「悪人」「怒り」に続く、著者最高傑作!吉田修一が描く5つの犯罪【その2】
関西ウォーカー
【その1の続き:http://news.walkerplus.com/article/95300/】
―吉田先生ご自身も、ずっと書かれていた世界と地続きの感覚を持っていらっしゃったんでしょうか。
「僕ももちろん地続きなんですよ。僕は、さっきも言ったように”犯罪者側”としての立ち位置であることが基本なので、自分と同じような生活…例えばふらっと居酒屋に行くような男が、あるきっかけでその後に犯罪者になるという可能性については非常にフラットなんでしょうね。違和感がまったくないというか。だから、罪を犯した人間を書くと言っても、自分をわざわざ無理矢理はめ込もうとしなくても、ごく自然な生活環境でいることができるんです。やっぱり、根本的な部分で『犯罪者』を書こうとしていないんですよね。普通に、誰しもにあり得ることであるということであって」
―以前、ある作家さんに「倫理的に常人である人間が、サイコパスや殺人犯、犯罪者といった人物像をどうやって描くのか?」という質問をしたことがあるのですが、その答えが「その”常人”が持ち合わせている倫理や常識、同情心といったものをすべて取り払えば、できあがる」とおっしゃっていたんですが、吉田先生はいかがですか?
「(手を叩いて)そうか!そうなんですね。僕はね、まったく逆ですね。理性とか同情心とか倫理とか、そういったものを詰め込むだけ詰め込んで、それがマックスにまで達すると犯罪を引き起こしてしまうと思っています(笑)」
―そうか(笑)!
「例えば、”常人の感覚”を100%持っているとしたら、その全部を使いこなすことってできないと思うんですよ。それぞれの場面や状況で、50%あたりでうまくコントロールしているんじゃないかと思っていて。だから、同情しなければいけないところでそれを避けたり、そうすることでまともでいられるようにコントロールしているんだけどできなくなって、その感情をマックスまで使い切ると、バランスが崩れてしまうんじゃないでしょうか」
―先生は今作について「こんなにも感情のコントロール不全に陥ったことはない」とおっしゃっていますが、特にどの登場人物に一番感情が揺さぶられましたか?
「もうね、それは全員なんです。意外に思われるかも知れないですが、僕は犯罪者側で書いているとは言っても『犯人に罪を犯してほしくない』という気持ちで書き始めるんです。愉快犯は除いて、犯罪者は自ら罪を犯したいわけじゃなく、犯さざるを得ない状況に否応なく向いて行ってしまうことがあると思うんです。だから、書く側も『罪だけは犯さないでほしい』という気持ちで書いているんですよ」
―気を付けているんですね(笑)。
「気を付けているんです(笑)。この人が…というか”自分”が罪を犯さないようにと気を付けてはいるんですが、結局、犯罪に向かって行ってしまうんです。だから、書き手として自由に書いているつもりでも、コントロール不全になっていると言えますよね(笑)」
―コントロールと言うと、物語の中には”醜悪な人間らしさ”の描写があらゆるところに出てくるのですが、こういった事を表現する際に、吉田先生の中の”常人”が邪魔してきたりはしませんか? 先生自身の人間性ではできないことをやらせる、ということについて。
「それね、すごくあるんです(笑)。だから小説を書いている時って、自分というものがすごく邪魔なんです。その中の人物と同化というか、なるべく物語の中に入り込んでいるんですけど、そうできている時って、普段の自分では想像できないような言動がやっぱり出てくるんです。例えば『曼珠姫の午睡』のテニスの試合をする場面で”負けるはずなのに負けないところが気持ち悪い”というセリフがあるんですが、僕は普段、人に対して『気持ち悪い』なんて言葉は使わないし、まずそういう状況に対してそう感じることもないんです。でも、その時はその登場人物である女性になりきっているので”気持ち悪い”という感情と言葉が出てきましたね(笑)」
―特にその物語と言葉は、女性ならではのいやらしさが顕著に出ていました(笑)。
「ですよね(笑)。たぶんね、自分の中に存在している感覚なんでしょうね。それが普段は隠されていて、出てきていないだけのことで。ああやって、何週間も”他人”という当事者になるというのはすごく不思議なもので、『百家楽餓鬼』を書いている時には、本当に十何億の借金を背負っている気分で目が覚めるから、すっごく嫌でした(笑)。
―まったく身に覚えのないストレスがあったんですね (笑)。先生は”善悪”の棲み分けについてはどう考えていらっしゃいますか?
「善と悪に関しては、表裏一体というよりつながっているもので、いつでも入れ替わりが可能なものなんじゃないかと思っています。この小説のなかでは、罪を犯してしまった人たちはそうなりたくて進んだわけではなく、なにかのきっかけでそのどちらかが入れ替わってしまっただけで。善と悪は、対峙する人によってそれぞれの解釈が違っているし、すごく…曖昧なものだと思いますね」
―それでは“罪”つながりで、吉田先生が今までで犯した一番大きな罪はなんですか?
「そうだなぁ、今までで犯した一番大きな罪…罪…って、ないですよ!(笑) でも、人を裏切るようなこと…例えば、自分を信じきってくれている人の期待を裏切るようなことをしてしまった時の、あの罪悪感はキツいですよね(笑)」
三好千夏
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