没後30年を迎えた作家・中上健次の作品世界に出合う旅へ。和歌山県・新宮市で聖地巡礼してみた
東京ウォーカー(全国版)
文学者が集い、作家が生まれる宿
中上健次が最晩年に創設し、現在も続いている文化組織の熊野大学。その発足時の1994年頃から何度も会場として使用されたのが、温泉旅館の雲取温泉 高田グリーンランド。登壇する著名な文学者や批評家、学者たちの講義を受け、この場所から世に出た作家も少なくない。スタッフの西寛之さんに話を聞いた。
「今は中上さんがご健在の頃を知っているスタッフもおらず、当時のことはあまりわかりません。ただ、私が携わるようになった頃から、熊野大学では2泊3日で使用されていましたね。大広間で講義をされた後はその会場で宴会に流れ込み、そのまま宿泊される方々もいて、みなさん一体となって楽しんでいる様子でした。受講される方々は大学生が多い印象で、勢いというか、熱量がすごいなって思っていました」


熊野大学に参加した聴講生からは、芥川賞作家のモブ・ノリオや批評家の佐藤康智など、さまざまな才能を輩出している。中上ファンのみならず、文学ファンにとっても聖地と言えるスポットだろう。
<雲取温泉 高田グリーンランド 住所:和歌山県新宮市高田1810>
何もない。だからこそすばらしい熊野
最後に、さまざまな聖地巡礼スポットを紹介してくれた森本さんに、中上との思い出を振り返ってもらいながら数々の作品が生まれた新宮市・熊野が持つ魅力について聞いた。

中上健次の幼馴染からの誘いで、後に熊野大学を創設する「隈ノ會」に参画した森本さん。豪快なイメージがある中上については、「大胆さと繊細さを併せ持った人だった」とその素顔について教えてくれた。
「人見知りなところもある方でしたが、割とすぐに打ち解けられるような気さくな人で。印象的なお話でいうと、あるとき、中上さんが熊野大学に関する文章を書いたときに、私が勝手に原稿に手を加えたことがあったんです。今から思えばかなり恐れ多いことですが、そのとき中上さんは『俺の原稿に手を入れたのは、担当の編集者以外に森本が初めてや!』と笑ってくれました(笑)。また、会合のあとに食事に出掛けることも頻繁で、興が乗って二次会、三次会になると、中上さんのカラオケ教室が始まるんです。『お前は選曲が悪い!』とか直々のご指導もあったりして。素顔はそういう方ですよ」

亡くなるまでの数年間、隈ノ會の活動を通して交流を深めていくなか、今でも忘れられない中上の言葉があるという。
「あるとき、中上さんに『今の時代に価値があるものは何だと思う?』って聞かれたんです。咄嗟に答えを出せずに考えていると、『時間を贅沢に使うこと』と言われました。『お金持ちがわざわざ優雅に船旅をするのはそれが理由だ』と。その言葉は今も、ずっと心に残っています」
森本さんはその言葉を振り返り、熊野の魅力を見つめ直してみると、“何もないからこその価値”を感じるようになったと話す。
「名所が目的になると、行って終わり、見て終わりになると思うんです。ただこの街には熊野古道はあるけど、それ以外はほとんど何もありません。その代わり、世界遺産の熊野古道にいたる過程をどうやって楽しむか。人生とか仕事とか家庭とかいろいろな問題を抱えて、この場所に来た人は豊かな自然や風景に触れ、街の人々と交流しながら、かけがえのない時間の過ごし方ができます。何もないからこそ生まれる特別な時間の過ごし方ができることが、中上さんの愛した熊野の魅力だと感じますね」

“何もない街”のいたるところで作品の面影を感じ、その魅力を堪能できる新宮市。読書の秋が近付く今、中上健次の作品を手に、旅に出かけてみてはいかがだろうか。
取材・文=橋本未来
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