【シン・ゴジラ連載 最終回】ゴジラが私にくれたもの

東京ウォーカー(全国版)

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さまざまな憶測や不安が飛び交い、公開された結果、興行収入80億を超えた「シン・ゴジラ」。同作の初期段階プロットに意見を求められた氷川竜介氏の感じた不安とその後の絶賛に迫る!

“大絶賛の嵐”への戸惑い


映画「シン・ゴジラ」よりTM&(C)TOHO CO., LTD.


公開前は不安だった。絶対に賛否両論になって大騒ぎになるという確信があった。今では笑い話だろう。メイキング本「ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ」が発刊されれば、メインインタビューアーをつとめた筆者の完成前の不安が、ひしひしと伝わってくるはずである(担当原稿は公開前に入れているので念のため)。

封切り直後からは大絶賛の嵐となった。ところが、逆にそれがまた不安を呼ぶのである。杞憂と言えばそれまでだが、「ホントに否定的な意見がなくていいの?」と思ったのだ。これじゃなんだか俺が悪者みたいじゃん、と不可解な感覚になりかけた2週目、「あ、やっぱり」という意見が出始めて少しほっとした。こんなジェットコースター経験は初めてだ。それだけ「新しい映画ができた」ということに違いない。

心配した理由は多岐にわたる。デザイン・造型も人を拒絶する方向性だし、ゴジラを段階的に変形させたり、背中や尾からビームを出したり、改変し放題。おまけにフルCGだから、「こんなのゴジラじゃない!」と絶対に言われるだろうと。庵野秀明総監督、樋口真嗣監督ともに2012年の「特撮博物館」ではミニチュア特撮の復権をめざし、「巨神兵東京に現わる」という実作を提示していたから、実物主義の方向性の新作ゴジラかと思うのが当然だったはずだ。もちろん事前に見せていただいたプリヴィズ、ラッシュ類で「これは大丈夫だ」と思ったのも事実。そうすると、今度はまた別の角度から心配になった。とことん不安症なのである。それは映画の方向性のことだ。

実は筆者は庵野秀明総監督の事前リサーチの一貫で、かなり初期のプロット段階で意見を求められた。そして、非常に否定的なコメントを出している。今では不明を恥じるばかりだが、正直面白いとは思えなかった。いわゆる「ドラマ」が入ったバージョンであることも大きかった。主人公周辺の親子、元恋人などの人間関係が随所に描かれていた。「ゴジラの秘密」も博士周辺の血縁から解ける仕立てで、「古いですよ」とはっきり言った。感情重視の「ドラマ」があると、今度は登場人物が政治家と官僚中心であることが気になる。怪獣映画は大衆向けなので、ドラマを描くなら市井に近い人か現場の人間が話を回すのが王道ではないか。

また、政府関係の対応を精緻に描く点も気になった。少しでもウソくさい会話や行動があると、全体が瓦解しかねない。そこを映画の中心とするせいか、ゴジラが何も特別なことをしていないように見えるのも困った。進行して被害を出し、静止してしまうだけだ。

「ポリティカルフィクションを成立させるのは難しいですね。でも、逆にそこをうまくやれば前人未踏の鉱脈があるということかも」と、無責任なコメントをした覚えがある。

徹底された現実味のある描写で、杞憂が満足感へと反転していく


【写真を見る】映画「シン・ゴジラ」よりTM&(C)TOHO CO., LTD.


結局、完成品からはウェットなドラマ部分がなくなり、事象を積み重ねる方向性となって見違えるようになった。感情は皆無でミッションだけが進行していくのに、なぜか全体的には非常に泣かせるつくりで、随所にユーモアもトッピングされている。そんな成熟の手触りには舌をまいた。そして懸案の政治関係も入念なリサーチで鉄壁の厚みとなって、自衛隊描写のリアリティもすさまじいものとなった。CGの完成度はギリギリまで分からなかったが、最終的にエポックメイキングな出来に仕上がっている。

危惧していた時点とプロットの芯、特にゴジラの進路と行動はほぼ変わっていないため、絵柄は同じなのに色が逆転した印象さえ受けて驚いた。まるでオセロの黒と白が鮮やかに反転するようなイメージだ。しまった、これはゼロスタートで見たかったよと身悶えする。なまじ雑情報があるから、「こうなるのか」という検証が足を引っ張るような部分があり、2回目ぐらいからようやく素で楽しめるようになったのは悲喜劇である。

そういえば、全貌が見えた今年初頭あたり「これはファンに嫉妬されるぞ」という予想もたてていた。嫉妬が結果的に反発をまねくと考えたのだ。1984年の「ゴジラ」復活時、「もし本当に怪獣が出現したら政府と自衛隊はどう現実的に対処するか」という映画を誰もが切望し、各自なりにシミュレーションしていた記憶がある。その後いろんな作品で部分的には実現したが、トータルでリアル色に染めた上で、怪獣映画の既成概念をぶっちぎったのは、今回が初だ。その超絶なる脱出速度が嫉妬を圧殺したに違いない。

結局、完成品を通じて分かったのは、「自分はこういうのが好きだ」という事実だ。筆者はサラリーマン時代、技術者として公的企業や海外とおつきあいがあった。特にシステムイン近辺やトラブル時の不眠不休の努力なども体感していて、それは海外での現地対応でも同じことが起きたので、あのリアリティは肌身で分かる。パブリックなものに誠心誠意対応し、連携して事をなすことへの責任と価値とある種の恍惚。それがゴジラで見られること、世に受け入れられることの安堵感、満足感は生涯でかけがえのないものとなった。なぜならば、その価値観は特撮やアニメの集団作業に宿る美意識と、地続きになったものだからだ。やはりそういうことだから間違っていなかったという得心である。

「政府を賛美しすぎじゃないの?」と揶揄されたら、自分の体験から何か言い返そうかなと思ってたが、それもまた杞憂に終わった。バカなのは、思いこみで心配しすぎた自分自身のほうだったのだ。

映画が終わった瞬間、未来への希望をみんなが受けとって、自分のものとできたような、そんな作品になったことが何よりも嬉しい。特にクリエイター各位への刺激と励ましは、有形無形でこの先数年にわたって、ポジティブな形で表出するに違いない。だったら自分にもまだまだやれることがあるな、という気持ちにもなれた。特撮やアニメには、いまだ特定されず言語化もされていない、計りしれない価値が眠っている。それを見つけていく未来に希望がもてた映画体験だった。

【氷川竜介(ひかわ りゅうすけ)●アニメ・特撮研究家、明治大学大学院客員教授。同人・怪獣倶楽部に所属し、70年代から「別冊てれびくん」などの特撮書籍に関わる。文化庁向けに「日本特撮に関する調査報告書」を執筆】

編集部

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