社会を泳ぐ人の応援歌「続・深夜食堂」松岡監督に聞く

関西ウォーカー

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11月5日(土)から、「続・深夜食堂」が全国で公開される。深夜から開く、小さな「めしや」を舞台に繰り広げられる人間模様を描いた群像劇。前作に引き続き、笑いもあれば、ほろりとさせるシーンもあって、おなかの底からじんわり温まる作品だ。今回はメガホンをとった松岡錠司監督に話を聞いた。

―前作、映画「深夜食堂」やテレビシリーズに続く作品となりますが、手ごたえはいかがですか?

松岡 続編を作るとき、前作によってある程度のイメージが観客の中ででき上がっています。それを裏切らないクオリティを保ちたい。笑いやユーモアは前回よりも多くしたつもりなので、自分なりにやれたとは思います。

―今回は「焼肉定食」「焼きうどん」「豚汁定食」3話からなる群像劇でした。たくさんの人物が登場して、それぞれに個性的でしたね。

松岡 どのエピソードも俳優の個性が際立っていると思います。どこかのエピソードがちょっとだけクオリティが落ちるのは避けたい。全部平均点以上は無理だよって思ってますけど、なるべくうまくやらなきゃいけない。「深夜食堂」の場合は、1話の長さが等分ではなく、エピソードが進むごとに尺が長くなっているんですね。ホップ、ステップ、ジャンプというか。従って1話目はシーン数が少ない。そこで短いながらも印象的な見せ場を設けて、うまく演じてくれる人を想定しました。

―それが佐藤浩市さんですね。佐藤さん演じる石田はとても口がうまくて、おもしろく拝見しました。

松岡 あの、佐藤さんが演じている人物に関してはちょっとこだわりがありました。ああいう、変わった人の造形はうまくやらないといけないんですけど、僕は昔、詐欺師に会ったことがあって、その人物と会っているときはわからなかったんですけど、有名な詐欺師だったそうです。非常に紳士で、専属の運転手もいて、僕に「お金をあげるから映画を撮ってほしい」というわけです。

その人と接していて「これはなかなかすごいな」と思ったのは吃音だった点。いつもではなく、こちらが質問したときに、吃音気味になるんですよ。人間って嘘をつくとあわてて吃音気味になったりする。嘘がバレないように吃音癖を身につけた可能性がある。最初は演技だったかもしれないけど、僕が出会った時にはすでにそういう人間になりきっていたのかもしれません。

まったく見抜けなかったんですよ。「いいこと言うなぁ、この人。本当に紳士っているんだ」って、ころっとだまされてましたからね。その記憶はありますね。

佐藤浩市さんが演じる石田も本当に口がうまい。心の中は空っぽですけどね。僕が造型したかったのは心空洞男です。佐藤浩市さんは衣装合わせの時に「この人物ちょっと怪物だよね」って言ってきた。よく読み取ってくれたと思いますね。読み取って演じているから、説得力がある。(記者を指さして)あなたもだまされたでしょ(笑)。

―はい、だまされました(笑)

松岡 ほら、イチコロだ (笑)。正体がわかった時、自分が裏切られた気分になったでしょう。あの、佐藤浩市さん演じる石田の誠実な言葉が心に届いちゃうんです。相手の女性には。一番埋め合わせしたい心の部分を、埋めてくれる言葉。絶妙に心のパズルをはめてくれるわけです。ご覧になればわかるだろうけど、「焼肉定食」の最後の場面は、僕のサービス精神なんですよ。「どうですか、みなさん、おもしろかったでしょ、今回のエピソード」っていう。

―そのほかのエピソードも、人物に感情移入しやすくて、楽しめました。それに登場人物の見せ方がとても面白いと思いました。「焼肉定食」で作家の家に行く場面や、書庫でひそひそ話をする場面など、とても印象に残っています。

松岡 「焼肉定食」の作家の家のシーンは、ロケーションハンティングに行って、まさしくあのポジションに立って、これでいけたと思った場面です。主人公の範子(河井青葉)が作家の家に行って、ふすま越しに話しかける。だけど、部屋の中は見せない。それで十分だろうなと。画面の外を想像させる感じですね。作家が室内でどうなっているかはどう考えても必要ないなと。そこで少し距離を置いて、廊下を縦でとらえた奥行きのあるアングルでいこうと。範子は作家が執筆していると思っているわけだから、普通に入って行って、でも中で死んでいるので、出ていく時は慌てふためく、その温度差を河井さんと現場で話し合ってやりました。

書庫で話をする場面は本棚越しにとらえていますが、あのカットのテーマは「会社の中のどこか薄暗いところでひそひそ話をする」です。それで少しのぞき見的な雰囲気にしました。こういうのはロケハンの時に、撮影と照明と僕で話し合って決めるんです。

―第3話の「豚汁定食」では、めしやで千恵子(余貴美子)がマスター(小林薫)としゃべっているのに、まるで一人芝居のように見える場面がありました。

松岡 あれは「マスターはどこに行ったのかな?」という雰囲気ですが、マスターは隠れているわけではなくて、ちゃんと千恵子の相手をしているわけで。つまり、マスターは店内にいるに決まっているが、画面の中に終始いなくてもいいと思うんです。あの店内ではそういうルーズなショットが生きる場合もあるんじゃないかと。

僕はいつも、常連がコの字のカウンターを囲んでいるときに、俳優たちをどうやって映しているか、伝えないようにしています。映っているから芝居をするのではなく、そこにいるから芝居をする。切り取り方は僕に任せてくれと。だから、人物によっては後ろ姿の頭しか映らないということもありますが、そういう切り取り方が、あの狭い空間の中でみんながうごめいているのを撮る場合、一番自然な撮り方じゃないかなと思うわけです。

―最後に、読者へのメッセージをお願いします。

松岡 前作、映画館に来てくれたのはシニア層の方が多かったんですが、世代を超えて見られる映画にしているつもりです。だまされたと思って、一度見に来てくださいよ、というのが僕の本音ですね。働き始めたばかりの新卒の人から見られると思います。

社会に出て、働き始めて「今からこの世界(人生)を泳ぎきるのかよ」って思うじゃないですか。この作品はそういう人たちへの応援歌ですからね。

<松岡錠司監督 プロフィール>

1961年生まれ。90年に「バタアシ金魚」で劇場用映画デビュー。「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」(07年)で、第31回日本アカデミー賞最優秀監督賞など主要5部門受賞。「深夜食堂」シリーズで作品の世界観を築き上げた。

【取材・文=関西ウォーカー編集部 鳴川和代】

鳴川和代

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