。その怖さ、あと発言に対する自警活動みたいなものも目立ちはじめましたし。

石:僕自身も、実は「強い言葉」については違和感を抱いています。特に大震災という未曾有の出来事を前にしたとき、真正面から正確に向き合える言葉って、今の日本は持ち合わせていないと思うんです。いや、まだ発見できていない。「絆」「復興」という言葉が少し短絡的なイメージで使われている気がしますよね。

―たとえば現代日本の若者の叫びを表す映画として、石井監督の『川の底からこんにちは』と並んで語られる入江悠監督の『SR サイタマノラッパー』や、2010年代のインディペンデント映画の傑作である富田克也監督『サウダーヂ』って、いまの社会に対して正面から言葉を発せない実情から、ヒップホップという手段を持ちこみますよね。言葉やフォーマットの変化、そしてスタイルの自在性。『舟を編む』もそういう若者の姿、時代の変化を無視せず今を理解している点に、好感を持ちました。

石:これは答えになっているか分からないのですが、『舟を編む』を作るにあたって「言葉ってなんだ」と考えたときがあったんです。でも、答えが出ずに迷子になる。「言葉を映画にする」ということに、かなり苦心しました。でも、なんとなくぼんやり浮かんだのは、「言葉とは、優れて人間的なるもの」なんです。要するに言葉というものの不確かさ、曖昧さ、もろさは、すなわち限りなく人間的であるということ。人間が破綻すれば言葉も破綻する。逆も然り。そういう相互関係があるはずなんです。人間が発する言葉が貧しくなれば、それはきっと結局人間自身にも返ってくるはず。ある意味では(言葉を発する行為は)危険さをともなうものだと思います。【後編へ続く】

【取材・文=映画評論家・田辺ユウキ】

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