【本誌連載の拡大版】ベイスターズ吉村裕基選手インタビュー(2)

2009年4月14日 10:44更新

横浜ウォーカー

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――いつごろからプロ野球選手を目指していたのでしょうか。

「中学から高校に進学する時ですね。ただ、高校選びに関しては、こう言うとあれなんですけど、野球学校というのがいっぱいあるじゃないですか。そういった学校にはあまり魅力を感じなくて、文武両道の学校で野球もやっているという学校に行きたいと思っていました」

――選んだ先が東福岡高校。勉強も一生懸命な学生だったと。

「成績が悪いと野球の練習ができない決まりのある文武両道の高校でした。野球だけでずっとやっていける人ってほんのひと握りで、けがとかいろいろありますからね。野球ができなくなったことも考えて、大学への進学率の高いことも加味して選びました。でも、古典なんかはあまり好きじゃなかったですね(笑)。結局、僕は大学に行かずにプロに入ったので、逆にいまはいろいろなことを学ぼうと思っています。苦手だった中国の古典だったり…そういうものから野球につながることがたくさんあるので」

――例えば、遠征で新幹線移動する時に本を読んだりとか。

「それもありますし、野球選手ってスポーツ新聞しか読んでいないというイメージがあるんですけど(笑)、僕は読売や朝日といった一般紙を読むようにしています。あまり野球、野球とこう(狭い視野に)なりたくないので、違う方面から野球へのエネルギーに変えられればと思って」

――02年のドラフト会議で5位指名されて入団されたわけですが、同じ年の自由獲得枠で東福岡高校の先輩である村田修一選手が入団しました。吉村選手にとってあこがれの存在だったのでは。

「僕が中学生の時に東福岡高の村田さんが投げて、打ってと大活躍していましした。僕もそういう選手を目指していましたし、あこがれもありましたけど…僕はベイスターズにはサードで入団したんですけど、村田さんももちろんサードの即戦力。頑張っても頑張っても、とにかく越えないといけない。ファームでどれだけ成績を残しても、一軍のキャンプやオープン戦で結果を残しても、使われるのは必ずファースト。でも、シーズンが始まるとまたサードの練習をしていて、どこかで気持ちが『どうせサードの練習をやってもなあ』となっていた時もありました。絶対に一緒のグラウンドでプレーしたいと思っていたんですけど、どうしようもないじゃないですか。それが牛島監督の時に外野へのコンバートとなって。やっと村田さんと一緒に試合に出られるようになりました」

――昨シーズンは11の捕殺を記録しました。高校時代はピッチャーとしてMAX147キロマークしたとうかがっています。さすがに肩は強い!

「捕殺に関しては自信になりましたね。あとは、ウチのピッチャーから『アイツのところにいったら安心だ』というような感じに早くなってもらえればいいかなと」

――大リーグのイチローじゃないですけど、例えばランナーが二塁にいて、ライト前にヒットを打たれても三塁で止まってしまうというような。

「昨シーズンの最後の方はそうなってきていたので。自分の中でもある程度の部分まではきています」

――その背番号ですが、小学生の時から広島カープの31番・前田智徳選手のファンだったと。前田選手の下敷きを愛用していたとうかがっています。

「前田さんとは誕生日が同じなんですけど、右と左の違いはありましたけど、打席での雰囲気が好きだったんでしょうね。僕が最初に前田さんを見た時はまだアキレス腱をけがされる前で、打って、守って、走ってと三拍子そろった選手でした。入団する時にスカウトの方から何番と何番があるけどどうすると聞かれて、その中に『31』があって。高卒ルーキーにしては珍しいというか、非常にいい番号をいただきました」

――あこがれの背番号が空いていたのも何かの縁ですね。

「周りの人も『3番は長嶋さんで1番は王さんだ』と言ってくれました。背番号はまったく申し分ないので、前田さんのようにならなきゃ、背番号に負けないようにという思いでずっとやってきました。どこかで見ている小学生が『吉村みたいになりたい』と言ってもらえるように、これからも頑張っていかないと」

――打って、守って、走って。昨シーズンは盗塁を9個記録していましたが。

「もっと走れると思っています。ホントに球場が狭いぐらいに、どんどん駆け回っていきたいですね」

――今シーズンは7年目を迎える吉村選手個人にとっても重要な年になると。

「プロ野球選手で3年やったからどうだ、ということは特にないんですけど、僕はファームの湘南シーレックスでしっかり3年間やり、一軍に上がって昨シーズンで3年間が終わりました。この1年が僕にとっては非常に大きな1年になってくると思っています。6月で25歳になり、野球選手として一番熟れてくる時期に差し掛かっていくので、自分の納得のいく成績をしっかり残して、周囲から認めてもらえるようになりたいですね」

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