「ダメかも」という恐怖を振り払う、“ゲン担ぎ”の力とは?少年と野球選手の交流描いた漫画に涙
「ホームランを打ったら」という「お約束」、そこで起こっていることに着目
――理雄の「イーッ」というしかめっ面やホームランの時の笑顔など、表情に力を感じました。作画の部分で中村さんがこだわった部分はありますか?
「読者の方にも理雄の気持ちと一緒の気持ちを味わっていただきたかったので、理雄の表情は大きく、多く扱って共感してもらえるようにコマ割りを構成したつもりです。また、まだまだ未熟ですが、感情ごとに筆ペンやボールペンなどペンの種類を変えたり、一気に長い線を引いたり、逆に短い線を重ねるようにしたり、感情を人物の輪郭線のタッチで表すにはどうしたらいいかと考えながら、こだわって取り組んでいました」
――ちなみに、ご自身で特に気に入っているシーンはどこでしょうか?
「理雄の転校が決まった後に病院に走り、祖父のベッドに突っ伏しにいったシーンです。自分の頭の中にあったシーンをイメージ通りに出力できたし、表現したかった『嫌だけどどうすることも出来ない』やりきれなさが表現できた気がしているので、それがうれしくて気に入っています」

――「『ホームランを打ったら』と、病院で子供と約束する」という展開は、一種の「お約束」にも思えますが、本作のテーマと相まってカタルシスを感じました。
「確かに本作は、もはや創作において使い古され倒した『お約束』的展開だったのは自覚しています。何人もの編集者さんに『先が読めてしまう、王道すぎる』と指摘を受けました(笑)。正直に言えば、本作の展開に、私は執着がありませんでした。別に『お約束』的展開でいいと思っていました。
それでも、私はその『お約束』の中で何が起こっているのかが気になって描きたかったという思いがあったんです。スポーツ選手の姿や行動が希望を与えてくれるという事実は普遍的なものですよね。でもそれってなぜ起こるのだろうかと思い、それを自分なりの解釈で描いたらどうなるのか、と。
自分なりの解釈では、自分のいる絶望的な世界が、あこがれの野球選手がホームランを打つ世界と地続きであることを認識することが、自分の未来を信じられるようになる一因になっているのではないかと考えています。ホームランを打ったからといって必ず手術が成功したり、病気が治るということは現実的にはありえません。目の前で起こったラッキーな現象を自分と結びつけるなどして自分の気分を良くして、未来のために行動を起こそうという気持ちにさせるということがその『お約束』の中で起こっているのではないかと思い、その部分に注目して描きました」

――最後に、本作を描いたことで、新たに発見したことや、考え方が変化したことがあれば教えてください。
「制作当時、表現したいものはたくさんあるけど、自分の未熟さゆえ、整理できない状態で制作していたので、今回、Twitterで漫画の感想や伝わったことを書いてくださる方がすごく多くいらっしゃって、読んでいて『私はこれが描きたかったのか!』とすごく勉強になりました。読者の皆様には本当に感謝です。
また、他の人のために描いた作品ではあるのですが、制作から2年近く経った今、改めて読み直してみて、また不安感で努力から逃げていたことに気づかされました…(笑)。まるで昔の自分に背中を叩かれているようです。定期的に読み直して自分の背筋がまた曲がってしまわないようにしようと思いました」
取材協力:中村環(@nakamura_tamaki)