山田太一、脚本の書き方とスランプへの向き合い方を語る

2016年1月28日 12:12更新

東京ウォーカー(全国版)

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「ふぞろいの林檎たち」シリーズや「男たちの旅路」「岸辺のアルバム」など、数多くの傑作ドラマを手がけた名脚本家の山田太一。山田が女性をメインターゲットに、映像クリエイターを育成する「ラブストーリー・クリエイター・スクール」の特別講師として、1月30日(土)に登壇する。それに先駆け、山田にインタビューし、脚本のノーハウからスランプへの向き合い方まで、話を伺った。
「僕が脚本家になった頃に比べると、今の方が厳しいです。商売、商売となっているから、必死に書かなきゃいけない。まあ、当時の僕も会社を辞めていたし、子供はいたしで、必死でしたが」。
山田太一といえば、活き活きとした味わい深いセリフ回しで知られる。山田は、常に脚本を書く時「そんなことを言えるか?この俺が?」と自問自答するそうだ。「たとえば『生きなきゃダメ』といった決まり文句があるじゃないですか。僕は『そんなことを言えたら簡単だよ』と、そのセリフを自分で批評してみる。そうすると、少しのぼせていたなあと思ったりします」。
山田は「僕も今はいい年になったけど、書くのに楽な話はありません。かなり時間もかかります。ましてや書き慣れてない人は、それよりも時間をかけて書かなければいけない。僕自身は、これまでやって来て、かけもちをしたことは一度もないんです」と振り返る。
言わずもがな、山田は日本のドラマ史に燦然と輝く巨匠の1人だが、とても丁寧に仕事をされてきたようだ。「最初から、この期間、この作品を引き受けると決めたら、多めに時間を取り、それ以外の仕事はしないんです。脚本家として売れ出すと、どんどん書かなきゃいけなくなるんですが、そんなことでつぶれる義理はないと僕は思ったりする。取材にも時間をとりますし、半分くらい書いて『ああ、ダメだ』と仕切り直しても、間に合うようにする。常に慌てないようにしていたいんです」。
末端ではあるが、同じライターとしては、爪の垢でも煎じて飲みたいくらいだ。「どうしても書けないスランプ状態に陥ったらどうするのですか?」とさらに聞いてみた。
山田は「書けないことはしょっちゅうあります」と穏やかに言う。「初めから、終わりまで全部分かっていて書くことはないですから。まずはこれが良いなと思って食いつくんですが、途中でにっちもさっちもいかなくなることが必ずあります。でも、上手くいかない時は慌てないこと。今日は寝ちゃうとか、芝居や映画を見に行くとか、他の小説を読むとかするんです。
経験の違いがあるから一概には言えないけど、3日間くらい悩んでいれば、何かが見えてくる。そうすると、どうしてそのことにはじめから気付かなかったのだろうと思いますね。そして、そういうことがある方が良い作品になるんです。初めから淡々と進む作品は、どうも良くないです」。
「ふぞろいの林檎たち」は1983年のテレビ放映からスタートし、1997年のパートIVまで続いた人気シリーズだ。「俳優さんやキャラクターの造形ができちゃうと、ある程度は楽になりますが、1つの作品で行き詰まると、ある意味、自分の才能の限界を感じます。ちょっと立ち止まらないといけないと思っているうちに泥沼に入っちゃう。でも、慣れてくると、ああ来た来たと思うようになります。そして、時間を置く。僕の場合は、1週間くらいジタバタしても誰にも気付かれないです。
こんなこと言うと格好良すぎるかもしれないけど、締め切りの前に自分の締め切りを作ります。そうすると、手直しするのにも慌てなくてすむし、徹夜などもしない。僕のテンポ、遅さは分かっているので、これ以上は手に余るという時は断るようにしています。大金はなくても仕方がない。謙遜でも何でもなく、僕にはそんなに才能がないですから。自分のテリトリーは変わらないし、気の弱さがあるので、なるべくジタバタしないようにして来たんです」。
脚本を書いたことのないビギナーも参加する同スクール。山田は、やはりどんどん良い映画やドラマを見て、書きたい題材を書いていくことが大事だと言う。「すごく才能がある人なんて珍しいでしょ。物語を書いたことのない人が、いきなり書く時、何となく今のテレビドラマに近いものを書いてやろうと考えがちですが、そうなるとパワーがないんです。やはり自分の物語をつくるべきです。そして書いて、段々に自分の輪郭をはっきりさせないとね。時間はかかりますよ」と、再度念を押した。
自分自身を見極め、1つの仕事にきちんと責任を持つこと。山田太一の話を聞いて、改めてプロフェッショナルな仕事のやり方だなと、感心させられた。【取材・文/山崎伸子】

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