笑いあり、涙ありのギンギラ太陽’sの1か月公演に行ってきた!

2008年10月9日 14:02更新

九州ウォーカー

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福岡が誇る“かぶりモノ劇団”ギンギラ太陽’sの、結成10周年の集大成として贈る1か月ロングラン公演「天神開拓史2008」が、10/2から始まった。そこで、早速、西鉄ホールへと駆けつけた。これまでに何度となくギンギラの公演を観てきたが、綿密な取材により作られるキャラクターたちが軽快に絡み合い、笑いと涙と、観終わったあとにジワッとあったかい気持ちをくれる舞台は、第一級のエンタテイメントであり、毎回、どんな感動を振りまいてくれるのだろうか、と始まる前からワクワクする。

西鉄創立100周年記念と銘打った今作品。明治〜昭和、日本の近代化から、福岡大空襲、戦後の復興までの様子を描いていく。1908年、西鉄設立者・渡辺呉服店が天神の発展を願って電車を走らせようと計画するところから物語は歩み始める。当時は博多駅を中心としたエリアが一番の商業地で、天神界隈はいくつかの小売店とオフィスビルが並ぶ閑散とした場所。天神に電車を走らせても、ウサギやタヌキしか乗らないといわれ、周囲は冷ややかな反応だったというから、いまの発展ぶりを考えると想像もつかない。

「初演と再演は“現在”をベースに過去を振り返る作品でしたが、今回はこれまでに漏れてしまった話を盛り込んだ、いわば完全版」と主宰・大塚ムネト氏が語るように、国鉄に対抗し、九州鉄道、九州電気軌道、九州鉄道、福博電車、博多湾鉄道汽船、筑前参宮鉄道の5社が1つになっていまの西日本鉄道になったという歴史をはじめ、昭和30年代までは、中洲川端商店街が博多きっての繁華街であったり、博多で呉服店を営んでいた岩田屋が、当時栄えていた呉服町に店を出すか、天神かで悩んでいたことや、松屋百貨店(現・ミーナ天神)に、福岡初のエスカレーターが設置されたことなど、福岡という街の生い立ちを紡いだエピソードがひとつひとつ丁寧にわかりやすく描かれている。

一方で、役者たちの弾けっぷりも、語らずにはいられない。古参である立石義江の、まるで憑依したかのごとくのなりきりぶり、笑いと涙の伝道師・杉山英美、華やかさと儚さを持ち合わせた上田裕子、安定感のある立ち振る舞いが魅力の中村卓二、元気120%のパワフルレディ・古賀今日子、そして、役者としてのオーラ出まくりの大塚ムネト。体中からあふれ出すパワー炸裂な動き、個性全開のセリフ回し、ステージを飛び出し、アドリブをきかせた客との絶妙な絡みなど、演者たち、だれしもが、この作品を楽しみ、愛してきっている深〜い想いがビシビシと伝わってくる。ホール全体が一つになった、これぞ、上質の空間。演劇ならではの醍醐味だろう。

終盤、福岡大空襲後の映像が映し出される。激しい戦火に耐え、混乱をくぐり抜けてきた建物たちの、たくまくしい姿をとらえたモノクロ写真だ。それを目にした瞬間、不意打ちをくらったかのように、目頭の奥が熱くなった。舞台を通じて、天神の歴史を一緒に歩んできているうちに、いつの間にか、何気なく接してきた建物たちが自分の分身のように思えていたのだ。「建物は変わっても、それを作ってきた人たちの情熱や想いは、ずっと続いていくんです」。カーテンコールで、大塚氏が口にした言葉が、ズンズンと胸に染み込んでくる。

100年前、更地も同然だった天神は、いまや九州一の繁華街に膨れ上がり、日本の5大都市に数えられるまでに成長した。いまでも開発は進み、かの岩田屋本館跡には、東京の商業施設が入居を検討しているときく。街は、これからも変化をやめない。先代の人たちが思い描いた“夢”は、いつまでも、続いていくのだ。

ギンギラ太陽’sの1か月で1万人動員公演。自分たちが生活している街のことを垣間見られる、とても素敵な時間が、ここにはあります。

【九州ウォーカー編集部/飯尾 賢】

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