「悪人」「怒り」に続く、著者最高傑作!吉田修一が描く5つの犯罪【その1】

関西ウォーカー

X(旧Twitter)で
シェア
Facebookで
シェア

「悪人」「怒り」など、多くの話題作を世に投じ続ける作家・吉田修一の新作が発刊された。全5話の短編集が収録された今作。哀しさや欲といった人間らしさを根幹に、「罪人=悪人」という固定概念が大きく揺さぶられてしまう。

―「犯罪小説集」といタイトルから、”犯罪者=悪人”というような勧善懲悪を想像してしまっていたのですが、”善”というより”悪”の存在すら不確かだったことが衝撃でした。

「あ、そうか。今それをお聞きして、僕自身もハッとしたんですけど、僕にはむしろその”勧善懲悪”のイメ−ジがまったくないんだと気付きましたね。本当に、まったくないんだなって。初めて気付きました(笑)。もちろん、犯罪を犯すこと自体は”悪”なんですよ。でも、どっちが善くてどっちが悪いっていう単純な考察がないというか『犯罪』という言葉が持つイメ−ジとして、そういう考察がないんだなって。そういえば、なぜだろう…(笑)」

―(笑)。ほとんどの人が犯罪について、その詳細やバックボーンについて知る機会はなくて。でもこの作品には、その背景や心情が描かれてますよね。”罪を犯すことに行き着いた”状況や関係、そこにある複雑な精神性や感情を追っていくことで、犯罪者は自分たちと同一線上にあると突きつけられました。

「そう言っていただけるとうれしい(笑)。本当にその通りで、僕は『犯罪者』を描きたくて書いた訳ではないんです。だから、そう言っていただけるのは本当にうれしいです」

―特に、4話目の「万屋善次郎」についてゾクッとしたことがあって。この物語と似た事件について、報道で”村おこし”というキーワードが出ていたんです。それを聞いて、この事件の背景を想像すると、”犯人”となった人だけで発展していった結果だったのかと…。この物語で、その裏付け、というか、真相を見たような気持ちになったんです。

「この物語に関しての僕の立ち位置は、完全に”犬”でした(笑)。(主人公の)善次郎が飼っている犬と、近所のおばあちゃんが飼っている犬として、成り行きを側で見ていて。犬ってしゃべれないじゃないですか。本当は『待って!この人は決して悪い人じゃないんだよ!』ってみんなに教えてあげたいんだけど、それができない。そのもどかしさをずっと感じながら書いてましたね(笑)。善次郎自身も自分についてうまく説明することができない性分で、理想的なコミュニケーションをとるのが苦手な人間なだけで、彼の周りにいる村の人間も悪い人じゃないんですよね。だけど、本来ならかけ合う言葉があるはずなのに、その言葉さえも見つけられない人たちだから、どんどん良くない方向に向かっていってしまうという」

―それぞれの自己防衛の方法が、すべて良くない方向に行ってしまう。今作の、全編を通して感じたことですが、吉田先生ご自身は”犯罪を起こす結果になってしまった人”に対しての情愛というか、同情心が強くあるのかなと。

「もうね、かなり大きくありますね(笑)。清水 潔さんと言うノンフィクションライターの方がいて、以前に対談でご一緒させていただいたことがあるんです。ノンフィクションライターの方が事件の記事を書く時はあらゆることを隅々まで調べるから、完全に”追う”側の立場でいるそうなんです。それで言うと僕は完全に”追われる側”として書いているなと。犯人側として書くか、犯人を追う側として書くか、事件という題材を扱うにしてもアプローチの仕方って全然違うんですよね」

―一つの物語を作り上げるのは先生お一人ですし、断罪する側と断罪される側という相反する両側を行き来する感覚というのはどういうものでしょうか?

「もちろんいろんな視点を持って書くので、必要な時にどちらも行き来はできるんですけど、やっぱり基本的には断罪されていく側の人間に気持ちは付いているんでしょうね」

―この作品の読んだ方も、きっと同じ感覚に陥るんじゃないでしょうか。なんと言うか、ずっともう、ひたすら辛くて、悔しくて、それでも止められない…という。

「さっきおっしゃっていたように、現実に起こる事件、いわゆる”ノンフィクション”というものに対する大多数の人間の関わり合いは、テレビのワイドショーをはじめとするメディアを介しての頻度と距離感になりますよね。そうすると、時間が経っていけばいくほど、どこか他人事のように忘れたり、薄れたりしてしまいますよね。でも小説で読んだ物語や事件って、あたかも自分自身の記憶として残っていることってありませんか?」

―…ものすごくあります。今作は特に、こんなにも自分の記憶をなぞっているような感覚になったことはないくらいで。これはフィクションの小説で、エンタテインメントであるはずなのに、そう思えないんです。

「それはすごくうれしいですね。フィクションとはそういう力を持ったものであると思うし。例えば、この小説の中に出てくる風景のちょっとした描写でも、ノンフィクションだと『誰かが見た風景』なんですけど、小説だと自分の肉眼で見たような感覚に陥るんですよね」

―そうなんです。だからこれは、ノンフィクションやドキュメンタリーを凌駕したフィクションなんだと思いました。

「僕は、フィクションにしかできない役割というものがあると思っていて、今おっしゃっていただいたことがその一つであると思うんです。この作品を書いたことで、ますますそれを強く感じましたね」

―あともう一つ、作品を読み終えた後に大きく変化したことがあります。例えば、神社なんかでお祈りする際は「安全でありますように」と、”受け身”の立場だったんですけど、今作を読み終えた後に「他人の安全を壊すようなことをしないですみますように」と生まれて初めて祈ったことです。そういうことをしてしまう可能性があるかもしれないということを、今作で突きつけられた結果だと思っていて。

「(笑)。サイン会に来てくださった女性の方も、同じことをおっしゃっていました。『いつか自分が罪を犯すんじゃないだろうか』って。それは、書き手としてはありがたいですよね。…ありがたいと言っていいのかな(笑)? なんと言うか、自分自身と物語が”地続き”になってもらえた事が。小説って、不思議と自分の人生や生活と自然につながることがあるんですよね。感覚や記憶とつながるというところから、その”恐ろしさ”が生まれ出てきたんじゃないのかな」

【その2に続く:http://news.walkerplus.com/article/95315/】

三好千夏

この記事の画像一覧(全2枚)

キーワード

カテゴリ:
タグ:
地域名:

テーマWalker

テーマ別特集をチェック

季節特集

季節を感じる人気のスポットやイベントを紹介

いちご狩り特集

いちご狩り特集

全国約500件のいちご狩りが楽しめるスポットを紹介。「予約なしOK」「今週末行ける」など検索機能も充実

花火特集

花火特集2025

全国約900件の花火大会を掲載。2025年の開催日、中止・延期情報や人気ランキングなどをお届け!

CHECK!全国の花火大会ランキング

CHECK!2025年全国で開催予定の花火大会

おでかけ特集

今注目のスポットや話題のアクティビティ情報をお届け

アウトドア特集

アウトドア特集

キャンプ場、グランピングからBBQ、アスレチックまで!非日常体験を存分に堪能できるアウトドアスポットを紹介

ページ上部へ戻る